5日目 一歩進んで二歩下がる
第二回の裁定も村長宅で始まった。今回の面子は最北村・ホラ村の両村長、メヌール司祭、私、駐留しているアデン北軍のジル副部隊長となっている。ジル副部隊長は今回初の顔合わせで、軍を動かしたことで事件の確認に来ていた。私の存在は若干浮いているが現場赴いた者でベッチーノと私くらいしか動けなかったのと、発覚からの推移で一番長く見ているから……ということになっている。多分ベッチーノは私が真犯人説を持っているので目を離したくないというのも含まれている。
全員の挨拶と着席が終わり、お茶を配られることで現場の報告から入っていく。
一点目、ゾンビの移動痕がはっきり残っており、ホラ村の墓地、ピンポイントでマリーのじいさんの墓が始点であること。
二点目、墓地でゾンビが掘ったと見られる墓の掘り返しがあったこと。
三点目、掘られた遺体には接触のあとはなく、マリーのじいさんだけ遺体がないこと。
全員の顔色を見るに、マリーのじいさんがゾンビだと確信している。そして、二点目で誰もが不思議な顔をした。それはメヌールもである。
メヌールはゾンビ痕の存在自体を知らなかったようではあるが、一連の流れで他と同じ結論に行き着いて情けないというのか、絶望したというのか、昨日のように吠えるのではなく苦悶の顔を見せていた。
そして二点目三点目の話である。
「その穴を掘るというのは何なのだ? ゾンビは増えるというのか?」
「最北村でもわかりません。ゾンビ痕にしても子どもの寝物語に一部残っていた程度です」
「教会がゾンビについて知ることも少ない。領都の教会で学んでいるが、ダークエルフが儀式でゾンビを作ることと防ぐために癒しがいるとしか聞いていない。領都や王都から司祭を呼んでもきっと私と認識は変わらぬぞ」
確認のためにメヌールに詳しく聞く。
領都にある教会ではゾンビはダークエルフが作ると教えていた。ダークエルフの儀式では呪いの薬を口に注ぎ、魂と肉体を剥離させる。剥離した魂は壺に封じられて降臨の贄にされ、肉体は闇の魔術によりアラムウェリオの作った大地を汚す兵にされてしまう。よって教会は葬儀で口に詰め物をして縫い合わせることと、癒しをかけることが仕事になる。意外とえげつない。
「癒しがいまいちわかりません。それは魔法が利かなくなるような耐性をつけるのですか? 結界を作り浸入させないものなのでしょうか?」
折角なので無知代表の私が聞いてみる。何が原因で癒しが破られたのかは癒しのメカニズムがわからないことにははじまらない。
「それは教会の秘技だ。修行とイメージで魔法が使えるものがでるのは知っておろう? 君は魔法が使える。イメージを知ることでアデン教会を騙れるようになる。そのような者が出れば騙りは増えて教会の権威は堕ち、まともな癒しを受けれぬ世になろう」
思っていたよりメヌールの根は真面目だった。癒しは管理しなければ隅々までケアできない。今まで田舎でもゾンビが実在しないかもしれないと思われていたのはちゃんと管理されていたからだ。
「メヌール司祭様、ハラーコ様に癒しを教えられないのは構いません。しかしながら、癒しは破られているのです。今回の原因について司祭様の中だけでも検討つかれているのでしょうか?」
表向きはメヌールの職務内か外かという裁定の進行役としての発言だが、ベッチーノからは再発しない確約が欲しいという本音が駄々漏れである。しかしこの流れだと、メヌールは明言を避けるだろうし真相は闇の中だ。どうにか議論をゾンビ発生源の特定にしなければ近辺に限らず何れはあちこちで起きてしまう。
悩むところでずっと黙っていたジル副部隊長が声を発した。
「少し話を変えてもよろしいでしょうか?
今回軍の人間を使いましたので事後報告で北軍本部に指示書の発令を願い出ています。ご存じの通り北軍の総司令はガルド領主様ですので、領主様のお耳に入ることでしょう。
直ぐには無理でしょうが数日後には軍や領の記録を洗い、この度の発生源について目星を持った人員が増えるはずです。現時点では教会の秘匿情報は開示許可がありませんが、領と教会の話か、国と教会の話になり、あらゆる情報がどう扱われるかがわかりません。
今できることは警備の強化と各々相応しい役職への報告ではないでしょうか」
ジル副部隊長の話は最初から今日は報告しかさせない方向だったということになる。見事にみんな踊らされたわけだが、村長達は安全と原因特定ができればよく、メヌールはもっと偉い人に回せばいい。領主が出てくることでみんな心労から開放されるとわかり少し息を吐いた。
だがしかし、私は何も良いところがない。むしろ悪い。いつ動くのかわからないということは、裁定も持ち越しになり、私の滞在がどこまで延びるか謎なのだ。このまま滞在予定日数不明で冬がくれば、北国の道、当然100日以上閉じ込められる。私は100日以上一つの村にはいられない、いてはいけない。下手をしたら生命の危機である。これ以上付き合えないのだ。
「あの、私は旅をしているのですが軽装でして、道が悪くなる前に暖かいところに移動しなければなりません。裁定が終わるまでの滞在予定でしたが季節が変わるまでに終わらないのであれば辞退したいと思います」
このままでは賠償金持ち逃げ状態なので返金すると付け加えると、もうそんなことはできないと突っぱねられた。軍も領主も動いたので裁定はそれらの公式記録に載ることになり、返金すると領主の沽券に関わるそうな。なので村のお金がないなら領主が立て替える。勝ち負け関わらず受けとれというわけだ。
そしてお金の件は問題ないとしても私はそれ以上に動いてはならない理由があるらしい。
「あなたにはダークエルフの疑いがかかっています」
ジル副部隊長により私の軟禁が宣言された。