4日目 旅の計画
清々しい朝だった。朝日も眩しく、空気も美味しく、何より満腹で毛布に包まれて眠ったのが良かったのだろう。昨日マリーさんにいただいた黒パンを朝食にいただき、今日は何をしようかと考える。この村にいる間は自分を追い詰めずにいようとマリーさんに見送られた時に決めた。誰かの救いである間は自分自身が病むのは良くないからだ。理由をつけた逃げなのかもしれないが、みんなが幸せであるにこしたことはない。異邦人である私はここで良くない種は極力蒔かないでいるべきだろう。
村が補償金を得たらすぐに出て行けるように準備はしておくべきだと思い、職安出張所にやってきた。村にある領営施設で地域外情報があるのはここしかない。先日、入村手続きをしてくれた女性と男性職員の二人が書類仕事をしていた。
「すみません、道情報ってここで聞けますか?」
顔をあげた女性職員が移動してきてくれる。
「道と言いますとどんな話でしょうか? 生憎、地図の販売は登録メンバーにしか許可されておりませんし……」
それはそうだろう。歩兵バンザイの軍構成の時代に国外持ち出しされる地図は危ない。買った方も何かの拍子にスパイ疑惑とか怖すぎる。
「いえ、地図はいらないので観光向けの街なんかがあれば教えていただきたいなと思いまして」
「街ですか? この辺は村ばかりですね……東のツガル港だと三日で着きますが東からいらっしゃったんですよね?」
「まさにツガル港からきた感じですね。西か南に行ければ助かります。
あと無理に街でなくても何か特殊な産業で華やかとか、不思議な地形が見れる村でも構いません」
できれば人が多くて詮索されない土地がいいが、最悪100日以内に移動出来ればどこでもいい。この土地にあった服なんかが買える所なんていうのも候補かもしれない。秋が終われば困るだろうから。聞いてみよう。
「冬服の買い出しでしたらマフュブは如何ですか? 街という場所ではありませんが畜産特区なので年中毛糸や毛皮が手に入りますよ」
「ああ! モフ馬の売買に村の人が行く所ですね」
「ご存知でしたか。本村から南下してアイマ村を経由になります。本村まで一日、アイマ村まで半日、そこからまた二日はかかりますね」
「モフ馬の売買も大変なんですね」
この村では生きたモフ馬自体は隣近所でこと足りることが多いそうで、殆どの場合年に一回刈り取った毛の余りを一台の馬車に押し付けるらしい。なので買いに行かねばならない不運な人がおまとめ係になるそうだ。かわいそうに。そんな人がでない場合はこれもまた本村から行く人に持たせるそう。かわいそうに。
「マフュブに行くとしたらアイマ村までは心配無さそうですね。アイマ村からマフュブまでに野営があるのですが水場とか休憩場所とかありますか?」
「あの……失礼ですがお一人で行くおつもりですか?」
「ん???」
怒られた。滅茶苦茶怒られた。後ろにいたお兄さんが仕事を止めて青ざめながらこちらを凝視するくらいの勢いだった。野宿を予定にいれるのなら二人以上で組むのは当たり前だそう。そういえば監視小屋のロンにも初対面から怒られてた。
「いいですか、絶対に二人以上です! 相手が男性なら三人組で移動してください!」
「ハイ、ワカリマシタ」
「お金があるなら本村の職安で護衛依頼をだして下さい。ないなら村人と何かで交渉して送って貰ってくださいよ。獣も、運が悪ければ魔獣も出るんですから」
「魔獣って危ないんですか?」
二度目の雷が落ちた。女性の謝罪ポーズ、片足立ちを強要された。反省しなければならない。
私が知っている魔獣はモフ馬の基であるモフトンだけだ。モフトンはおとなしくて草食性でふわふわだと聞いただけで見たことはないが確実に危険性を感じない。
「確かにモフトンは安全ですがそれでも魔法を使います」
衝撃の事実発覚だった。モフトンは肉食獣を目にすると自分自身に魔法をかけて時速80キロまで加速するらしい。逃げれなければダイレクトアタックを咬まして相討ちを狙うすごい奴なんだとか。
「まぁ、モフトンは絶滅危惧種で野生で見ることは無いでしょうが。マフュブにはモフトンの保護区があるので見学の申請を出せば見れると思いますよ」
「それは凄く見たいです。ちゃんと護衛雇います。だから申請方法教えて下さい!」
「申請の前に魔獣についてです。知らずに村の外に出るなんて許しませんよ」
お姉さんは青筋立てて笑顔だ。お兄さんは職安の建物自体からそっと逃げ出した。
「魔獣、または魔物は魔法が使える動物です。死後、心臓の部分から魔石が採取できることも特徴でしょう。
魔獣の使う魔法はモフトンみたいに自分を強化するタイプと直接攻撃に使ってくるタイプがいるので地域情報を調べて物理防御か魔法防御を意識した装備が必要になります。用意してないですよね?」
「私、魔法使えます。物理・魔法兼用の防御魔法を展開できます!」
「魔力の無駄遣いで死にますよ? 本村の職安でそれもレンタルしてください。レンタルするのは物理防御タイプです。アイマ蜂という巨大な蜂とアデンベアという熊が出ます。前者は針を後者は自身の体毛を強化する魔獣です」
大変有用な情報が沢山でた。魔獣についての知識もだが一番注目するのは防具のレンタル制度である。
常に使う行商人ならば買った方が早いし安い。しかしホラ村からマフュブに行くように年に数回使うかどうかとなると勿体ない。ものによって値段が違うのは当たり前だがマフュブ移動で村人が借りる防具の元値はホラ村家屋四半軒分にも相当する。それを職安登録で安くメンテナンスされたものを借りて行くわけだ。
「借りた防具はどこで返却するんですか? 片道旅なのですが」
「マフュブの職安で構いませんよ。借りた場所以外の返却ですと一部レンタル代返却はされませんが。
しかし本当に旅をなさるのですね。ガルド領は北国なので村の間が狭くなっています。別の領地に移動する予定があるのであれば野営も増えますから、レンタルではなく購入された方が良いかもしれませんよ」
一応借りれる防具を見せて貰う。村人標準防具は何かの革で出来ていて、腋の下で紐で編み上げて綴じるベストが本体のようである。金属が一部縫い込まれた肘あてや男性用の股間ガードやら、本体以外に別れているパーツも多い。アイマ蜂の針を想定してする胸の金属パットなんかもあった。
「なんていうかパーツが多いんですね」
「武器によって邪魔なものもありますし、季節や道に合わせて減らしたり増やしたりするものですから」
一着あれば良いものということも無さそうだ。
「アイマ村からマフュブの場合ですと、これとこれですね。慣れてない方だとこれ以上は重荷で逃げられません」
革ベストと白いマントを見せてくれる。
「アイマ蜂には破れる厚さですが身を捩れば刺さらず滑り、心臓直撃は避けられます。蜂は黒いものに向かう習性があるのでその頭は隠した方が護衛も守りやすいでしょう」
言われて見ると全員黒髪ではない中、これは危ないかも知れない。みんな外国人だなぁと、あんまり細かいことを気にしていなかったが、ヒューマンの中でも私は目立っていたらしい。
「色々とありがとうございました。数日して都合がついたらまたお願いに来ますね」
旅支度って意外と考えることが多そうだ。そして見事にモフトン保護区の見学方法について忘れて出てきてしまった。