7日目 おかえり
またゾンビがでたわけだが、今度は熊である。アデン大陸固有の魔獣の熊で体長は成人女性一人分。多くの熊がそうであるように爪と牙が武器で立ち上がることが可能。使う魔法は身体強化で攻撃力も防御力も格段に上がる。つい先日、職安で聞いた魔獣であった。
「場所は山脈ですか? それとも……」
「新道だ。かなり村に近い」
村長と仮名リーダーが場所の話をしはじめる。周りの村人も不安気だが一通りの情報を聞くまで黙って様子を見るようだ。
後ろでカイトがモフ馬から馬車を外し、駐留軍が別のモフ馬に繋ぎ直す。アレはきっとゾンビが乗せられている。ゾンビが出たら直ぐに焼くはずなのだから。
あの馬車は軍が持ち帰り、管理をするか解体でもするのかもしれない。アレを分析できたら……。もしかしたら原因がわかるかもしれないし、ゾンビの謎や癒しとの関係性がわかるかもしれない。
アレには事の顛末が全てつまっている。
「ゾンビ痕は……?」
「始発点は墓地に近い。墓地を挟んで前のゾンビが発見されたのと真反対だ。距離はそれよりも墓地よりになる」
人垣から去っていく馬車を見つめながら村長達の話だけ聞いておく。今度のゾンビは前回比で倍は歩いたようだ。獣だから歩けたのか欠損が少ないから歩けたのか。
「出たゾンビはアデンベア一頭だが、それより細いゾンビ痕も発見した。辿っていったが川で途切れている。一応対岸も見てきたがそれらしいものがないので川に流されたと結論づけた。それと合わせればもうこれで三件のゾンビが出たことになる。直ぐにでも領主様への嘆願書を書いてくれ。それと火葬の段取りを頼む」
話が終わったとリーダーは軍人達を連れて宿舎に帰っていき、村長は村人を集めて焼き場を相談し始めた。誰もが自分の家の近所は嫌だといいなかなか収集がつかず、そのまま何人かの男性を連れてやはり村長宅へと流れていった。残ったのはカイトとモフ馬、そして私とメヌールだけ。心底疲れている風のカイトは私と話すためにかこちらを向いて、声をかけられるのを待っている。
「おかえり、カイトさん」
「ただいま。色々伝えたいんだけど、それよりどうしてメヌール司祭様が?」
「それは歩きながら話すかの。とりあえずハラーコの家に行こう。モフ馬用の小屋も空き家であったじゃろ」
私の家でもないのだが。メヌールが小声でほぼ全てを説明しながら家路についた。村長に疑惑がついたのでカイトを内部の監視者として招き入れるつもりだと察する。
メヌールは洗脳してでも村人全員を転居させると決めているが実際のところどうなのだろう? その土地で朽ちていく気でいる人はいないのか? 誰も望んでいないエゴではないのか? 持ち帰ったゾンビはどうにかして検分できないのか? 三体目のゾンビって何なのだろうか? 村長の思惑はどこにあるのか?
頭の中で疑問だけが降り積もる。
「ハラーコ、もう着いたぞ。何を難しい顔をしておる」
「幾つも課題がありまして」
「一つずつ話そうではないか。君は結論を急ぎすぎる」
カイトと悩む私をメヌールは家の中に押し込んだ。勝手知ったる他人の家なのでさくさくテーブルにつかされ、お茶も用意される。そして当然のように話の続きをし始めた。
メヌールの話はほぼ終わりかけであり、村長の監視を願うところからである。大体の事情を知ったカイトは疲労に合わせて苦悩の表情が出ていた。この一週間で人生の苦難凝縮状態であろう彼には心底同情する。
「村長が何を考えているかは俺にもよくわかりません。俺自身がどれにも明確な答えがだせないから誰を支持するしないも決めかねます。できれば平穏に村が維持できればと思いますがそれも無理ですよね?」
カイトの立場は村人だ。それも農家の三男で発言権というものもない。村長に従わないのは平穏からは遠退くだろう。
ただ若い彼はここで素直に教会に殺されるのも納得できない。目の前の私が殺されるのも飲み込みがたいだろう。
簡単に方向性を決めれないのは当たり前なのだ。
「別に完璧に私たちに合わせろとは言わん。可能性としてハラーコが生きている限り多くが生き延びる手が増えるという所だけわかってくれればいいのじゃ」
「そうですね。ハラーコの命はまず守らないと……」
あ、これは鈍感ちゃんをかけている。メヌールの説得は曖昧であるが急にカイトは私の安全だけ請け負った。魔法を使っているのメヌールはわかりやすく拳に力をこめてカイトを視線で射抜いている。
気持ち悪い。
看板に出来る思いやりも何もなく、カイトの意思をねじ曲げた。既に一度、私が、彼に、しているのに。気持ち悪い。
「ハラーコ、一番はじめに何を目標に掲げたか覚えているかね? それ以上は既に君のエゴじゃ。動き出した今は中途半端なモノを出すか、嫌々ながらも受け入れられるモノを出すかは君次第になる。放り出して逃げるのもありじゃろう」
はじめの目標はメヌールとの脱出だったと思う。清めなんて受け入れられないからこうなった。これだけの一大事で中途半端なことができないのはわかっている。
「大丈夫です。飲み込みます」
「わかった。ではカイトの話を聞こうかの。ハラーコに伝えたいことがあったのじゃろ?」
魔力を使ったメヌール、帰ってきたばかりのカイト、何かが足りない私。三人が三人とも疲れた顔をしながら漸く二体目、三体目のゾンビの話が始まった。