9日目 炊事場③
そろそろ頃合いだろうといって昨日炊事場にいったのより早い時間に村の外に転位する。えっちらほっちら歩いて出たので帰りも当然歩かなければならない。最終的には転位を見せるどころか体験させる予定なのだが、暗殺計画もあるし知らせない方がわかりやすくてよいとなった。心を折りきれなければ厄介なことになるのが見えている。
サイロに向かい中身を倍々にして増やしてゆく。あっと言う間に終わりすぎて何しに森に行ったんだかと悲しくなった。
「ハラーコ様、悲しい顔をしないでください。村人ですると更に数日かかりもっと悲しくなりますよ」
確かに日常と比べたらかなりの早さなのだろう。ただ、能力チートなんかより発想力のなさが悲しみを誘うのだ。物と鋏は使いようだと何かができなかった時にどれかの母に言われた記憶がわいてくる。
「明日は薪を増やしましょうね。今日のところは魚を配って終わりです」
そうは言ってもこの二人も来ないのでしょう? 昨日は炊事場に捨て去るように置いていかれた。あそこは男子禁制の雰囲気が酷い。そんなうろん気な目で見るとベッチーノは慌てるが絶対に行くとは言わない。私とベッチーノが一緒に炊事場に行くか行かないかで揉めていると一人で納得したメヌールが自分は行くぞと言い出した。
「私は行こうと思う。今まで私の露出が少ないとは思うておった。信用と信頼は足で稼ぐのじゃ。女人というのは言葉より居るか居ないかが肝要じゃからな」
なんとも含蓄のあるお言葉で。しかし私もその女人なのに言ってしまうところはメヌールが残念なのか私が残念なのか。
やる気のギャップがある二人を連れていくのも面倒なのでベッチーノはまた明日、メヌールは一緒に炊事場という流れになった。
昨日より早めについた炊事場は人数も少なく火を起こす準備をしている。数人の男性が薪を運んできては逃げ去る中で、村長夫人とその仲間たちはやっぱりお喋りに興じていた。
「皆さんこんにちは」
「こんにちは、ハラーコ様、司祭様。本日は皆に魚を配っていただけると聞いています」
「こんにちは、ご婦人方。勿論とってきましたぞ。昨日ハラーコが作ったソースにより合う魚が見つかりましてな」
挨拶が終わるとメヌールがグイグイ女性の輪の中に入り、そして私は出遅れた。今までと違いすぎて吃驚する。最初裁定で会った時は高慢キャラで、居候しはじめてからはその辺の老人という印象だった。今のメヌールは社交上手なおば様のアイドルのよう。話の内容は魚についてだが。昨日までなら軽くひいたかも知れないが、メヌールが教会で経験した人の暗黒面の話を聞いていたので、じいさん苦労したんだなと少し生ぬるい目線になる。
村人交流をメヌールにまかせることにして、私は一番何もない場所を陣取ることにした。幾つか鉄鍋を並べてその上に魚を山盛りにしていく。どう見ても露店の魚売りの空気だ。
火入れが始まるまできっとこっちには来ないだろうとついでにうちの鍋の下拵えをしはじめる。今日は魔法で色々誤魔化してブイヨン系のスープにしよう。
まず森の方角にマップを展開し、いい出汁が出そうな獣を探す。初日に食べたりした謎な獣が歩いていたので収納。絞めてから皮を剥いで解体する。やってみたらボックス内でできてしまった。高性能過ぎる。次はすね肉すじ肉と骨を下茹でだ。魔法で強火を再現してそれらをぐつぐつ煮る。あれ、火を起こせるならわざわざ炊事場にくるの交流以外必要ないよね? ついでに森のものも家からダイレクトショッピングができるわ。何でも都合よくできるって極めれば引きこもりなのだなと気持ちは煮えきらないが鍋は煮える。時間加速でみるみる変化が起きる中で灰汁取りやら香草投入やらをしていたら、竈はいよいよ火付けの段階に入っていた。
ある竈の前で一人の男性が始めるぞといい、鉄と見られる金属に石を叩きつける。叩きつけた先には乾燥させた茶葉のようなものがあり、火花を起こして着火する方式のようだ。フーフー男性が茶葉に息を吹きかければ、少し離れた私にも炎の姿が確認できる。ひとつ目の竈にそれを放り込んだら井戸端会議中だった奥様が一人近付いて、ワンピースの裾をパタパタはためかせた。何をやっているのかと思えば竈の火が燃え上がったようで、次の竈に移って行く。不思議な光景を観察していると、奥様たちが増えだしてきた。