29日目 人種
部屋の前が神社になったなんて落ち着かないので人が来にくい例の潰れた地下室の側に移ることにした。これなら参拝できまいと警備より内側にいたらその警備と汲み取り作業中のはずのエルフがそわそわ見てくるので「邪魔するやつはあらゆる角に足の小指をぶつける呪いをかけてやる」と脅し、やっと静かになる。混ざらないために別室にいたはずのメヌールも「エルフ避けには一番じゃろ」と同室内作業に切り替えてくれた。二人でちまちま図面通りに魔力を編んで組み立てるのは慣れてきたのもあって自然と雑談が増える。
「しかしメヌールじいさんが一緒にいてくれるだけで覗き見も減りましたね。実行犯でなくともこの失礼に差別意識はエルフの罪でしょうよ」
ショッキングピンクに着色した歯車的なパーツを編んでいるとカナリアイエローの板状パーツに紫色の刺繍をしていたメヌールが目も合わせずにさもありなんと答える。
「実際問題エルフにとってヒューマンは同じ人間ではないからのう。言うなればローウィと犬は子を成せるがローウィとラッドのようなローウィ系獣人は子を成せないような事実を受け入れていない」
いきなりなんの話だと聞くと、ローウィ系の獣人はその昔、ヒューマンと子を成せば半獣人ができて、ローウィと子を成せば知性あるローウィが生まれるとまことしやかに思われていたそうだ。実際は毛むくじゃらの狼人間なローウィ系獣人は魔獣であるローウィと子どもが作れないことはわかっている。それでも姿が似ているので勝手に魔獣分類で人類じゃない扱いをして排斥された歴史があるらしい。
回りくどい話には更に解説が続く。なんとエルフとヒューマンの間には子どもができないんだとか。
「エルフはエルフとドワーフの間にだけ子を成せる。ドワーフはドワーフとエルフ、ヒューマンと。ヒューマンはヒューマン、ドワーフ、獣人と。獣人は獣人とヒューマンと。このことから今は一括りに人類と言っておるが、エルフにとっての人類は同族とドワーフのみじゃ。図を作ればエルフと獣人が両端にくるんじゃが、これがエルフ史上主義にも結び付いておる。自分たちが至高で獣人が最低だと」
人種が違っても子どもはできると勝手に思っていたが、種族が多いこの世界ではそうではないらしい。肌の色が違うなんていう些細な差ではなく尻尾があるだとか寿命が何倍も違うだとか差が激しいここの世界の住人は種族ごとの遺伝子そのものが違いすぎるようだ。全部含めて人類だというのは道徳的に正しくとも生物学的には暴論に等しくなる。
「建前上、全て人類だというが、ファルシーラアリア政府はあのエルフ史上主義を排斥できないのじゃよ。長寿で子ができにくいエルフは子が成せないヒューマンや獣人を人間として接して、婚姻して、子孫を残さないとなると絶滅する。恋愛感情などわくわけない動物であって欲しいのじゃ。だからこそ最初の話に戻る。ローウィ系獣人が魔獣ではないと認めないし、その獣人と子を成せるが自分たちと子を成せないヒューマンも人間ではない。そうでなければ自分たちの国も持てなくなるし、長い人生を孤独に破滅に向かう未来しかないのだから」
差別を受けているヒューマン側のメヌールは気の毒そうに宙を見た。宗教や選民意識がないとは言わないが、絶滅の危機なんて言われると種の保存という本能的な防衛が働くのだろう。災害の多いこの国のことだし、きっと想像するより追い詰められている。
「エルフは現在このファルシーラアリアにほぼ集中して住んでいる。様々ないさかいも地底人が調停してきたが、そんなエルフが絶滅しないためにも外交窓口は開けておくことと、一定の理解を求めることも要望した。それでも同じ人類にしてはならんのじゃ。危ういバランスで残る種族、それがエルフじゃよ」
