26日目 アデン大教会
ディランの脳内情報からマルセイ教会と懇意なアデン大教会の窓口を検索した。すると見覚えがある。あのおっさんか!全国魔獣対策室の室長、別名お見合いおじさんが浮かんできた。
どんな繋がりかと辿るとマルセイ教会の司祭とお見合いおじさんは遠縁の親戚で、ひなびた漁村のマルセイ領へ研修を沢山出すかわりにマルセイ教会の資金を定期的に貰うという取引の窓口をしている。ディランのお見合いおじさん像は比較的善人であるが、アデン大教会がマルセイ領の奴隷売買に関わっているならおじさんも無関係ではなさそうだ。
そうとわかったらお見合いおじさんを探しにいこう。アデン大教会に転移する。
カーンカーンカーン……
前回同様侵入者向けの鐘が鳴り響いた。忘れていたけどこんなのあったよな、と鐘の元に飛んでいき高温高魔力で溶かしてしまう。データを飛ばしただけじゃすぐ復活することを学んだからだ。鐘はただの金属の固まりになってどろっと溶けて地面を濡らす。このままだと火傷する人間が多発するので冷やしておく。
さて、静かにはなったが警備レベルが上がっている。一応光学迷彩を纏うが魔力をためた網膜で見たら直ぐに見つかってしまうだろう。すぐにでもお見合いおじさんを確保したいところだ。
『あー、メヌールじいさん、どうしよう。アデン大教会って迷路なのに魔獣対策室の場所知らないです』
『前回同様みんな寝かせて調べてから行けば良いのではないかのう?』
全員おやすみが十八番になってきた気がする。出力上げて教会の敷地内に睡眠の魔法を満たしていった。何も聞こえなくなり静かな教会を歩いて人を探しにいく。
コツンコツンと木板がついた靴底が床を鳴らした。いつでも人が一杯の大教会の静寂は装飾過多の中だと不気味さがましてまるでお化け屋敷である。ふとそんな豪華な建物内に似つかわしくないものを見つけて足を止めた。
「おお、モンタージュか」
壁に無造作に張り付けられていた紙には私がディランを拉致した時のアデン美人の絵が描かれている。文字は読めないが私が指名手配状態というのはわかった。記念に一枚しかないがいただいていく。
お尋ね者になったということは近いうちガルドも捜査範囲だし新たな人物の顔を作らねばなぁなんて考えながら確実に人がいるであろう魔信室に飛んだ。
魔信室は予想通り人がバタバタ倒れていてあのでかい魔道具も警戒用のバリアが張られている。教会の壊滅を誓っているのでこれも破壊せねばならないのだが、如何せん、魔獣の宝玉仕込みの結界。一筋縄では行きそうにないのでお見合いおじさんを優先する。その辺の人間から魔獣対策室を読み取りそこにまた移動だ。
魔獣対策室は同じ塔の中にある。魔信室と違い部屋を無駄に占拠する機械もなく衝立とデスクだけのわかりやすいオフィスだった。一つ一つ衝立を覗きこんでお見合いおじさんを探すが見つからない。また周囲の寝ている人の記憶を頂戴して行先を探る。
緊急時は教皇府に出頭? また移動かよ!
お見合いおじさんを追ってあちこち転移してやっとこさ見つける。しかしなんだか様子が変だ。慌てて移動しているはずなのに部屋中みんな地面ではなく机にうつぶせ。何かがおかしい。不用意に近付かないで距離を保ちながら記憶の読み取りをしようと魔法を飛ばしてみる。
バチバチバチ
乳白色の魔力のバリアが出現してお見合いおじさんがむくりと起き上がった。周囲もまた起き上がり杖を構えて立ち上がる。
「待ち伏せですか」
こっちも空気を読んで金属杖を構えた。微妙に他所の杖に比べるとでかくて突っ込まれたら恥ずかしいかもしれない。……杖、なんか前に比べて大きくなってないだろうか?気がそれてしまったがとりあえず向さんの台詞を待ってみよう。
「おまえが神敵ハンナか」
お見合いおじさんを目標にしたからそちらからかかると思っていたが、もっと奥のおじいちゃんが第一声を発した。変にならないように自然を装いそちらに顔を向ける。どうにも声の主は一番この場で偉いらしく神官五人に囲まれるようにして立っていた。
「ハンナは私だけども神敵ではないわね」
神らしきモノの玩具的な存在の可能性は大だけれども。真面目な解答なのだが鼻で笑われてしまう。酷い。
「度重なる襲撃に優秀な司祭の拉致。記憶に幾つもの魔獣の宝玉の紛失。おまえの目的など知れている」
全部身に覚えはあるけれども毎回場当たり的な行動なのでそんな推理できたみたいに言われてもリアクションに困ってしまう。ただ空気はシリアスなので違っても高笑いしか受け入れられなさそうな気がしてきた。
「魔獣の宝玉の収集。それを用いて大陸を災厄に染めることが目的なのだろう?なぁ、神敵ハンナよ」
絶対的な自信を持って断言されてしまった。そんなわけないなんて言っても話が進まないだろう。少し面倒臭さと恥ずかしさが出てきたがグッとこらえた。
「災厄ねぇ……奴隷売買をしたり、内戦に干渉したりする正教会ほどいたずらっ子ではないつもりよ?」
話を本来の目的に修正しつつ関係者であろうお見合いおじさんを見やる。お見合いおじさんは顔面蒼白だ。うむ、確実に関わっているな。
「違法行為をいたずらとは流石神敵ハンナは伊達ではないな。その呪われし杖を持つだけはある」
話を戻したつもりなのに別方向にぶっ飛んだ。この杖呪われてるの?なにそれ怖い。
幾らか情報キーを吐き出させるつもりだったが頭に血が昇ってるらしくお偉いさんが奴隷売買や内戦干渉を把握していることしか掴めなかった。そろそろ舞台モードは終わりらしく偉いっぽいじいさんが杖先をこちらに向ける。同時に護衛風神官も杖をこちらに向けて魔力を纏いはじめた。
各々から沸き立つ魔力の色は少しずつ白を濁らせたようなもので妖精の欠片よりチャージに時間がかかっている。こちらは防御に専念せずに攻撃をかける余裕がありそうだ。
今一番の攻撃魔法は妖精が消える吸収結界魔法、名付けて「しまっちゃおうね」試作型である。人を入れたらどうなるかは怖いが途中で解除すればヒューマンの魔力程度なら肉体にダメージが入る前に無力化できそうだ。人体実験で申し訳ないが思った効果で止まらなかった「しまっちゃおうね」の謎を解きたい。今後の妖精対策の肝なので結構大事なことなのだ。
内臓から魔力回路にのり毛穴から魔力が溢れ出すのを感じる。纏めて杖に集中させて護衛風神官も含めて大きめな立方体をイメージ。向こうが杖から発生させたコンタクトレンズのような防御魔法五つを簡単に飲み込む位置に頂点が発生して辺と面を描き出す。まだ偉いおじいさんはチャージ中だ。
辺が繋がり後は面を埋めるだけの段階になると中にいる護衛たちの防御魔法が途端に消える。魔力吸収が始まったようだ。おじいさんの魔法が無力化できたら解除しよう。こちらを睨む偉いおじいさんと焦る護衛、震えながら杖を抱きしめる神官たちのいる部屋で瞬きせずに観察を続けた。