1日目 図太い神経もチートかもしれない
色々思い出そうとした。いきなり名前で躓いた。
歳を思い出そうとした。やっぱり躓いた。
記憶で年齢を目算しようとした。幼稚園の記憶、小学校の記憶、中学校高校大学社会人全てあるがありすぎた。
記憶力がいいと言うレベルではない。
お受験校から女子校公立国立なんでもござれの学歴に、銀行、商社、小売りに医者、弁護士、公務員に各種学校の先生、レジうちパートも弁当屋パートも、なんと言うか職種を浮かべればどれも記憶にあるのだ。
親が凄まじい転勤族としても有り得ない。ついでに親が転勤族も地元民も浮かべれば思い出す。優しい両親も厳しい両親も、見目がいい、悪い、頭がいい、悪い、収入のいい、悪い思いつく限りの違う両親が浮かんでくる。
兄弟祖父母親戚友人、あらゆるパターンの記憶がそうだ。多重人格というか多重記憶は数多過ぎてどれが私のものなのかそれとも私の記憶なんてないのか。
絶望しても如何にもしようがない。神は私を万能にしたいのかしたくないのか、それとも万能記憶チートですとでもいうのか、思い付いたパターンの記憶は全て思い出せる。
あまりにもパターンがありすぎるので初期設定だけつけて記憶を思い出せばまるでドラマか映画かという記憶が色々な苦難やら結末を見せてくれる。ついでに自分の記憶としてあるため、感情移入もなおさら高い。本人だと認識しているので移入所か回想感傷に酔うだけかもしれないが。
そんな回想暇潰しをしつつ、私は山を降りていた。
人里目指して下山しながら暇潰し記憶ドラマから良さげな設定でファーストコンタクトをとり、設定された「100日以内」にまた旅立たなければならないと思うのだ。ようは暇であり忙しい。
100日後留まれないとはどういうことだかはっきりはしない。死んでしまうのか強制転移かリスタートなのか。とりあえずわからないなりに破る怖さから常に移動は必須ともいえる。
移動するには旅支度がいる。旅支度をするには意見を聞いたり常識を聞いたり、買い物したり、とにかく会話がいる。
会話できるのかという疑問だがここまでチート使い放題なのだ。試しに木の声翻訳魔法なんてイメージしてみたら木と会話ができた。この調子で人形生物と会話ができないとは思いたくはない。
とにかく個人情報全秘匿の旅人はあやしいので、女一人旅に出ているそれらしい理由を持ちそうな記憶を探る。世界は違えども目を潤ませる状況や好きなもの嫌いなものが事情から察せる何かであれば違和感は少ないはずだ。
幾つか候補を絞りながら私は山を降りていた。
この大地で目覚めた時は真上にあった太陽が夕陽に変わりはじめた頃、魔法でだしたマップの隅にとうとう人里が表示された。ひたすら木しか表示されて居なかったので水場か人里がわかるように縮尺は長めにしている。大体此処から10キロ、民家数件の小さな小さな村である。
家を見つけた所で今夜はこの場で夜営及びファーストコンタクトの検討をしようと決めた。
便利魔法「こっちこい」で薪になる小枝二抱え呼び込み、火魔法「ちゃっかりまん」で一山適当に分けた小枝に点火する。便利過ぎる。
続いてお湯でも沸かそうかと思ったが鍋がない。というか荷物無しで夜営とか厳しすぎるしあやしすぎる。
そうだ、鍋を作ろう、寝袋を作ろう、それを入れるリュックを作ろう。火付けが簡単過ぎたせいかもう今夜はチートさんに頼りまくることにした。馴染んだのか諦めたのかは今考えることではない。……目覚めてから思考放棄し過ぎている気もするが仕方がないのだ。何もないし何もわからないのだから。
鍋は「こっちこい」で近辺の砂鉄を呼んで、「炎」を出して風魔法「酸素ホイホイホイル」で包んでホイルの上から「肉体強化」した拳で殴って作り出した。色々おかしいが叩かずプレスせず結合と形成を行う鉄製品が思い付かなかったのだ。金槌自体叩いて作るイメージなので道具の作成から頓挫し、力業でいくしかないと魔法を考えて、もう直接殴る方法になり、こんな形になった。
木の器は倒木から魔法削りの後、圧縮乾燥で。寝袋は近場の獣から毛皮だけ「こっちこい」して洗浄形成で。鍋の中身はその毛皮の中身である。数時間前が懐かしい。私に天敵はいなさそうである。
ついでに記憶の中に鍛冶職人も木工職人も猟師も料理人も見つかった。なんでもありすぎる。
山の獣と採取場所不明「こっちこい」塩と山菜のごった煮鍋がおわり、思いつく旅道具作成をしていたらレーダーに反応が表れた。なんだなんだと確認すれば人里から男が五人こちらに向かってくるではないか。服装は簡素なティーシャツに皮で出来た胸当てや肘膝サポーター、皮ブーツに各々武器と松明を持っている。長剣を先頭に斧、弓、弓、棒である。
さて、目的地から来た五人、何で来たのか知らないがこの機会に接触すべきか否か。
あきらかに私は怪しい。顔付きというか人種が違う、服が違う、靴が違う、作った旅道具も彼等の常識から近いか遠いか謎である。
しかしながら魔法で人種的に整形したら持ち物が可笑しいし、常識の足りなさからして最初から外国人であるほうがいい、何より整形魔法がバレたらヤバい。
外国人の女旅人、一人山の中……あやしさはどうしたところでゼロにはならない。もうあやしさを感じないで貰う方法がない、と思った所で気付く。
そうだ、あやしさを感じないという魔法を掛ければ良いではないか。
近づいてくる彼等にドキドキしながら、魔法バレした場合の撤退方法を検討する。あれだ、スタート地点に転移、と、同時に転移先撹乱だ。もしそれでも追ってきたらランダム方向に100キロジャンプだ。
「サバラ、リオ、ネンカ」
とうとう彼等がやってきてしまった。あわてて翻訳をかけ、立ち上がり、彼等と対峙することとなった。
「もう一度言う、何者だ」
こうして第一異世界人と私はファーストコンタクトをとることになったのだった。