24日目 疑惑
医務室にはいつもと変わらないレイと青ざめたハイラルがいた。
「遅くなってごめん。色々あって」
主にサンドラとの雑談だがダークエルフ研究には必要だった。うん、仕方ないね。
「ハラーコ様……」
「見ての通りハイラル、萎縮しちゃってさ。一応水中毒になった話はしたよ。あとハイラル視点の経緯も」
「こっちも別の経緯も掴んだよ。詳しくは言えないけど情報提供者によると黒幕が水竜の鱗砂を売りにきたらしいです」
「不自然すぎる貴重素材じゃないか。ハイラル、よくヒューマンでいれたねぇ。運が良かった」
「運がいいついでに情報提供者があの司祭を通報する段取りを組んでくれました。こんな感じ」
レイにサンドラと宿屋の主人との会話を見せておく。
「おっけー。それに合わせて書類作って領都で治療したことにしよう。僕はあちこちに出す指示書作ってくるからハイラルと話しててね」
さっくり用は済んだとレイは退出してしまった。
ここにきて、ハイラルと喧嘩中だと思い出す。滅茶苦茶気まずい。気まずいが教会については聞いておきたい。
「ハイラル」
「すみませんでした」
会話にならんじゃないか。ハイラルは跪いて許しを請うスタイルだ。許す許さないの前に話が見えん。
「まず教会について確認したいんだけど、事後処理に関係するし。話しづらいなら読み取る。どっちがいい?」
「許してはくださいませんよね……」
「会話できないなら読み取るよ。抵抗して魔道具破壊しないでね」
先ずは事件概要とと対策しようよ。結局ハイラルの記憶に入り込むことにした。
ハイラルが教会に逃げ込むと、機嫌良く司祭に招き入れられる。宿屋で他所の吟遊詩人にいじめられてボロボロだ、夕方までかくまってほしいと頼むとご飯まで出してくれた。まぁ、その食事が魚化の原因だったりする。
異常を感じたハイラルが逃げようと玄関まで走るが、既に視界はまともに機能せず耳にはノイズが走っていた。
「どうしてこんな」
雑音の中でハイラルの声。続けて司祭がしゃべる。
「……の死体は……の儀式……悪……なよ?」
これで暗転。ハイラルの記憶はこんなところだった。
「死体で儀式? またダークエルフ関連?」
収束したと思ったがダークエルフ犯人説が再浮上してくる。メヌール、サンドラと二人で大丈夫なんだろうか? 許しを請うハイラルと同じくらいきっと私の顔も真っ青だ。
「ハイラル、すぐ戻るから! 続きは後で!」
慌ててキャンプ地に単身転移を行った。
キャンプに出るとテントを背にして二人は焚き火にあたりながら互いの聖書を開いている。真面目な顔をしていたが私の気配を感じてか早くないかと間抜け面を見せてきた。
即座に二人の間に割って入り、サンドラを拘束する。二人とも目を白黒させていたが、抵抗はない。
「どういうこと?」
「こっちが聞きたいわよ! 死体で儀式ってダークエルフの魔法でしょ?」
「儀式? 魔法は使うが契約済みの遺骸を操り人形のように壁にする魔法くらいだぞ? 巷で言われているような邪神召喚儀式なんてないしな」
話が噛み合っていない。私はハイラルの遺骸でする儀式について言っているのに邪神なんて話していない。
「ハラーコ、まず君はハイラルに会いに行ったんじゃろ?」
会話にズレがあることを説明するのが苛ついて難しいなか、さっきまでサンドラを睨んでいた筈のメヌールが仲裁に入ってきた。
「ええ、勿論。それで当日の会話も視てきました」
「どこが問題じゃった?」
「ハイラルの死体を儀式にって……あの司祭が言ってました。ヒューマンの司祭が幾らボケていても不可能でしょう? なんの儀式かは知らないけれども明らかにヒューマンの属性域じゃない」
言いたいことだけ言ってサンドラを睨みアイテムボックスから杖を出す。手にいれたばかりの世界の鍵だ。
「今、じいさんにも話していたんだがダークエルフには魂は扱えないぞ。扱えるのは肉体だ。魂が元からあって受肉させることはできるが、空の肉体に魂はいれられない。人の領域ではないからだ。これから仲間なり島なりでダークエルフに会って聞いても答えは同じはず。もう一度いうぞ。肉体は与えられても魂は扱えない。空の肉体にできるのは操り人形だけで、儀式なんて文化はない」
じっくり混乱した頭に読み込む。魂は作ったり降ろしたりできない。邪神どころか肉体を動かす魔法しかないので儀式はない。本当に? もうサンドラの言葉の真偽がわからない。
「嘘かどうかすらわからない。不審すぎる」
「そんなにわからぬなら覗かせてもらえば良いではないか。先程から私も常識と擦り合わせたり壊したりで忙しい。サンドラ、君の思考を読ませてやってくれ。ハラーコが勝手にやる」
「誤診がないものなら助かる。妖精相手に誠実以外やりようなんてないのだといい加減理解してほしい」
満場一致でサンドラの脳内スキャンが決定した。自信満々で額を突きだすサンドラは果たして無実か、私を誤魔化せる術を持っているのかわからないまま。