10日目 極悪人になる覚悟
貴族としてのプライドと言われても単純に一つの問題ではすまない。まずは教会との関係。もう一つに他の貴族との関係だ。
教会との関係はわかりやすく、一度舐めた真似を許せば今後も繰り返すだろうし、教会の方が権威があると領地で馬鹿が調子に乗る。穏健派が機嫌を取りに来るのも最初の内だけでこの程度ならばと舐められたままの関係が続く可能性が高いのだ。
それは長らく領地で教会を押さえつけてきたガルド伯爵にとって負の遺産になる。王都に並んで広さがあるガルド領地なので下手をすれば反王派で教会を根城にされる可能性もあり、歴代暗黙の使命として放置は絶対に許されない。何も起きなくとも適当な理由で王から領地分割を打診されるかもしれないのだ。
次に貴族の問題だが複雑になる。ガルド領は大領地のある貴族であるが切っても切れない中央の法衣貴族(領地なしの貴族)や小領地の領主貴族どもは飯の種が足の引っ張りあいの所がなきにしもあらずなので確実につつかれる。ゾンビの清めなんてわかりやすい教会との不和はスキャンダルとしていい餌だ。これ幸いに北軍の地位を落とそうとしたり、教会に寄りすぎている奴らが婚姻の打診をしてきたり、思い付くだけでも面倒ごとが山積みになる。できれば中央にあまりいたくないガルド伯爵は宮廷鼠対策で二倍働いても足りないくらいになると予想した。
「これらの問題を避ける案を出して燃やすか、燃やさず全回避するかって話なのですね」
このおじさんのプライドなんてと思っていたが貴族のプライドとは全く関係がなさそうな民にまで波及するものだと説明がついてやっと理解した。風が吹けば桶屋が儲かるので、風をなくすか桶屋を潰すかしなければならないらしい。
代案に行く前に二つの問題を分けてチャートを作ってみることにした。教会の場合は燃える、報復できない、調子にのる、舐められる。貴族は燃える、教会との不和を知られる、攻撃手段に使われる、懐柔派が出る。共通項は燃えると教会との不和だけだ。燃えるが却下されたので実質とれるのは教会との不和を如何に避けるか。この一点のみになる。チャート順で考えると調子にのられる前に報復できないとあるが報復して不和ならありなのだろうか?
「勝てる争いならばな。中途半端に報復を繰り返すことになれば中央の教会は黙り、ガルド領教会とガルド領との戦いになる。これを人は内乱として更にスキャンダラスに扱うだろう。
仮に中央の教会が出張ると我々は神敵となり全面戦争だ。外の者にもわかるように言うとこの国は聖典により荒れ、聖典により固まった国だ。主神は違えど元は同じ宗教の国、神敵に居場所などない」
領主の返答にメヌール解説を挟むと男神アラムウェリオが作った大地がアデン大陸であり、最初の土地がアデン国中央の王都になるそうだ。大陸全土が聖地でもあるがアラムウェリオが降り立った土地となると格別である。この聖地をどの人種のどの部族の誰が得るかで大昔に大戦が何度もあり、今の平和は全人種の聖地立ち入りに関しての制限を解除したから成り立つものだという。大陸外から別の宗教の入る余地もなく戦争も平和も常にこの宗教に操られていたのだ。つまり教会と全面戦争すれば大陸の全人類が敵になる。言葉の端々から領主が無宗教なことを感じられるがそれを言わないわけがここにあるらしい。
教会の面倒さがわかったところで話を戻す。報復の有り無しは面倒さを考えればやるべきではない。しかし、調子にのられるのを抑えられて尚且つ争わない形があれば出せと。なんというか無理ゲー臭がする。
「そもそも調子にのるって何を指すのですか? 領主様の財産である民や金を食いつくして贅を尽くすということだけですか?」
率直な物言いを同行者二人に正されたが領主はちゃんと答えてくれた。
