3日目 マリー
夕方になった頃、しばらく滞在することになったドリームハウスにクルトとジョセが迎えに来てくれた。そっくりの二人が並らんだ様は双子のようである。聞けば女性を一人で歩かせるなんてとマリーさんに叱られて私の送迎をするように厳命されてきたらしい。本当に悪いね、二人とも。
麦畑が夕日を受けて色を変える中、ジョセは長男で最近畑を継いだことやクルトは年子であることなどを話ながら歩いていく。兄弟仲は良いようだ。
夕日が沈んだ頃、一軒の小屋の前に辿り着く。簡単なノックの後ジョセが声をかけた。
「マリー、お連れしたよ」
「ようこそいらっしゃいました! マリーと申します」
扉が飛んでいきそうな勢いで開かれ、恰幅のいい女性が出てきた。挨拶の両手握手もぶんぶん振られ、なんというのかアクティブそうなエネルギッシュな人である。
「粗末な小屋ですがどうぞお入りください。二人ともご苦労様!」
私だけを入れて二人は小屋には招かれなかった。二人の苦笑する顔の前で扉は閉められる。
部屋の中央にはテーブルがあり、優しい明かりをともした蝋燭と並んだカトラリーが目に入った。マリーさんは一人暮らしで、本日のゲストは私だけのよう。
「司祭様、大したものではないのですがお召し上がりくださいませ」
謙遜されて出されたものはかなり豪勢だと言える。ハーブが詰まった鳥は丸々一羽ローストしていたし、ミルク色のスープにはごろごろ野菜が入っていた。香ばしさやまろやかな味わい、どれも手の込んだものであるといえる。デザートこそ無かったが、家畜を潰したり、煮炊きに時間や薪がかかる金食い調理は農村の平均的な食事ではないことが窺えた。祝いや宴の料理だろうな。
「とっても美味しかったです」
塩味は薄いが気持ちがこもっている感動があった。そんな感情をこめた美味しいである。
「お粗末様でございました」
ずっと笑顔でいた彼女だが、食事が終わりお茶を用意して向かい合うと少し視線が落ちた。話の時間がきたなと悟る。
「遅くなってすみません。父のための儀式、本当にありがとうございました」
我慢ができなくなったようで暫く彼女は泣いていた。手前の蝋燭を見つめながら話し出すまでじっと待つ。
「父は妻に先立たれ、息子たちにも先立たれ、私の夫や子どもも見送りました」
お父さんの話であるが何れもマリーさん本人にも降りかかった不幸である。
「身体の自由も利きませんし、私は見なければならない畑に出ているために孤独につつまれた時間が長くありました。周りも忙しいなか気を使って子どもを預けてくれたりもしましたが、身内がみんな逝ってしまうのはずっと苦しんでいたと思います」
これも彼女の感情である。苦しんだのは彼女自身なのだろう。
「昨年、大きな病もなく老衰で亡くなったのですが、沢山の子どもたちも葬儀に参列してくれて、神の身許でもきっと多くの家族が待ってくれていると……父は孤独から解放されたのだと……」
とうとう彼女は嗚咽を堪えきれなくなり話もろくにできなくなってしまった。
マリーさんは父と自身を重ねすぎている。同じ不幸を味わい、同じ孤独を感じ、心も救いも同一視しているのだ。そんな父が救われない、それでは彼女も救われない。ゾンビ現象は遺された家族にとって深い傷を作るのだろうが、それを支えるはずの宗教が追い討ちをかけている。
大きな体を小さく小さく丸めて泣いている彼女に手を差し伸べないわけにはいかないと、沢山の私の記憶たちが一斉にその手を掴んだ。