8日目 ガルド領昔話
村の食生活がかなり厳しいと知りビビっている私とメヌールは、現状知らずに仕事引き受けますは不味かったという話をしつつ家に帰った。明日はパニックになるだろうから今の内に採集を始めるかなんて言っていたらベッチーノと村長が訪ねてくる。流石ベッチーノ、泣けるくらいに仕事が早い。
「お二人に色々頼むのは申し訳ないのですが、この状況だと冬を越せない村人がかなり出そうです」
村長は企みやらなんやらは関係なく真に困っていたようだ。農村で冬を越せない者というのは珍しくないようで、そうならないように備蓄や生産を一年中管理するのが長の仕事である。
冬前である今の季節は特に忙しく、収穫や徴税準備の合間にガンガン作っては配るを繰り返せねばならなかったらしい。しかしながらほとんどの材料が村の外にある。森に放し飼いしている豚をとりに行けないと保存食だけでなく火付け油もない。薪を増やさねば暖をとるどころか調理もできない。サイロのようなものに野草を今いれなければモフ馬含む家畜も死滅する。
「予定をとうに超している物を中心に消化していきましょうか。勿論日々の肉や魚も同時進行です」
まずは明日から家畜の餌と薪の備蓄を足して、煮炊きの場で魚を配給することを約束して帰ってもらうことにした。
「あ、ベッチーノさんは残ってください。ちょっと聞きたいことが色々あります」
「ご質問なら私が承りますよ?」
「いえ、本村の食生活なんかを聞きたいのです」
「何故本村の?」
村長は一人で帰ってくれない! 角がたたない言い方を考えているとメヌールから助け船が入る。
「実はの……本村の教会にいた時にも村からの布施で食事を差し入れてもらっていたのじゃが、ホラ村とだいぶ中身が違うようなのじゃ。不満があるのではないぞ? 隣村と言っても採れる物に違いもあろう。私がいうと角がたつのでハラーコが引き留めてくれたのじゃが……」
「ああ、メヌール司祭にお出ししていたのは教義に合わない貴族様のお食事でしたね。何故黙ってそんなことをしていたのかなどでしょう」
メヌールが言葉を濁しながらベッチーノを見ると直ぐに彼は受けとり繋げてくれた。ナイスアシストである。
「それでは我々はかなりの無礼を働いたのでは? 私もお聞きしたいです」
しかし村長、うまく食いつく。村長からベッチーノを引き離して話し合うのは今後難しいのではないだろうか。
「難しい話ではないのです。メヌール司祭に来ていただく前にいた方のご希望をそのまま継続していたにすぎません。司祭様が代わった途端に元に戻すのもおかしいでしょう? 新しい方が来る度に貧相になるのはもめ事の原因になると思いました。あとはホラ村の他にも五村が特産品を持ち寄る場でもあるので食べるものに違いが出ます」
今回の引き留めは失敗と見たのか軽く説明してくれた。しかし特産品とは気になる。
「最も珍しいのはアイマ村の蜂蜜でしょうか? 我々は基本的に口にできない物で貴族の方がお食べになります。前任の司祭様は蜂蜜のかかっていないパンが食べられない方でしたのでお出ししていましたが、教義を考えますと飽食に値するかもしれませんね」
なんというか酷い司祭様だな。メヌールも頭を抱えている。
「まぁ、このように新しい方がいらっしゃる度に、食べられるものに入れ換えてあのような形になりました。
メヌール司祭はハママがシチューに入ると苦手なようでしたのでお出しするときは煮たり茹でたりせず焼いた物に限るという変更があります」
メヌール、お前もか。しかしベッチーノは細かすぎるだろう。本人が申請していない好みに合わせていたとは恐ろしい。
「ガルド領にある数々の本村村長に伝えられている話があります。かつてエヴィーリング様の末裔を名乗る貴族の係累の方がいらっしゃいました」
エヴィーリングは風の女神様の名前である。かつてアデン大陸も戦国時代であったようで、貴族の箔付けとして風の魔法が得意な一族が総領息子にエヴィーリングの名を付けていた。教会が力をつけるまで不敬だとか女の名前だとか気にせず多数存在していたらしい。後々、ヒューマン以外の人種と仲良くしようとなったりで宗教観が変わった。獣人の神の名を愚弄しないようにシフトはしたが、総領息子のエヴィーリングさんはなかなかの戦果を上げたので神様としてではなく、武将エヴィーリングとして名を残している。ベッチーノが言うエヴィーリング様とはこの武将だ。
司祭として村に派遣された自称エヴィーリングの末裔は頭の悪い坊っちゃんだった。教会に入った時点で貴族籍は外されるのだが、派遣された領地より中央で発言力がある実家が偉いのだと勘違いし、領主に相談もなしに村人に賦役で教会を改築させたりやりたい放題。絵にかいたような悪役だったらしい。
しかし北の要、ガルド領。地方領主の権力を領地もない官僚貴族と比べるのが間違っている。当時から北の軍閥をまとめる領主だったらしく、お坊っちゃんのせいで今年の軍備が不足するなど難癖付けてご実家が潰れそうなくらい毟り取った。武将エヴィーリングの名を貶めるお坊っちゃんは後ろ楯をなくしたことになる。
そしてお坊っちゃんは新たな暴走を始めた。村人が領主に告げ口したせいだとか、嵌められたのだと言って次々に村人を殺害。ただし彼にすりよる者は生き残れた。
数々の村を束ねる本村といわれる村は創設される度にこの話を聞かされる。それを代々伝えていく。証拠や村人の訴えが集まる村長は村人に恨まれても最後まで生き抜き領主にそれを提出する義務がある。だから決して疑われぬように。そんな話であった。
「なるほど、そりゃ慎重にもなりますね」
というかそうしろという領主命令だろう。
「教会にも似た話はある。地方領地で調子に乗ると身を滅ぼすぞという結びじゃ」
メヌールはガルド領の領都にある教会の出だと言っている。歴代ガルド領主の教会へ対する圧力を感じる話だ。
「なんといいますか……どうすれば良いのでしょうか……」
一人聞かなくてもいい話を聞いて表情を無くした人がいる。メヌールは教会から逃亡を決めた時点でもう司祭じゃないからハラーコに作らせると宣い慰めていた。何でそうなるんだと思ったが、萎縮する村長をこれ以上追い詰めても良くないので渋々頷くことになる。