絶対幸福☆ヒロイン
私は顔の良い男が好きだ
そして自分自身が大好きだ
だからこそ私はこのシナリオを変えたいと____
公爵令嬢たる私が
なんと 怯えていた
つい先ほどまで自分はこの世界の中心で、どんなことでも思い通りになると思っていたのに
思い出してしまったのだ
ここは乙女ゲームの世界だと
でも
(…なにも『絶対☆ヒロイン!〜あなたを救えるのは私だけ〜』なんていうコアな乙ゲーでなくてもいいじゃない)
目が覚めて夢で見て全て思い出した記憶に頭を抱えるしかありません
私には前世というものがあったらしいのです
それはしがいない三十前の女性で色々なオタクらしい趣味をひっそり楽しんでいるようなただのひとでした
そりゃ私は乙女ゲームは好きですよ 好きじゃなきゃこんなマイナーなゲームまで知らないし、知らなくてすんだでしょう
乙女ゲームの世界に行けたらと何度思ったか
だけど この世界だけは勘弁して欲しかった
だって絶対☆ヒロインは、絶対ヒロインは幸せになりその他は不幸せになるゲームなのです
絶対☆ヒロインはそれほど有名ではなく攻略対象も少な目の3人と世間一般ではそれほど人気がなかったけど ある人達からはとても評価されていました
それは、不幸な青年が好きな人達
大好きな彼が幸せなのもいいけどボロボロになり死ぬバッドとか大好き♡という人は絶対☆ヒロインをこよなく愛していました
私の前世もその一人
だってヒロインと選ばれた攻略対象以外は 他の攻略対象も容赦ない断罪に没落したり死んだりまでするのよ!燃える!ステキ!スイ様の死顔本当に尊かった…
………話が逸れましたがこのゲームの怖いところは攻略対象の周りも多くが悲惨な目にあうというところで
胸糞ゲーとも虐殺系乙女ゲームとも言われるほどあれはすごかった…ヒロインは分岐までにルートに入れなかった時しか発生しないバッドエンドでもヒロインにとっては修道院で静かな余生エンドなのに なんで大概の人が革命に巻き込まれて断罪されたりするの?さすがにぼかされたけど集団斬首スチルは無駄に声優の本気を見て夢に見るかと思いました…
バッドエンドはハーレムトゥルーエンドに次いで難しいと言われるほどヒロインはいつも幸せそうなのに周りのあまりの不幸さで胸が痛む…そんなゲームである意味人気だったキャラクター
悪役の公爵令嬢サラシア・ヒュースティン
今世の私です
メイン攻略対象である第一王子スレイアス様の婚約者で この国で王族を除いて最も貴い女性
容姿端麗 頭脳明晰 人より劣るのは性格だけ…という悪役令嬢らしい悪役令嬢な彼女は とにかく死にます
まず王子のルートは嫉妬に狂い二人に凶刃を向け王子に袈裟斬りにされ
二人目の攻略対象の宰相子息ルートだと冤罪をかけられた王子を見捨て王子が殺されるのを見ていると王子が庇っていた実家の悪事が露見し斬首
三人目の攻略対象 ヒロインの幼なじみの騎士ルートでは ヒロインがうっかりサラシアを怒らせ家にものを言わせて報復してるときに騎士が訪れ激昂した彼はサラシアを斬り殺しその罪から逃れるため二人で逃避行し その先で反乱軍をまとめ共に王の弑虐を謀る…と二人の愛の障害扱いであっさり殺されます
とにかく、ことごとくサラシアは死ぬ
バッドエンドでは内乱がおき無力な貴族の令嬢の代表とばかりに民に殺されるしもちろんハーレムエンドは嫉妬に狂い貶める策を練っていたのが露見し王族を巻き込む気満々だった為国家反逆罪で処刑…
と彼女だけ どのルートでも確実に死にます
そのうえ続編では王子ルートで明らかにサラシアの物とみられる夢見がちで夢溢れる少女が嫉妬に狂わされていく日記を読む事もでき
プレイヤーにとても憐れまれエロでもグロでもR18扱いされていたゲームにもかかわらず同人誌はいかに彼女を幸せにするかとてもお綺麗で健全な話ばかりが盛り上がりさえしました