贅を尽くす場合もあるが予算を更に食うのは予想されるし、魔法使い狩りが激化して治安悪化が進むことや一族の魔法使いを人質に渡せと言うことも予想できる。金持ちは基本ちゃんとした師匠につかせて貴族のお抱えでやっていくものらしいので取り込みと力の翳りを見せるいいパフォーマンスだ。よその土地でもそうして領主貴族を食い物にする教会はある。基本断りづらいので教会側が遠慮することで土地の守護を得るが、逆転させる程という話になるようだ。
魔法に関する教会のあれこれは何だか黒すぎるので遠慮したいがここを抑えられているのはパワーゲームの意味で弱い。
「教会が魔法関連から手を引けばあれこれ楽なのに。報復として取り上げられたら一番ですよね」
「それは誰しもが思うことだ。しかしながら権益を害されて抵抗しないものはいない」
領主自身がそうなのでこうなっているわけだしなぁと思う。
「魔法使いの増加で教会だって手一杯でしょうに。そういえば召喚の連絡を教会に傍受されているだろうと聞いたのですがゾンビの一報はもうついてるんですかね?」
教会への連絡はメヌールの担当である。裁定に呼ばれた時点で出さないわけにはいかないと言っていたが通信手段や速度は聞いていない。領主がメヌールに再確認してくれる。
「マフュブに届いたか否かでしょうな。教会に送ったのはゾンビらしき物が出たらしいので裁定に呼ばれたとだけ書きました。
現地に入らねばゾンビか否か、人か獣かもわからぬでしょうからこれから五日して届いた後に魔信と照らし合わせ先遣隊を出してとすれば更に七日は稼げるでしょう」
近いのか遠いのかわからないが瞬間移動を手にしているこちらが十日近いアドバンテージがあるようだ。
教会はメヌールがしくじったと思うか教会の秘匿情報に引っ掛かるかが原因で動くはずだ。ん? 元を覆せばいけるのか?
「ゾンビが出たかも人なのかも伝わってないですよね? そんなことはなかったとは誤魔化せないですか?」
「前にも言うたが、裁定の記録は残る。そして人の噂を抑えることは不可能じゃ。軍も動員しておる。消しようがないのじゃ」
確かに消すことはできないが上書きならできないこともないだろう。なんせダークエルフの遺骸があるのだ。
「ゾンビが村人の墓場から出たこととアデンベアまでが公式記録ですよね? ダークエルフの遺骸はあんまりにもな話なので書いていないのでは?」
「君が掘り出し保管しているからの。裁定にも軍の動きにも関連していない」
「それならダークエルフが出たことにして擦り付けてしまえばいいのでは?」
胸くそ悪いがアデン人は最初からダークエルフが犯人だと思っていた。そしてダークエルフ自身も出てこない。悪いことだとは重々承知だが被害を出しているのは事実なのでダークエルフ犯人説を脚色すればセンセーショナルな上書きは可能だと思う。極悪人を作り上げるのは良心が痛むが外聞としては悪くない。教会と貴族を抑えて周りの平和のために犠牲になって貰うのだ。
自分で言っていて吐き気がする。最悪だ。最低だ。全人類の為に自分ではない一人を犠牲にできるのかという命題にすっきりする解答を出せる人間なんていない。自己擁護なだけだ。どういっても私は悪人である。正義なんてない。駄目だ。最悪だ。最低だ。
「そこまで苦しい顔を見せずとも良い。現実は残酷で成り立つ。その案は多くの者の平穏を守るためのものだ。何も守れない者など無能なだけである。無能で終わらぬためにも罪を重ねるのが私の責務だ。君ではない。私の権利であり義務である」
肩代わりしてくれると領主は言うが私が言い出したことで私の罪悪感だ。誰がなんといおうと軽くなるものでもしていいものでもない。会ったこともないダークエルフを大罪人にして、掘り返した遺骸をあちこちに見せて回る。聖なる気配が全くしない聖典と同じように私はダークエルフに罪を被せるのだ。