30日目 ファンタジーとSF
地底人がいうように自転車で三十分ばかり走ると一昔前に流行ったようなボックスタイプの車があった。記憶を辿っても車名はわからないので地球じゃなかった車かもしれない。地底人ってファンタジークラッシャーだなとうろんな目をすると、行きすぎた科学は現地人にはファンタジーだよといわれる。心を読むなといいたい。
「見てわかると思うけど地底人の肉体は地上に向いていない。ハラーコさんにわかるようにいうと地底人的に酸素の役割をする気体がないから家も車もこの防御服も地底人的酸素を満たすための作りなんだ。因みに地底人的酸素はこの世の動植物に毒素ではないからメヌールさんも息できるよ」
どう見たって車だが地底人にとっては宇宙を移動するための宇宙船に等しいようだ。おっかなビックリのメヌールを車に詰め込む中、ダークエルフは車に繋がるコードを手早く纏めて運転席に滑り込む。地底人は私たちと一緒に後部座席に座った。
「車内がその地底人的酸素で満たされたら防御服も脱ぐよ。その前にハラーコさんにはこの世について大前提だけ説明するね。妖精がなんだとか君が何かとかは家でするから」
地底人が話始めると同時にダークエルフによって車は進み始める。ダークエルフがギアをドライブに入れる姿はなかなかにシュールであった。
地底人がこの世に誕生したのは今から数千年以上も前である。自然発生的に誕生した生物ではなくて世界の意思により作られた生き物であった。世界の意思って何だよと突っ込みたいがまだまてと日本人的なボディーランゲージで止められる。
世界の意思の感覚でいうと、世は文明の第一歩を歩み始めた黄河文明だとかインダス文明がとかいう集落から国へ移行する文明乱立の時期であった。地底人は最初は実在する世界の意思が入る肉体で、種族ではなく意思が受肉するための人形であり、人間が壊滅せずに導く現人神として君臨した。
時は流れて世界の意思が描く地上構成ができた後、世界の意思は地底人の肉体を棄てて過干渉を段階的に解除していく方針に転換する。
「その段階というのが世界の意思の直接干渉から部下へ回すって形になるのが第二地底人の誕生。部下が世界の意思傘下のシステムから他の人間と等しくまっさらな人間を産み出すように変わるのが第三地底人。第二地底人はコンピューターAIだとかNPC風の人格で第三地底人はこの世の人間のようになにも知らない赤ん坊で生まれたらしい」
何だろう。目の前の地底人は第三地底人でもないようだ。ゲームの世界とかそういう話なのか? 異世界が一気にコンピューター世界に変わる話である。
「行きすぎた科学はファンタジーだっていったろ? 理解すればSFで、できなきゃファンタジーなんだって。地球の神様だって予言者やら天使やらシステム運営をしてから手を引いていく。今回この世は地底人というアイコンで同じくよくあるシステムを使ったのさ」
私のファンタジー感からファンタジーがごっそり削られた。神話がファンタジーからSFにジャンル換えをし始める。
「丸で神話が実在したような話でパンパン頭が弾けそう」
「世界の意思を神としたらファンタジーだけど、これがまた意思をもった人や宇宙人が主ならSF。そんな話だよ。自分たちの上の創造者しか見なければファンタジーだし、創造者に社会生活があるなら上位世界の存在があるSFだ。理解し始めればSFよりになるだろうけど、ファンタジーとSFの境目は物語の読み手に知識がつくほど曖昧になる。考えるのをやめて受け入れたらファンタジー。理解するかしないか、ジャンルわけは後にしてほしいな。まだまだ基礎情報を暴露していい?」
今の私にとって世界の見方が変わる重大問題だが、知識があればあるほど生存に繋がるのは身をもって知っている。現代日本人の記憶群が幸不幸はわからないが生存本能だよねと受け入れ体勢を作り始めた。
第三地底人に地底人のプログラムが移行した後、トラブルが続いたそうだ。運営側の思惑が反映されにくいのだから仕方ない。しかし許容できるかできないかで世界の意思の反応は変わっていく。人種差別や奴隷制、戦争なんかは許容範囲だったが、特定種族の絶滅は範囲外だったのだ。
「世界の意思はハラーコさんが描くファンタジー世界をベースに作りたがっていたんだ。エルフもいればケモミミもいるそんな世界。けれども魔法や属性なんてある世界が地球と同じように全ての種族が生きれる世になると思う?」
それは難しいかもしれない。人種に違いがあっても個別の才能や性格で個性がでる地球と、生まれた時から属性適性が種族の決まりとしてある世界。越えられるかもしれないものではなく、世界の意思が個性を種族の特性にしたのでエルフが鍛冶屋になったりするとうまくいかないようにできているのかもしれない。ファンタジー世界のお約束を守ろうとしたら職能だけの話ではなくてありとあらゆる制限が種族毎にある可能性も見える。人ではなくて神が差別やら区別をしていると考えたら緩やかに世界が回るなんて夢物語かもしれない。
「地球じゃ一時的に白人が覇権をとったが有色人種に同等の能力を持つ者が一定数いたから対等にと抗えるわけだ。仮初めでも拮抗することでどの種族も生存権まで引き上げられる希望がある。けどこの世は人種の違いが激しすぎて同じ場で争えないし、分業化を人種でさせるには奴隷制の撤廃が進まない。ファンタジー人種の世界平和は無理があったんだよ」
ファンタジー世界の大前提は確かに地球のような歴史を進むには難しい。完成をどこにするかはわからないが。
例えば中世ヨーロッパ風の街並み。魔法をぶっぱなす世界で建築様式が発展しないように抑えるのは難しいだろう。
例えばエルフとダークエルフの長寿少子種族の仲違い。戦争されたら絶滅の危機にすぐ陥るので仲良くさせるか、戦争をとめなきゃ維持できないわけだ。
運営という視点で作り上げるとファンタジーのお約束は難易度が厳しすぎる。
「そんなわけでまた地底人のバージョンが変わるわけだ。言うなれば一.五。これが僕ら現行地底人」
目の前の地底人が宇宙服の頭を外した。そこにいるのは日本人でもなければヒューマンでもない。そこに何かがあるのはわかるがわかりやすい肉体はなかった。勝手に日本人がでてくると思っていたのに頭の中身は質量的にない。言うなれば魔法的な何かである。
「この世的に魔法生物、地球的にアストラル体。これが現行地底人だよ。で、本題に入る前に移動だ。家についたみたい」
車の窓から見える景色は洞窟からサイバー世界へと移行していた。