そんな、彼女が 私なのです
しかももうすでに私はヒロインに会い嫌味な事を言っていて
それを王子にも見られてます
なんでこんなオープニング部分が終わったところで思い出すのでしょう…これは、積んでるかもしれないです
そんな悩みで鬱々と過ごしていたある日
どうしていいかわからなくて思い詰めるのにも疲れ
一人になりたいと取り巻きを置いて階段を降りていると 下から誰か登ってくるのが見えました
「ヒッ…」
息もまともに吸えない恐怖で喉が変な音を立てます
階段の上に悪役令嬢が立ち下にはヒロインが倒れてるスチル それが思い出されてこれは本気でこの人生に別れを告げるときかと思った時
ヒロインが口を開きました
「御機嫌よう、悪役令嬢さん」
愛らしいとしか表現できない笑顔が恐ろしくて恐ろしくて私は意識を手放しました
目が覚めると知らない天井です
「目が覚めましたか?サラシアさん」
そして側にいるヒロインを見て恐怖で体が強張ります
「…私をそんなに怖がるなんて、なにか思い出したんですか?」
愛らしい笑顔
それはこんなにも恐ろしいものだったでしょうか
三日月型に細められた目は感情を推し量ることを難しくしまるで仮面のようで直視してられません
「サラシア様、わたしは幸せになるべきなんですよね?」
当たり前のことを確認するように囁きかける彼女
紛れも無いプレイヤーの発言に絶望から私は涙をながしました
俺は困惑していた
国王陛下からの呼び出しを受け謁見の間に向かうと大臣や学園の主要な生徒まで並んでいて首を傾げていると俺の罪状が述べられ出した
罪状は国家反逆罪 穀類の価格操作に始まり民の不安を煽っての反逆扇動までしていたそうだ
なぜ、この私が父上を害さなければならない
なのに 突き付けられていく証拠は確かに俺の署名が入っているものも多く それが捻じ曲げられ曲解され俺の罪だと糾弾される
違う、やっていない と周りを見渡しても誰もが侮蔑や非難を目に浮かべていて
味方が誰一人いない事に焦りが募る
「異論は無いか?」
「私はやっておりません!」
「ならこの証拠はなんだ!」
淡々と見守っていた父上は俺の言葉に激昂なさる
「…お前にだけは、裏切られる事は無いと思っておったのに」
「父上…」
何を言っても弁解しても、取り繕うなど白々しいと周りの目が徐々に冷たくなっていく
学園の 共に生徒会をつとめた仲間の顔を見ても目線をそらしたり父上の裁きを当前のものとただ待ち構えたり更には事情聴取に応えてより俺の立場を悪くしたりと、誰一人として庇おうとしない
その中の一人
彼女と目があった
ルイーズ
転校してきてから俺の心を掻き乱してきたかわいいひと
生徒書記としてそこにいた彼女は俺と目があうと小さく肩を跳ねさせた
君だけは 誰の言葉にも耳を傾けてきたやさしい君だけは信じてくれるだろう
そう思い彼女を見つめると泣きそうな顔で口を開いては閉じる
俺が無実だと 言ってくれ
だが彼女は周りを見渡すとごめんなさいと呟き顔を覆って俺との視線を遮ってしまった
どんな力なき声にも聖母のように微笑み耳を傾けてきた彼女にさえ見捨てられた その現実が俺を打ちのめす
周りをどれだけ見ても俺の味方は一人もいない
呆然と座り込んだ俺は父上が冷たく憎悪さえ感じる顔で罰を言い渡す為口を開くのをただ見ることしかできなかった
「第一王子スレイアス そなたは国家反逆罪により廃「待ってください!」
扉が勢いよく開けられ飛び込んできたのは見知った少女 婚約者のサラシアだった
いつも人を手足の様に使い 決して自分は声を荒げ無い彼女の大声を初めて聞いた
更には走ったのか息まで荒げている、あの サラシアが
「サラシア嬢、いくら貴女であろうと陛下のお言葉を遮るなどとんでも無いことです」
