11日目 ルマンド教会
教会はあんな金持ち装置は無いようであっさり侵入が可能である。しかしメヌールは司祭の服を着ているので正面から入れば良いと言って来た。
「レイナードのお下がりがある。君はこの見習い着を着ていればよい」
腰から提げた皮袋から質量を無視した白い衣を取り出された。メヌールもアイテムボックスみたいな魔道具があると初めて知った。視線を感じたのか簡単に教えてくれる。
「司祭の資格を取得したときに許可がでる。出張や派遣を見越して薬やらをつめるのじゃ。簡単な作りで寝台に乗る程度入るかのう。手荷物が見えないのに運べるのは司祭以上の証じゃな」
それってメヌールも麦運びができたのでは? 察しているだろうがスルーされる。
「外国人の君には関係ないがこの国だと魔法使いが教会の許可無しに袋を作るのは御法度じゃ。理由は想像つくじゃろう。場所によっては国籍もわからぬし噛みつかれる素になることは覚えておくように」
ありがたい忠告を聞きながらさっさとレイナードのお下がりを広げる。メヌールと同じ白いローブに見えた。服の上から被るとぶかぶかで生地が地面についているが多分正面から見ると割烹着に見えると思う。服を作った時の応用で袖や丈を魔法で詰めて調える。袖口の刺繍が途切れてしまいそうだ。
「メヌールじい……司祭、この袖口の刺繍なんですか? 柄が繋がってないと不味いものですよね?」
「古代文字じゃな。勿論途切れれば意味を成さない。引き摺らなければ別にだぶついても良いぞ。貧乏性の者はサイズ違いも珍しくない。
そうじゃな袖は織り込んで紐で縛る者もいる。腰ひもを作った時の余りはないかね? 良く見る形で止めてやろう」
溶け込むスタイルがあるならそれに任せる。私はあまりの紐を出してメヌールに握らせた。彼は器用に紐の端を調えてから袖を折り込み二本取りで縛る。簡単に結ぶものだと思っていたが祝儀袋の水引みたいに何かの形を作っていった。
「結縄で右はアラムウェリオ、左はレリスティーアを示す。結縄でも古い文字じゃ。今は音を編み込むので使われんが庶民出身者は好んで使う。田舎司祭の派閥だと思われるが教会の外とは思わんじゃろう」
確か結縄も記号から文章を編めるように変化したらしいし古代文字とか表形文字というものなのかもしれない。服も古代文字の刺繍というし古い教会常識は多岐に渡りそうだ。
なんとか服を引き摺らない形になった所でメヌールは木札を手渡す。
「門にいる者に渡して返事がきたら迎えにくるのじゃ。従者が先触れを出すことで礼儀と優先順位を上げる」
上司役はメヌールしかできないので仕方ないのだがいつの間にこんな書状を作ったのやら。平行の辺を持ちつつも角に丸みを持つ丁寧さだ。
言われた通り門を守る白いローブの男に木札を渡した。暇そうにしていたのに慌てて中に入っていく。白いだけで長屋のような建物が2つあるのだがレーダーで見ると片方にだけ人がいる。門の男が人と接触して帰ってきた。
「司祭が司教へお伝えしております。メヌール司祭様はどちらにおられますでしょうか? 控室にご案内いたします」
メヌールには呼ばれたら呼びにこいと言われたがこの場合どっちなのだろう? 控室で待つのは間の状態だと思う。接待したいのはメヌールだろうから連れてくるべきなのかなぁと思い一度失礼して相談にいく。メヌールは少し驚きながらもついてきた。
「少し焦りました。控室って無いものなんですか?」
門の男に案内された控室でお茶を戴きながら小声で訊ねてみる。予想していたより景気のいい内装だ。
「貴族や高位の教会関係者が頻繁にくるならばある。こんなにルマンド教会に金の臭いがするのはおかしいのじゃが」
メヌール達、ガルド領の教会の認識では大きな会議がある度に金がないという言い訳を繰り返すのでルマンド教会は名ばかりの大教会だとみんながみんな思っていたらしい。なんでも何代か前の子爵と揉めに揉めていて援助なんてほとんど無いとルマンド教会は嘆いていたそうだ。多くの者がガルドの教会に流れては聖職者の流刑地と証言する。
「これも怪しい話ですね」
「うむ。余裕があれば金の出所も探ってはくれんかのう?」
特に必要な話ではないがこれは私も気にはなる。頷いておいた。
