22日目 領主懇談
「ハラーコ嬢か?」
許可を貰ったからと領主館の応接室に転移すれば、既に待っていてくれた領主は疑問で挨拶してくれた。アデン人の幻影を被っていたことをすっかり忘れていた失態である。
「すみません。異国人より詮索されないかとアデン風にしていました」
謝りながら前の平均日本人スタイルを思い出そうとした。残念なことにそれも大体日本人というだけで詳細不明のふわふわ幻影なので再現しようとすると難しかった。見つめるとぐるぐる発狂一直線になる容姿ってどんなだよ。無意識の産物を意識して作るのは難しい。
「別にそのままでも構わない。再々現するのに別人になっても困るだろう? 転移なんて超魔導、君以外にできるなら色々諦めるさ」
固まる私をいいように解釈してくれたのでお礼を言って流しておくことにした。気のいい領主は側近二人を同席させて果実色の水を並ばせる。
「外国との話があるのと、前回のレジーナ司祭の話。各々専門の者をよんだ。まず外交担当のランド」
「はじめまして。外交担当のランドルフ・ブラックです。ハラーコ様のお噂は聞いております。アラリア情勢を戴けるとのことで大変嬉しく」
「ランド、短くだ」
「失礼しました。どうぞよろしく」
ランドルフは手をクロスさせる挨拶の後、手を差し伸べてくる。こちらも伸ばして挨拶を返した。少々興奮ぎみで不安だ。どんな噂をしているんだかと自然と笑顔がひきつる。
「次にこれからの教会対策を担当するザック」
「ザカリアス・スタングです。わかりやすくいうとレジーナ窓口担当になりました。魔法権益関係や軍の諜報関係の複合部署です。どちらも大体わかるけれどちゃんとした情報をあずからないという立場になります」
こちらも両手握手。ザカリアスは物腰柔らかな人でお婆さん向けには最高に受けが良さそうだ。魅了対策として独立させた特殊職ぽい。
挨拶が終われば、余計なことは全カットの領主がアラリアについて話すように促してきた。
アラリアについて話すにも私の知識では激戦か否かこの世界この技術力レベルでどういう評価なのかさっぱりわからない。剣や魔法の不思議戦場を分析して話すのは無茶だったのだ。
仕方なくメヌールにしたように三人の手の指先を借りて経緯を含めて記憶を見て貰うことにした。
「なるほど。思っていたより酷いのだな」
領主は酷いとだけ話し、ランドルフは眉間に皺を寄せながら首を傾げる。
「おかしな点が幾つかございます。アラリアから逃げた流民も反政府軍もレイチェル国が原因だと思っていますよね? メヌールさんもです。しかし、ガルド領は現在レイチェルと普通に輸出入をしており、特段トラブルも戦時物流もございません。レイチェルの最大貿易国は我がアデン国ガルド領であり、御用商人も文官も出入りしていますが奴隷制など噂すらありません。魔信が繋がっていないので何とも言えませんが一月二月でその様なことに?」
ランドルフの視点で話すレイチェル国は平和そのもの。国とは名ばかりの鉱山系の村幾つかだった。船の出入りする港村、自力でドワーフが作った坑道村、間にある村、国境山脈という標高の高い土地でアデンにはみ出さない形にそれくらいの物しかない。そもそもどこの国も手付かずで山が国境代わりに放置されていたのは山に強いドワーフくらいしか住めない場所だったからだ。多少切り開いた所でドワーフ以外が輸入なしに生きていけない。わざわざそんな土地に輸入品が必要なヒューマンは住まないし、奴隷のコストも意味不明の高さなのだという。実質ガルドがドワーフ製品を安く買うために飛び地で抱えている土地なのだ。
「何だか別の国ですよね?」
「ええ、別の国です。アラリアより向こうのドワーフ国家の政治が面倒臭い、毎日掘って打っての鍛冶三昧がしたいという方達が移動しただけなので、レイチェルの政治というか統治も手伝い名目のガルドからの人員が代官をしているくらいです」
なるほど。ランドルフが絶対的にレイチェル国が戦争にかかわらないと信じられるのはガルドが統治しているからのようだ。これ以上ないくらい中身を知る国なのだろう。
「では何故あのような噂になるのだ? 別の国がレイチェル国を名乗っているのなら大問題どころか、見えない敵を捕まえられぬままではないか。片付けようがない」
領主のいうようにさっぱりだ。アラリア東のレイチェルではないならどこが反政府軍と共謀を? 捕まった魔法使いになれそうなヒューマンを送るリストにはレイチェル行きなんて書いてあったわけで。
「あの」
ここで出番がまだのザカリアスが口を挟む。領主が話せと促した。
「レイチェル国を名乗る国は実は二つあるのではないでしょうか? 噂といい、ハラーコ様の記憶にある様々な書類はレイチェルになっていました。孤児院記録の中でレイチェル国行きには中央という表記がありましたが、我々の知るレイチェルには中央なんて土地ありませんよね? 港村、坑道村、間村と全部村ばかりですし山と港を繋ぐだけの直線に横長に細い国です。中央なんてありませんよね?」
そんなにレイチェル国はいい加減な国なのか。中央も政府もないけど製品輸出入のためだけの国の名乗り。形も政治も中央なんてないらしい。隣の国にちょっかいどころではないのでレイチェル国を名乗る別の国があるとしか言えなくなってしまった。
「実際は別の国や団体かもしれない。だが、レイチェル国以外でレイチェルがあるのは中央という所から正しそうだ。ハラーコ嬢、この偽レイチェルの中央とやらを探してはくれまいか?」
人探しでいく予定ではあるのでちょっと関わりたくない空気を感じたが了承をしておいた。報酬は希望の船旅許可を出されたので逃げようがない。
「君と話すレイチェルはこの辺までで良いだろう。順番は悪くなるが、先にレジーナ司祭について話して良いか? 島国についてはこのあとランドルフから聞いてほしい」
領主は途中退席予定らしいので頷いておいたが、私からレジーナについて話すにも変化がない。
「領主様からお話を聞いてレジーナ司祭について調べたのです」
聞くとザカリアスは担当するレジーナ対策に教会から逃げ出した貴族を中心に聞き取り調査をしたようだ。
そこであからさまに出たのが魔女という渾名である。貴族出身者達はそこそこレジーナの魅了を耐える魔道具を持っていたのでガンガン狂信者を増やすレジーナの教祖っぷりを知っていた。
「祝福や祈りと言って魔道具を破壊されるようで、失礼だとか弁済しろと騒いだ者が無事でした。立場的に断りづらい私が魅了対策をするのに既存の物では破壊されてしまいます。ハラーコ様の魔法かメヌールさんの魔道具知識をお借りしたく」
そんなわけでこちらの報告ではなく相談だったらしい。
私もレジーナと対峙する度にパリンパリンやられているのでメヌールに知恵を借りるしかない。宝玉に勝てるまでのレベルは無理だろうけれども。私もレジーナと対峙する度にパリンパリンやられているのでメヌールに知恵を借りるしかない。宝玉に勝てるまでのレベルは無理だろうけれども。
「とりあえずそれは帰ってメヌールに聞いてみます。明日明後日には到着するでしょうから、明日の夜までに結論は出しますね」
解決に手を出してくれたら良いなと期待してきた領主訪問だが、謎と宿題がまた増えただけだった。寝静まった宿に帰りふて寝するしかない。