「理由があってこそのことです、陛下 裁きを下す前にこれをご覧ください」
彼女が渡した紙の束の一枚目に眼を走らせた侍従長は顔色を変え父上に走り寄った
「これは…」
「補足の為の発言を許して頂けますでしょうか」
「許す」
「結論から言わせていただきますと殿下は冤罪です、よく隠蔽されていますが殿下の側仕えの中に隣国の間者が紛れておりその者により内乱や国力の低下を計られておりました」
「なんだと」
御前であるにも関わらず皆ざわめき
すべての者が王の手に渡った資料を食い入るように見つめた
「…侍従長、王子の捕縛は中止だ もう一度信用できる者で洗い直せ」
「かしこまりました」
そしてその場は気まずい沈黙が満ちた
誰もが俺を直視せず 誰かの発言を待っている
そして俺は、冤罪の晴れた喜びより 信じてもらえなかった怒りより なぜサラシアだけが気付けたのかわからず困惑していた
「あーサラシア嬢、よく隣国の謀を見破ってくれた礼を言おう」
「身に余るお言葉です」
「だが なぜ気付けた?こちらの目を欺ききっていたのだ なにかあるとわからなければ見破ることなどできまい」
その言葉にサラシアは今日初めて言葉に詰まった
困ったように見回した後 俺とあった視線を恥ずかしげにそらす
言うか言うまいか迷いながらもゆっくり告白ははじまった
「それは…ただ殿下を信じていたからです。これでも17年間 生まれた時から婚約者であった殿下を見つめ 10年近く殿下だけをお慕いしてきたのです 殿下がどれ程陛下と国を想っているのか見てきたのです、間諜などに騙されるものですか!」
その言葉に唖然とする
誰も信じてくれないと思っていた
誰もが見限ったと思っていた
なのに 邪険にしてきたサラシアだけが慕い信じてくれていた
それも耳を真っ赤に染めながらも誇らし気に俺に対する想いを叫んでいる
あまりのことに目を見開きただサラシアを見つめていると振り向いた彼女と目があった
その瞬間彼女の顔は劇的に変わった
「あ あぁスレイアス殿下」
普段は冷たい美貌で気位高く多くを見下してきたにも関わらずその頬はは羞恥で赤らみ その柳眉までも困り切ったようにさがった
両手は所在無く宙を彷徨う様は親に手を伸ばす童女のようでいじらしささえ感じる
「違うのです殿下…疎まれてる私が想いを告げる気などなかったのですが止む終えず言わなければならないと思いお慕い申し上げておりますと いいえ お慕いしているのは本心ですが!ああ あぁ私は何を口走っているのかしら?!」
サラシアはなんだか言い訳のような事を話していたが ついには黙り込んでしまった
混乱しきって目には限界まで涙を湛え肌を薄紅色に染めた彼女は俺から表情を隠すように手を翳し消え入るような声で呟いた
「見ないでくださいまし」
その声は静まり返っていた謁見の間に響き渡り
それに気が付いた彼女は更に顔を茹らせて走り去っていった
「…スレイアス 余は大きな勘違いをしていたようだ」
誰もが唖然として物音一つ立てられずにいたが王の一言で俺と父上に再び視線が集まる
「巧妙に隠されていたとはいえただの学生であるサラシア嬢が気がつけた事に気付かず 冤罪をかけた上にその身分まで取り上げようとまで考えた…すまない」
「いいえ…私も間者に入られたのに気がつかずこの様な事態を招いた事お詫び申し上げます それでは失礼します」
微笑みながら答えると張り詰めた空気が和らぐ
しかし
許せるものか
これまでの俺を全て否定されたかのような屈辱が簡単に忘れられるものか
だが耐えよう
こいつらとここでこれ以上一緒にいたくもないし 許す気もないのに懺悔を長々と聞かされる気もない
それよりこれまでおざなりにしてしまっていたその過去を埋めるためにもサラシアを追いかけなければ