少し時間が経過して司教の執務室に案内される。相手のマルコム司教は筋肉の無さそうなころんころんの肥満体だ。メヌールとは違い最早柄布というレベルで刺繍がされたローブを着ている。この悪趣味具合は悪役サイドの人間にしか見えない。
マルコムとメヌールは両手握手の挨拶をした後、机を挟んで席につく。今回私の席はない。メヌールの後ろに立ち椅子を引いたりするだけだ。
メヌールが話しかける前にマルコムから話がくる。
「ガルド大教会からの調査というのはいったい誰の指示なのかね? うちの教区は確かにガルドの助けを得ていた。しかし調査の権利を持たれた記憶はないのだが」
マルコムの話はメヌールが出した先触れには何かの調査と書いてあったようでくどくど探る権利はないと言うことを繰り返す。メヌールはまだ何も話していないので探られたくない悪事を働いているとしか見えない。実際捜査権はないのであろうが、潔白ならまずどうしてそうなったか聞くはずだ。あまり代わりばえのない話が繰り返されるからかメヌールが風向きを変える。
「マルコム司教。私がこちらに参ったのは建前です」
今度は高圧的な態度から焦ってへりくだり始めた。なんとも忙しい人である。懐柔モードが続く中、マルコムは私たちの興味を引くキーワードを吐いた。
「本来の用件はアラン大司教様からですかな?」
こいつは現在進行系で繋がっているかもしれない。すぐに反応したメヌールは袋から取り出したのであろう杖をマルコムにつきだした。ひきつった顔をしたマルコムはそのままゆっくり感情がぬけていく。
「マルコム司教、あなたは私の質問に答えなければならない。あなたの知るアラン大司教はいつから中身が変わったのじゃ?」
どうやらメヌールは鈍感ちゃんが思考の方向性をねじ曲げられることを応用した尋問を思い付いたらしい。本人の覚えていると思っていることしか引き出せないが今の内容なら有効だ。催眠術とは少し違い、受けた後の違和感が命令せずとも薄くなる。メヌールの魔力が心配になったので空いた左手を掴み分け与えた。
「中身が変わったのは十四年前。ルマンド子爵夫人の嫁入り話を持ってきた頃」
子爵夫人はアランの手紙を子爵に渡してから婚姻を結んでいる。乗っ取りは子爵夫人がガルド領に来たのが始まりなのかもしれない。
「中身の正体は知っておるのか?」
「知らない」
マルコムが知らないと言った瞬間メヌールの体が傾く。魔力の限界かもしれない。
「ハラーコ、続きを頼む。アランとの繋がりと知っていそうな人物じゃ」
マルコムに向けたままの杖を受けとり、そのまま鈍感ちゃんを続ける。私の魔力が注がれたことを確認したメヌールはずるずると椅子に座り直した。
「私の質問に答えなければならない。あなたにアランが頼んだことを簡潔に述べよ」
「現子爵夫妻の縁談の後押し、息子イアンのルマンド教会入りの阻止、銀山の不正採掘の管理と隠ぺい、魔道具の不正制作」
「逆にアランにあなたが頼んだことは?」
「ガルド大教会からルマンド教会への援助、次期領主マリエッタの殺害」
思わずメヌールと目を合わせた。しんどそうにしていたのに体を硬直させて目を見開いている。
「まだマリエッタは生きている? 何故彼女の殺害を?」
「報告がないのでわからない。彼女は銀山の不正採掘を知った」
「報告は誰がする?」
「アラン大司教の小飼がする」
アランの指示でしていた不正採掘を知ったマリエッタ。報告をかねて殺害依頼を出したので完了報告かお叱りをメヌールが持ってきたと思ったわけか。
「不正制作をした魔道具は何?」
「ミスリルで作る時刻みの歯車」
「ハラーコ、納品した時刻みの歯車はアランの元に送ったのかを」
「はい。それは誰に届けた?」
「王都の上級貴族バーク家」
メヌールを見やると難しい顔をしている。これについてはもうよさげだ。最後に必要な質問をしよう。
「アランの中身を知りそうな人物は誰?」
「子爵夫人、ロバート前大司教、イアン、バーク家」
メヌールの予想とあまり変わらない。質問を終えた私は殺害の完了報告を受けたと思うように細工をし、メヌールを連れてホラ村に帰った。ヒールをかけて休ませながらマルコムの話を整理する