憂いをこめて目を閉じた後、メヌールは作業に戻る。恐らくメヌールの中ではこの国は何れ消えてしまう運命しかないのだろう。
同族とドワーフとしか子孫を残せないエルフはヒューマンに理解されているだけの現状で大丈夫なのだろうか。
「メヌールじいさん、そういえば街ではエルフとドワーフの間の人っていましたか?」
「おらんかったぞ。というより子を成せることと家庭を築くことは別じゃからな。選民意識がうっすらでもあるエルフと喧嘩っ早い生活能力からっきしのドワーフは性質的に合わんじゃろ。仮にエルドワが産まれたとしても大陸で育てる。大陸には半獣人もヒュードワもおるからな」
エルドワとかヒュードワとか多分ハーフのことを言っているのだろうがじいさんの口からかわいい発音が出るとおかしい。多分翻訳魔法がおかしな仕事をしている。真面目な話なので笑いを堪えて追加で気になったことも聞いてみよう。
「そのエルドワはエルフとドワーフとしか子孫を作れないので?」
「いいや。ヒューマンまでと可能じゃ。見た目ドワーフの遺伝が薄くとも性質は受け継ぐのじゃろう。魔法回路も水と火両方持っている」
「ん? それってエルドワと半獣人では?」
「そんなレアケース出会えるとは思えんのう」
「実例なしと。でもこの組み合わせで子を成せたら、精霊神殿が求めていたものの半分はできそうですよね。寿命も平均、魔力も平均、けれども全ての属性回路がある。あれ、まんまヒューマンか」
部品が落ちる音がした。メヌールが落としたようで目を見開いて固まっている。
「ハラーコ、絶対に外でその話をするでないぞ。増えてきているとはいえヒューマンは人口の割に人類で一番魔法使いが少ない種族じゃ。魔力も寿命も平均であっても低い魔法使い率が平均になる。それが実現すればヒューマンの定義である闇以外全ての属性を持つ魔法使いが量産できる。人口の多いヒューマンの魔法使い率が飛躍的に上がるとなれば協定も条約も無視して覇権をとろうというものも出るじゃろう。それこそ地底人や妖精が圧倒的強くとも力押しでいけるとな。ダークエルフにも言ってはならぬぞ」
必死になったメヌールに肩をつかまれガクガク揺さぶられる。気持ち悪いが頑張って首を縦に振り続けた。
「人類皆が表面で仲良くするのは良い。けれども混血化が進みそれらがヒューマンのいるアデンなどに吸収され続ければ世のバランスが崩壊する。兵器として混血児を産み出すようになればまた大戦となる」
混血化が進む地球を思い出した。別に兵器にはならなかったけれども摩擦が増える原因ともそうではないとも言えなかった。平和な時間に自然と緩やかに進む。そんなハードな課題をこなさなければ彼らが巻き込まれながら小さな争いが起きずにはいられない。多分誰かが意図して作る強化ヒューマンはその課題を大きく無視する行為だろう。国や世界の受け入れ体制も足りなければモラルも低い。勢力争いに巻き込まれる人が出まくるであろう現状だと、多分メヌールが正しいのだろう。いつか見た目ヒューマンなのに猫耳の子とエルドワなんかが仲良く過ごせる日がくればいいが、まだ時代が追い付いていないと気持ち悪くなった目を閉じて口を抑えながらぼんやりと考えた。
デリケ-トな問題なので追加解説
時代が追いついていない→聖地の奪い合いの戦争までしかしていない。未発見大陸なんかとの意識のすり合わせまで進んでいないため大陸だけで平和平和というのも難しい。合わせて人権意識や革命などの市民の意識改革まで進んでいない。
自然発生的に混血が増えるのではなく兵器として増えることにメヌは恐怖を感じています。奪い合いや排斥などで手段が目的に成り代わることも見据えて。
国連組織のようなものもありません。地底人の圧力でバランス取ってる感じ。