早くあの薔薇色に染まった顔を見つめて礼を言わねば
助けてくれて、思い続けてくれてありがとうと そう伝えるために俺もまた挨拶もそこそこに駆け出した
「サラシアはしあわせになれた?」
二人きりでお茶をしましょうと言われのんびりと楽しんでいたら急に彼女はそう聞いてきました
あれから転生者どうし友達になろうと言ってもらい度々お喋りしたりお茶をしてきましたがそんな質問は初めてです
彼女が首をかしげるとピンクブロンドの髪が流れ落ち陽光に煌めき
ほつれも乱れも枝毛の一つも見られないそれさえヒロインの力かと見惚れているとまた名前を呼ばれてしまいました
「ええ 貴女のおかげで幸せね」
「よかった なら私も幸せ〜」
にこにこと笑いながらそんな事を言う彼女に疑問が浮かんだので尋ねてみます
「貴女はどんな時も幸福でしょ?ヒロインなんだから」
そう言うとルイーズは仔栗鼠のように頬を膨らませ怒り出しました
「そりゃヒロインはみんなから見たら幸福だけどあたしの主観とは別じゃない!」
「あら、ルイーズは幸せで無かったの」
「そうよ…最初は大好きな人達に囲まれて嬉しかったけど誰を選んでも選ばなくても身近な人が大好きな人達が不幸になる未来を知ってるのはつらいよ」
うんざりしたように言ってルイーズは色とりどりの飴で飾られた焼き菓子を噛み砕きます
「ゲームはリロードがあるからどんな悲しみも楽しめるけど、身近であんな人生おくられたら悪夢ね」
「そうね…貴女の立場なんて考えた事もなかったわ ごめんなさい」
「まぁ人の事なんてそんなものよね、でも誰かのルートに入ったらその他は死んで だからと言ってハーレムルートに入ったら一生悪女みたいに侍らすのも嫌だったし何より」
悪い事を言ってしまったなと俯いていた私の顔が急に上向けられ驚いた拍子に焼き菓子が口に放り込まれて目を白黒させてしまいます
「サラシアが不幸だなんて 耐えられないからね」
「もう なにするの」
もぐもぐしながら反論してもルイーズは口ではごめんと言いながら反省のそぶりが見えずに笑っています
ふざけながら美味しいお菓子を食べていると暗い気持ちも無くなって私もつい吹き出してしまいました
「だからね、私はみんなが幸せでサラシアが幸せで私も幸せな結末じゃないと嫌だったの」
「欲張りなのね」
「女の子って欲張りじゃない」
「それもそうね」
「でしょ?」
くすくす笑いあっているとふいに後ろから抱きつかれてびっくりしました
「楽しそうだね サラシア」
「殿下…近うございます」
色っぽい低音が耳元で響きあまりの羞恥に身体が強張ってしまいます
「ラフレット これでいいのか?」
「バッチリです殿下、サラシア嬢はさらにめろめろですよ」
「ラフィー!殿下に変な事教えないでよ!」
殿下のこれまでにない接近にとても驚きましたが 見えない位置にいるルイーズの恋人、最近まで遊び歩いていた幼馴染みの騎士ラフレットに唆されてやったみたいです
私を喜ばそうと聞いてしてくれていたとわかりなんだか暖かい気持ちになってまた笑顔になってしまいます
そういえば それほど関わりのない宰相子息のアレハンドロ様もルイーズが気付かせないようにこっそり親族に悩んでいる事を噂で聞かせたりして家族会議を経て家族の絆が深まったそうです
ヒロインは幼馴染みと結ばれて
悪役令嬢も初恋の王子様と結ばれて
幸せなファザコンとして宰相子息も楽しげに駆け回り
敵国の策略は潰されたので内乱もおこりませんでした
ルイーズがただのヒロインでなく、欲張りなルイーズだったからこそみんなが幸福な終わり方を見つけられたのでしょう
こんなに小さく愛らしい彼女ですが 強運と諦めの悪さを持ち得た彼女には何者も絶対に敵わないなと幸せな敗北を感じてしまいました
前書きはヒロインでした