10日目 ぬめ遺産
シナリオを作るのは領主の家臣団になる。運が良いのか悪いのか、歴代領主が長年記録した日記や家臣の覚書等にダークエルフの文字があったからだ。我々の知るダークエルフは肌の色がわからないほどの遺骸だが、ちゃんと生きた記録だという。歴史の闇に葬られているので教会に提出するのに都合がよく、文官仕事の得意なものや資料持ちを集めて徹夜で会議になるらしい。
私たちの方は一度帰還して知らぬ顔をしてすごす。明日は今日に引き続き麦の運搬をこなし、余裕があれはローウィかアデンベアを配給する。そして夕刻付近にまたこちらに出向きでき上がったシナリオを現地で使えるものに修正をするのだ。領都に住む都会人には想像できない生活スタイルだろうから。
一日分の予定を詰めたらダークエルフを引き渡して三人で部隊長が地図を広げた部屋に帰還する。ついた途端に部隊長は膝をつき、メヌールは壁に背を預けた。
「お疲れ様です。本当にえらく疲れてますね」
メヌールにはマナーを教えなかったからだと皮肉を言われ、部隊長は何も言わず動かない。そこそこ軍でも領内でも地位があるように見えるのだが部隊長はかなりの小心者らしい。部隊長を起動するために呼んできたジル副部隊長の意見である。
「副部隊長殿、私は一度職安に寄ってから帰ろうと思うのじゃが部隊長殿をまかせて良いかの? ハラーコはどちらでも良いぞ」
メヌールは動かない部隊長が面倒になったらしく、職安に魔信をうちにいく。教会が魔信を傍受していることから、一度無理だ来てくれとカルアの隠れ家に返信を出すように指示されたからだ。中身はあるが特に意味はないので空メールを送り返すような気軽さである。
私も魔信には興味があるのでついていきたいのだが片腕をがっちりジル副部隊長に掴まれていた。
「部隊長が復旧してもまた話ながら止まりそうです。細かいことは省いて良いので決まったことと次回の出頭について教えてください」
笑顔のジル副部隊長の顔を見てから振り返るともうメヌールは帰っていた。仕方がないので説明してから転位で帰る。ジル副部隊長のちょっとどころでは済まない追求により暗い気分は幾分か吹っ飛ぶ。
家に帰ると先に帰ったメヌールが食器を片付けた机に板やインク壺を広げて何やら考えこんでいる。
「ただいま帰りました。何してるのですか?」
「息子と実家にどう配分するかと悩んでの」
そういえばメヌールはこの騒動が終わり次第雲隠れする予定だった。領主と具体的に話をしたことで遺産分配について考えるに至ったらしい。
「領主が協力してくれて没収財産にならずに済みそうなのでな。息子も実家に仕送りができる」
軽くお金の話を聞く。貴族籍は相続を明確にする血統書で戸籍に近いが、メヌールの教会籍は住民票に近く所属会派と住居の登録がされている。元々は人事資料として魔法の流派と派遣地を見るためのものだったらしいが改正が重ねられ、養子に相続をさせられるようになったようだ。教会側はなるべく上に金を吸い上げたいが中身が元貴族の運営なので元貴族だけで血縁あるものに限るというケチ臭い制度になる。ケチ臭いので教会処分だと財産は罰金として取られそうだが、領主が原因究明をして最後まで戦った英雄だと公表してくれるので恩賞付きで相続できるようになったのだ。そんな話をしていたとは回りくどい話をしているとスルーしていたよ。
メヌールは最北村司祭の権限で兄の曾孫を既に後継登録している。教会の運営体質的に領主が英雄指名すると政治的に利用価値があるので大きな乗っ取り工作が起きない限り今後も一族から最北村に司祭を出し続けることができるらしい。そういうわけで貧乏な実家にも教会に世襲職に近い現金収入源があるのだと認識して、息子のバックアップ体制をとってもらうため、遺産の一部を渡すように息子に指示をだすようだ。
いつも教会の話になると闇オチがつくのだが一族に継がせ続けていいのかと聞けば大教会に売られるよりマシだという。仕度金がいいからと大教会に売られたら実家の凄い貴族子弟の腰巾着として八割は一生涯派閥争いをすることになる。メヌールはどうやって抜けたんだ? 派閥の小競り合いで敗北したふりをして抜けたらしい。流石メヌール、腹芸ができないと地方抜けは無理だというまた教会の闇というオチがついた。
「息子レイナードはまだ二十歳なのじゃ。未熟なのもあるが、実家は五歳で離れ、大教会にいたのも八歳までしかない。こちらで実家との縁を意識させねば飲み込まれてしまうのじゃよ」
メヌールが心配するのは若い息子が魔窟に売られた恨みで実家に頼らないところにあるそうだ。しかし教会人として生きていくには経験値が足りない。大物貴族のガルド伯爵と結び付く以上貴族サイドの守りは必須で連絡口一つないのは共倒れになりかねないので落ち着くまで送金をさせたいようだ。聞いている限り教会は酷いところだし息子さんは絶対納得しないね!
「息子にできる説得と双方継続できる金額をと考えると袋小路でな。領主に頼めるのはレイナードの後継と財産の確保までじゃ。ここからレイナードが生きていくにはあまりにも足りない」
「そんなに心配ならまだある時間を説得に使ったらどうです? メヌールじいさんがいない生活すら想像できないでしょうに」
腹黒メヌールが心配で心配でたまらない二十歳。可愛がっているだけなのか、お子様なのか。私はメヌールの腕を取り、闇夜の本村教会へ転位した。