30日目 なるほどわからん
宇宙服を全身脱皮した地底人は肉眼では見えない魔法生物である。なんとなくその人影がヒューマン染みてはいるが受肉という行為をするらしい第一世代とも違う。
「バージョンが三まで上がって一.五まで落ちたのは第二世代の使え無さのせいだよ。二と三はもう地底人として動かしていない」
一二三と進化した先ではなく第一世代から新しく派生したまた別世代といいたいらしい。それより第一世代の進化系でNPCが入っていないとなれば。
「あなたが世界の意思?」
空気が揺れて地底人がリアクションをとったのはわかるがどういうものかはわからない。
「世界の意思の定義によるかな。少なくとも俺は第一人者ではない。ただ、さっきのSF的な話に戻すと世界の意思の関係者でAIじゃない上位世界の住人になる。家族だとか雇い主だとかそんな関係者でもないのだけれども。バージョン一.五の仕様は意思の受肉じゃなくて、外部世界の知識コピーなんだ。ハラーコさんと同じく地球の人間の記憶コピー。他の妖精が現地人のコピー記憶を持つみたいに地底人は地球の記憶が根幹にある」
「雇われNPCみたいな?」
「問答無用で雇われるけどね。俺らこそ世界の奴隷に近い。また夢を壊す話をすると、公で取引されている人格保存システムから買ったらしい。死後に脳情報をコピーしてデータバンクに保存するわけだ。死んだ記憶はないけどSF的な転生をしている。第三地底人がやらかした分チート機能は制限したこんな身体でね」
地底人の発言を真に受けると、地底人の人格は私と比べてかなりSFより出身になる。それは私の知る地球ではないが、人格をコピー保存なんて話は物語としては珍しくない。
彼がいう地底人のスペックは第三世代までヒューマンとダークエルフの強化版だったようだ。全属性を操る魔力溢れた物質。しかし万能型で世界の調停者にコピーなしで自然発生させた人格は傲慢な世界の飼い主になって運営サイドの癖に世界の意思の運営方針を崩してかかる。
「大陸の外で天使みたいなのと悪魔みたいなのがいたんだけど、現地出身の第三世代は駆逐しちゃってね。最初から地底人には中身がいるなとなったんだ。移動用の土属性だけ持たせてね」
地底人は椅子と思われる席につくと途端に肉眼で見える肉体を纏う。何がどうしたのかわからないが長めの足を組んで私たちにも席をすすめた。
「これは土だよ。土を纏ってすり抜けない状態を作らないと食べ物すら接種できない。酸素的な気体がないと息できないっていったけど、正確には呼吸じゃなくて地上の空気に溶けてしまう魔力の体を凝固させる気体だ」
額面通り受けとると宇宙服なしに地上にでると溶けてしまうらしい。すごく不便な身体である。
地底人の纏う土は人の形をしているがアデン人に近い。精霊や妖精なんて言葉にちかしいのは私たちのような玉ではなくて地底人じゃなかろうか。
「大前提はここまでなんだけど、妖精について進む? それとも質疑応答を入れた方が良い?」
そんな人生で問題ないのかとか結局世界はどうなるのだとか頭には浮かぶが今聞いたところでどうしようもない。最初に仲間に引き込みたいと言われたのだから説明を受けなければ先へは話が進まないのだ。首を横にふりチラリとメヌールを見るがくそ真面目に眉間にシワを寄せている。地底人はじゃあ次は妖精についてだとまた話を始めた。
簡単にいうと妖精は第二第三世代の地底人ボディーの使い回しらしい。コンピューター的な管理から外すために地底人に人格を入れているが、ヒューマンエラーがでるので火消しとデバッカーを分業させた。火消しを世界の調停者として地底人に、デバックを妖精に。バージョン一.五地底人が上に立ち、強権を振るわないためにこの世の理をインプットされた第二第三世代の妖精を部下にする。そんな計画だったそうだ。ただ第二第三世代のやらかしが酷かったのもあり、妖精の人格はこの世の死者から流用している。
「数百年前のアデン大陸大戦。あれはこの地域でいう世界大戦だったんだけどあれから何度もやり直しているが世界の意思の思うように世の中が進まない。……言っている意味わかるよね? 何度もやり直している。セーブアンドロードの繰り返しをしているんだ。俺はもう万年単位でこの時代の修正をしている」
