10日目 ぬめの息子
メヌールの住まう教会は木造平屋建てであるが光を示すアラムウェリオの色、白い塗料が塗られていて景観的に浮いている。ホラ村も本村も移動する村だからか剥き出しの木材で建てられた物しかないのだ。教会の単語から十字の飾りを想像していたが白いだけで飾りは無くてもよくわかる。ちなみにシンボルマークはあることにはあるそうだが庶民には見る機会がないそうだ。
他にイメージと違うところと言えば礼拝堂がない。メヌールが言うには祈りは別にどこでもいいし、説法は広場などでやればよく、教会は病院と葬儀屋が合体した事務所兼住まいなだけだという。司祭職というのはとにかく専門性の高いものを詰め込まれた仕事のようで、入院病棟なんか作れば葬儀もできないし、葬儀場を作れば式中に急患が運び込まれる。全ての業務をここまでしかしないと割りきってでも一人いないと不便な職であった。
村に一人の万能司祭様に働いてもらうために通いの事務職員が詰める部屋と司祭の住居しかない教会が建つことになる。一言でいうと普通の民家が白いだけ。これが田舎の教会だ。
村の中心だと聞いてきたが納得しない私にわざわざ自分の家の前で説明するメヌールはなかなかシュールでよかったが、夜中に家の前で話声がして家人が不審に思わないわけがない。突然扉が開いたと思えば男性の影がメヌールを見て司祭と叫んだ。現在本村とホラ村の接触禁止中なので人に見られたら不味いと男性と私は教会内部に押し込められる。
「声を荒げるでない。私と彼女は今ここにいてはならぬのじゃ。誰が訪ねてきても告げてはならぬ」
「しかし司祭!」
なるほどこれがレイナード青年か。メヌールの話を聞いているようで聞いていない。全く音量を下げないレイナードの口をメヌールが塞ぎ「人の命が関わっているお前も私も」と説教染みた説明が始まる。メヌールの無駄に長い話の原点はこいつにあるなと納得できる光景だった。
結局メヌールの話は単語単語でしかインプットできないレイナードのために裁定の話から始まり教会の予想動作まで及んだので私は長く待ちぼうけを食らう。レイナードが頷いたのか項垂れたのかしたところで漸くメヌールの手は外されて静かになった。
「紹介しよう。これがあのレイナードじゃ。彼女はハラーコ、大陸外からきた司祭か魔法使いじゃ」
出だしで疲れたのか側にある椅子に座りおざなりな紹介をされる。お互い微妙に好感を抱きにくいがとりあえず両手握手を交わしておいた。挨拶も終わり着席されたところでメヌールが話し出す。
先程の話に加えてゾンビが続いたこと、ダークエルフが出たこと、寄生虫が原因で癒しのアップグレードがいること。領主に会った話の前に後任司祭として必要そうな話を中心に語る。多分遺産の話をした後では入らないので先に詰め込んでいるのだろう。
毎回口を挟みたがるのでレイナードが口を開くと回りの空気が止まるようにしてみた。声がでないのと息苦しいので止まる。メヌールは胡散臭げに私を見たが話は続けた。繰り返すことで訓練されたのか何も言わなくなったがうつむきがちなのが気になる。
「メヌールじいさんストップ。話をちゃんと聞いていない」
不服そうに二人に睨まれたが確かに親戚、同じ顔をしている。
「大事なところだけ叩き込みましょう。つまり焼き付けの上書きをします。細かいことを伝えるよりできることを増やした方が時間の無駄にはならないでしょう?」
左手をレイナードの額に伸ばすと仰け反って避けられた。本気で話を聞いていなかったな。癒しの出力を上げないとゾンビが出るかもしれないと伝えたのに。
「ハラーコ、急にされれば誰だって驚く。レイナード、焼き付けを受けなさい。恐らくお前がこれをできないと次のゾンビ発生はこの村じゃ」
顔を青くさせて逃げるレイナード青年。今のも聞いていないのだろうな。メヌールはこの村には帰らないとわかる言葉なのに。
「無理矢理焼き付けてやってもいいですか?」
「できれば理解してほしいが……」
今までになく悲しそうなメヌールを見たら急に頭が冷えてきた。彼にとっては家族との最後の思い出になる。こんな記憶は良くないかもしれない。
「声量を落として喋るように。大声を出せば二度と話にはこないし無理矢理焼き付ける」
必死で首を縦に振ったのを確認してさぁ話せとレイナードにふる。
「司祭は帰ってこないし、帰ってもわけのわからない話をする。急に知らない女から焼き付けなんて魔法を奪いに来たとしか思えない。怖くて当たり前だろう」
確かにレイナード青年から見れば混乱極まりない話だ。メヌールは回りくどいし。私は焼き付けの失敗で魔法使いが魔法を失うことを失念していた。
「帰ってこない理由はまだわからない?」
「ダークエルフやゾンビなんて言われて誰が信じるんだ?」
「じゃあ出します。治療用の鑑定魔法は持っているよね?」
メヌールが代わりに頷いたので目の前にダークエルフを出して鑑定しろと言った。少し間を置いて薄暗い部屋に遺骸があることを理解したレイナードは嘔吐する。
「葬式できるんですか? これで?」
「腐乱や白骨はまだじゃ。レイナード、やりなさい。話を信じられないのなら自ら確認しなければならない」
箱入り司祭見習いなのね。連日の開示で私ももう馴れている。嫌々と拒否をしても彼もいつかは見なければならない。涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をしたレイナードは無言で五分十分と待たれるとやるまで終わらないことがわかったのか動き出した。鑑定を使ったふりをして見ないなんてことを危惧した私は彼のログを表示する。
レイナードはアランから呪いを受けています。
レイナードは身体スキャンを使用しました。
レイナードはアランから呪いを受けています。
レイナードはアランから呪いを受けています。
なんだこれは? 断続的にレイナードに呪いがかかっている。呪いの詳細を出すと混乱の作用がある呪いらしい。
「レイナード、アランって誰?」
そっくりな顔をした義理の親子は幽霊でも見たような顔で私を呆然と見つめた。