2日目 トイレ話
お食事前後はお避けください。
何故だか爆睡した翌日、遠慮がちなノックで目が覚めた。
危険意識といい、罪の意識といい自称日本人としてはあまりにも鈍感な気がするがこれもチートのせいか鋼の心臓あたり植え付けられてるんじゃないか、なんて寝惚けた頭は考える。
「ハラーコ、そろそろ起きてくれ。道案内が出ていっちまうぞ」
そういえば昨日、週に一回しか補給にこない雇われ商人が来ているのでついて行くように言われていたなと思い出す。近場の農村と往復していて、商人とは言っているが農村の三男が小遣い稼ぎに配達をしているそうだ。
その農村には小さいながらも職安出張所が存在しており、領主から通行証確認の業務委託も受けているのでチェックを受ける。
職安は日本の職安のように正社員探しの場ではなく、職安前で日雇い労働者をアルバイトさせる場のようだ。各国似たような公共施設があるらしいが、なんとなくまとめるとよくある冒険者ギルドに近い。
そのよくある冒険者ギルドとの違いをあげると、まず国毎に中身が違い国営であること、軍の業務である出入領手続きと税関を委託されていることである。職安登録者は流民ではなく国民と定義されており、全ての仕事から税金が引かれている。
というわけで、アデン国から脱出することになるのならば、職安登録はなしだ。外国への通行権がないのだから。
「ハラーコ、早く起きないと次は一週間後になるよ!
起きる! 入領手続きする! 馬車にのる! 早く!」
おっと起こされていたのだった。さて、どう誤魔化すか。
「起きましたーありがとー。顔洗ってから詰所に行くから待っててー。」
「待ってる時間なんてないんだってば!」
「乙女的な作業があるので離れてくださいよ」
「ふざけてたら夜になるよ!」
「ハッキリいいます。トイレしたい。」
「お、おう。すまなかった」
ずるっこい手を使った。これも昨晩確認したのだが、トイレ文化の違いである。
本来アデン国では男女別のトイレを使用するもので、異性、特に女性のトイレは使用中近づいてはならないそうだ。恥ずかしいとか以前に宗教的な教義が堂々存在しているので近づいた場合は性的な目的ではなく侮辱するための行為だと疑われる。当然生活に密着しており、彼らアデン国の暗黙の法に近いため異教徒であってもその意思ありである。
そんな条件下なので、ちゃんと男女別に別れていないトイレ環境で怒らせ、トイレしたいと遠回しにいっても通じず怒らせ、ハッキリ言わせてしまった時点で侮辱されたと激怒状態、ととられたわけだ。わざわざ彼らが昨晩説明したのにね。
さて、トイレに行くと言ったので人の気配が離れたのを確認してからトイレ小屋に移動をしよう。
トイレは1つだけであった。男女別に別けていれる程、監視小屋には人員も予算もない。宗教教義では何もトイレを別けろと言っているわけではなくて、聞き耳をたてることが問題なのだそうだ。近づく、イコール疑わしいのでわけるべき、と。
そういうことで解決法としてどの施設より少し離れた所に存在し、入室する時にきなりの旗か藍の旗を吊るす。信頼関係のある家庭のトイレなんかではよくつかう手法のようだ。
旗を上げるためにトイレ前の細い柱にある紐を引っ張る。緊急自体にはこれ面倒じゃないだろうか。
扉を開けるとただ土の上に穴が空いてました。
これは思ってた以上に酷い。
明かりとりの拳くらいの穴から光が差し込んでいるが、この御不浄、冥界まで続いていそうな禍々しさが感じられる。隅にあるハーブと思われる乾燥草が所在なさげに小さな努力をしているようだ。
鼻を詰まんで機械的に作業して、お湯の魔法と風の魔法を駆使させてもらう。
「なんとか生還。文化の壁は高かった」