土でできた瞳がこちらを射ぬく。背筋がぞくっとした。ファンタジーがSFになって、ホラー入りのループのジャンルがつく。理解したくないけれども地底人の言葉のチョイスは停止せずにぬるりと理解させてしまった。
「……設定詰め込みすぎじゃないですか?」
「それが世界の意思だから。この世は丸い惑星でもないし歯車の形をしている。出っ張った部分ごとにファンタジー世界を作って、各々が基準に達したら時間を凍結して他の成長を待つ。出来上がったら歯車の溝を埋めて平行世界が行き来できるライトノベルな展開をご所望なんだ。オリジナリティーだなんて聞いて呆れる理由のためにこの世も俺も存在している」
全て理解したわけではないけれども言葉の吐き捨て方に不満を感じた。私はちょっと感想の類いは空っぽにして口を挟まないことにした。代わりにメヌールがここに来て初めて口を開く。
「神の事情はヒューマンである私には理解できぬ話だが、ハラーコは地底人の部下としてでばっくとやらをせねばならんということですかな?」
大規模な話が続いて忘れていたが私の立ち位置が一番の肝だった。そういえばそうでしたねと視線をまた地底人に戻すと少しばつが悪そうに苦笑いされる。
「種族分担的にはそうなるんだけど違うんだ。原因は度重なるリセットで起きたバグなんだけど、ハラーコさん、君他の妖精と違うでしょ?」
まぁ、日本人の記憶があるしなぁと頷くと違う違うと手をふられた。他に何が違うんだろう。というか世界のバグ扱いは居たたまれない。
「本人に自覚はないかもだけど、その肉体は第一世代オリジナル。凍結してるアバターで、ゲーム的にいうとGM用の無制限ボディーだ。多分バグでそこに入り込んでるんだけども世界の意思が大地に降り立たない今、この世の最高権限を無意識に奪っている。魔法だとか物理だとか計算してコードを発っせばできないことがないくらいだ。今まで地球の記憶で打ち込んでたみたいだけど破綻しない程度にプログラムしたら人智なんて遥かに越える現象が起こせる」
それは神なのかチートなのか。ハイスペック過ぎる肉体に自分でドン引きだ。ついでに世界の意思とやらにとって致命的なバグではなかろうか。
「待ってほしい。ハラーコが己の意思に関わらず不相応な力を持っているのはわかった。ではその力を用いて、彼女は故郷に帰れるのか? それが無理だとして世界の意思に消されないのか?」
私がどんびいていた横でメヌールが懇願に近い質問をした。自分のことじゃないのになと本人である私が一番必死さが足りない。話の流れからしてきっと帰るところなどないはずだ。地底人のように私の記憶はデータに過ぎないのだろうと予想がつく。地底人とメヌールはシリアスに会話をするが私はもう意思決定権のない話だなと呆然と流す形になっている。帰りたかったのだろうか? どこに?
「彼女の記憶は世界の意思の購入履歴にないんだよね。それに妖精の記憶と同じく千人単位の記憶集積がされている。故郷の定義が俺どころか世界の意思も彼女も定められないんだ」
「逃げ帰られないのならば消されるのですか?」
「世界の意思次第だよね。でも観測はしている。バグで手に入った課金アイテムみたいなもんだからなぁ。こっそり運営に使えとも言われないし、製造元に通報もしていない。メヌールさんにわかるようにいうとここは箱庭で、箱庭で遊ぶのが世界の意思で、箱庭製造元っていうのは……」
ますますゲームの世界のNPC、AIの気分になってくる。神様の世界運営といえばファンタジーの体でいけるのかな? バグらしい私にはもう色々と理解に疲れてしまった。
「ハラーコさん、君は世界の意思に指令は受けた?」
急にメヌールから私に対話相手が戻る。メヌールもこちらをみていた。
「どれが世界の意思とやらのコンタクトかはわかりませんよ。けど、この世で初めて目覚めたときに夢から覚めたみたいに頭に残る指示はありました。それっきりだし、他の出し方がなければあれかなと」
「間違いなくそれだね。具体的には?」
「旅をしろ。百日同じ場所にに滞在するな」
「それだけ?」
「それだけ」
地底人は高笑いをし始めた。ダメな人間の壊れ方のようで怖い。一頻り笑うと土でできた右手を差し出される。
「世界の意思は君に制限をかける気がないらしい。対価を出すから協力して」
一人納得されても。手を握るしかない空気に顔がひきつった。