9日目 教会とぬめ
今日は忙しいことがわかっているので早起きだ。こちらに来てから初めてまともに計画して早寝早起きをしたのではなかろうか。
昨日の残りのハママスープを魔法で温め朝食にする。
「今日は早いのぅ。またハママスープか」
物音に気付いたメヌールが起き出して昨日に続き文句を述べた。
「おはようございます。これはメヌールじいさんが昨日食べなかったスープですよ。アデン人は朝食とらないなら気にしないでください」
昨晩帰宅した後、満面の笑みでハママスープを出している。色を見て悟ったのかメヌールはひきつった顔で全くスープを見ないように、もちろん匙をつけずに魚だけ食べていた。じいさんがトマト嫌いならぬハママ嫌いなのはベッチーノでなくとも一発でわかる。そりゃ本村では一切出されなくなったでしょうよ。
ハママスープには手をつけなかったメヌールだが魚は大絶賛で一人で三尾も食べている。内一尾は私の魚だ。普通四つ同じものが出ていれば一人二つずつだとわかるものなのに取られてしまったのだ。腹いせに、朝食はしばらく作ってやらぬと決めている。肉体労働のある庶民は朝御飯を食べていることに気づく日までは。
「まぁ良い。それより今日の仕事じゃが私も同行して良いか?」
気を取り直したメヌールはハママスープから視線を逸らして話し出す。そんなに嫌いなのか。
いつもの回りくどい話を要約すると、単に暇なのと村にボッチは身の安全がとれないということだった。確かに昨日まであれこれしていたが、初動は大変な分待ち時間は結構長い。趣味でも見つければいいのだが定住者ではないので私物一つ持ってきていないのだ。司祭廃業宣言をしていたが普段何をしていたのだろう。
「日常か? 病人が喚びに来れば見に行くし、死人がでれば癒しにも行く。基本的に三分の一程度は外出になるのぅ。教会におるときは領都教会へ定期報告を書いたり、行事に参加したり。残った時間は聖典の写本を作ったりしておった」
意外と忙しい身のようだ。更に聞いてみればメヌールはかなり金銭的に厳しい生まれで、この年になってもせっせと稼ぐためにこのような生活らしい。
領地なしの貧乏騎士爵の五男であった彼は八つ五つ年上の二男三男がいつまでも結婚ができないことに不安を持っていた。今思えば爵位の継承権順位や職・釣書の悪さも原因なのだろうが、幼いメヌール少年は実家が貧乏で結納金やらが出せないせいだと思い込む。これでは五男の自分は一生部屋住みだ、そういう焦燥感にかられた時に挑んだ成人式で運が良かったのか魔法の才能が認められた。
大喜びで教会へ入ったがそこは実家の後ろ楯が全てで更に金のかかる場所になる。望んでもいないのに立派な寝台が発注された。望んでもいないのに実家では食べたことのない食事が出された。零細貴族出身であっても貴族は貴族なので貴族グレードを強要される生活。庶民出身者と差別化をさせるために上から圧力がかかっていた。
結局メヌールは早々に田舎へ転属願いを出して領都から離れているのだが、その時の習慣で来てもらうのではなく出向いて出張料を出してもらったり、行事に参加して営業したり、写本アルバイトをして急な出費に備えている。ちょっと感想に困る話だが貧乏貴族と庶民出身司祭も大体こんな感じだという。庶民出身者は師匠にあたる教会関係者に賄賂を積まねば教会魔法のレパートリーが増えないのだ。
「物凄く濃い話を聞いた気がします。メヌールじいさんも賄賂積んで魔法を?」
「いや、末席でも貴族派閥に入れられておったのでそれはなかった。庶民は人脈がないでしょうという嫌がらせじゃな。そういう使い方に便利なので無駄に焼き付けられておる」
貴族の司祭は教会から支度金を出して招くものだが、庶民はかなりの数が誘拐やら人身売買で確保されている。理由あっての確保だが、中の人たちからするといじめの理由にもってこいだ。出自がまともであれば金なんか積まなくともみんな可愛がられるのだよとこれみよがしに貧乏貴族に焼き付けをしてあげる。人間関係や生活習慣は辛いがこのパフォーマンスのおかげで貧乏貴族出身者は早くに田舎へ逃げられる。
「超理不尽閉鎖空間なのと金持ち貴族以外は貧乏暇なし司祭だらけなのは理解しました。今後の趣味もなんですけど、長期間本村教会をあけて大丈夫なんですか?」
「ああ、息子がおる。大丈夫じゃろ」
は? 田舎司祭に息子? スプーンを落としてメヌールを二度見する。アデン教会は婚姻可能なんですか? メヌールに奥さんいるんですか? 疑問は声にでないが察してくれたようだ。
「ん? 養子じゃよ。血筋でいうと私の一番上の兄のひ孫にあたる。私の後釜として引き抜いたのじゃ」
メヌールによると年々魔法使いは増えている。彼が教会入りした当時は家系的に魔法使いでもなければなかなか生まれなかったものが、最近は全く縁がなかった所も一族を集めれば一人くらいいるかもしれないレベルだという。一族の規模はわからないが把握できる貴族家ですらそうなので、庶民レベルだと爆発的だ。教会は癒しも含めて魔法技術をコントロールしているので、国に忠誠を誓った魔法使い以外は放っておけない。結果、教会の司祭見習いの数が多くなった。メヌールの一族にもとうとう第二の魔法使いが現れたので煩わしい大教会から離して後継教育をしているという。
「びっくりしましたよ。魔法使いの数は少ないと聞いていたのですがそうでもないのですね」
「基本在野の魔法使いは駆逐されるからのう……」
更に驚いたがあまりにも増えた魔法使いに魔法利権や機能を崩されないために暗殺なんかもあるという。
「黒い、黒いよ教会……真っ黒だ」
「この増え方だとその内これでは間に合わなくなるがな。教会の仕事から切り離して別団体でも作れば良いのじゃが利権というものは人を魔獣にするのじゃよ」
そういえば私の持つ権利が一つ思い当たる。
「メヌールじいさん、私がした鈍感ちゃんのお値段は?」
「何を言っておる。君は私の魔法の師匠じゃ。師匠は弟子の衣食住と魔法技術を持つもんじゃよ」
無償で二つ以上の魔法を焼き付けると社会的に見て師弟関係になるようです。覚えさせたんだから最後まで面倒みろと。聞いてなかったが常識としてメヌールはそうなっていると思っていた。アイテム鑑定を焼き付けた時から彼の面倒を見る義務があったとは……。メヌールの人生もそうだが私も大概行き当たりばったりで酷い人生を歩み始めた気がしている。