22日目 ハイラルと買い物
領都東村は最北村よりこじんまりした本村である。森もなく川も細いため数個の井戸を囲み小さな畑と行政機関をもつ申し訳程度の本村だ。ただ、カルアの村や領都へ向かう中継としての立地は抜群なのか、村のサイズや人口に似合わず、宿や店は多い。感想は第三セクター村といった所。観光や市民の生活は優れなくとも中継地としての一点のみのために資金が投入されているようだ。
「このテント、ホラ村や領都より安いですよ」
「そりゃあ、熊村が近いのと領都の土地代輸送代がかかってねぇからだよ。基本、領都より安く近い質のものが買えるぜ?」
旅人相手にしている商店は旅道具や消耗品の品揃えがいい。気のいい店員は領都に入った瞬間高くなるものや、田舎に行くほど目減りするものを広げてくれる。
楽器がはみ出す鞄のせいか三人組だし吟遊詩人だろと楽譜用の糸や衣装も並べてくれた。何か買いたくなる。
「衣装は買ったほうが良いかもしれんのう?」
「楽譜道具も増やしたいです。現時点で消費し過ぎています」
二人も購買意欲が高い。旅をはじめてから意外と必要だったものが増えていたのだ。
「何にせよ、宿を決めて入村手続きをしてからじゃな。鞄を整理してからまたこよう」
偽装したパンパンの鞄で物を買うわけにもいかないので全員一致で宿を探した。
今回の宿屋は馬車の多い宿になる。税金対策で領都まで行かずにここでUターンをする商人が主な客層で、高級でもなければ蛸部屋系でもない。大都市に行かないので大きな吟遊詩人の楽団もついていないようだった。
人の出入りが激しい領都東村。今回も対バン契約で部屋を確保した。話し合いは夕方だそうで早速チェッカーに入村記録を付けに職安に向かう。職安は領都を含めて今まで見たことないくらいの人が溢れていた。
「すっごい人ですね」
「こんなに職安が混んでるの初めて見ました」
「時期的に仕方なかろう。ただの宿場町じゃ。領都ほど人は雇えんじゃろう」
領都は各門で簡易チェックをしているので流れ作業でチェック可能だとか、常に人員が確保されているので混まないらしい。逆にここは徴税シーズンを越えれば最低限の生活物資の運搬と軍しか使わないらしく今だけ飽和状態なんだとか。
「早くに着きましたけど、これだいぶ待たされるのでは?」
「軍人証明出したら優先されるでしょうがかなり目立ちますね」
「もめ事は避けたいのう。ただ、時間の浪費が見えとるからか全員が並んでるわけでもないらしい」
列に並ぶのは若い商人だらけである。おそらく見習いに並ばせて先に商売をしているのだろう。
「チェッカーのある村では先に納税しなければ商売できない筈なんですけど」
「普段は守れても無理じゃろうこれでは」
「取り締まる人員も無さそうですよね」
ただただ人の群れに酔いそうになる。
「ふむ、この流れじゃとだいぶ待たされそうじゃ。二人は先に買い出しにいってはどうかね? ヴァイオレットがおれば荷物も金も問題ないじゃろ」
「いいんですか? レイナードの買い物は?」
「私はこの旅の前にある程度整っておるからさほど買うものもない。それに今日買わなくともヴァイオレットがどこに何が売っているかある程度把握すればどうとでもできる」
村を出ても転移で買いにこれるからという意味らしい。人酔いするよりマシなのでありがたくハイラルと市場調査に出ることにした。
ハイラルのお目当ては結び目がされていない楽譜と調理器具だ。調理器具は昨晩村人の前で魔法なしでしようとしたら何もかも足りなくて借りてきたらしい。私もメヌールも魔法でカットした状態で鍋に突っ込むからハイラルが困るなど気付かなかった。全てがそんな感じなので他人の前で使える道具を用意しなければならない。
「調理器具はわかったけど楽譜は自作できないの? 板に糸を結ぶだけでしょ?」
「その糸が面倒なんですよ。大体これくらいの糸巻きで売ってるんです。荷物でしょう?」
ハイラルは手を広げてスイカサイズの糸巻きを示す。布を作るのかといいたくなる。
「これくらいはないの?」
今度は私がリンゴサイズを表現したら首を横に振られた。業務用取引の商品のようだ。
「そういえば私も糸を持ってたなぁ。綿の細い糸だからけっこうよらないといけないけど。どれくらいいるの?」
「移動時間を考えると最初から板についちゃってる方が持ち運びも時間も便利じゃないですか? また馬車に乗れるのなら作れますが」
確かに手作業するなら手間だ。しかし私の製作物は基本魔法で全自動。試しにアイテムボックス内で小さな竜巻を起こしてぐりぐり糸をタコ糸まで太く捩る。
「これがヴァイオレット製の糸です」
「かなりいい糸ですよ、これ。楽譜にするのはもっと汚れて太さがばらついたB級品です。お貴族様でもないのにこんな品質の楽譜を持っていたら盗賊に追いかけられちゃいます」
人の手の入るクオリティーでないと良くないようだ。仕方がないので楽譜がありそうな商店を覗いていく。
ハイラルの発言は正しかったようで新品の楽譜もあまり糸の質が宜しくない。三件ほど覗いて一番安くてみすぼらしいものを買った。
「ハイラル君、気づいてしまったことをいっていいかな?」
「なんでしょう?」
「白紙の楽譜が一つあればコピーで増やせる」
「……調理器具はあちらの店で買いましょうか?」
「食物以外は夜中に侵入してコピーすれば……」
「……今夜着る衣装だけ買いますか?」
「そうしよう」
買い物しがいが全くないことに気付いてしまい、すぐ使うものだけ目当てに露店の服屋に吸い寄せられる。服屋は普段着から派手な衣装まで卸しているらしく見るからに吟遊詩人のお姉さん達が群がっていた。
「ここだけ商人風の客層じゃないね」
「商売風の客層ですね」
「ハイラル君、性格変わった?」
素直な少年からなんとなく思春期が開始された気がするやさぐれ口調だ。華麗にスルーしたハイラルはお姉さんの群れから外れた場所の紳士服に進んでいく。
「僕はレイナードさんの服を見てみます。いらないと言われそうですけれどちょっと今のでは吟遊詩人の割りに品が良すぎるので」
悲しい。ハイラル君に捨て置かれた。まぁ、彼の言う通りメヌールの服は旅人でも稼いでいる商人風で、貧乏吟遊詩人には見えない。何人かの吟遊詩人を見てきたがちょっと違和感があるのは確かなので任せてしまい、私も貧乏旅装と派手な衣装を漁ることにした。
服の山は値段毎に分かれている。一番安い服がぱっと見、歌い手が普段着ている服に近く見えるが売れていない。それより上質と思われる黄色や緑の服がよく売れていて、一番高い青い服は皆吟味して一枚ずつ購入している。安いので良い普段着とオシャレ着なんだろうか。大陸センスも謎なので店員さんを捕まえて聞いてみる。
「すみません。私は南の方から来たので、領都北部の卸値っていうのに疎いのですが」
「ああ、南から来たのなら不思議だろうね。北部で染物と言えば青が高いんだよ。南の染料は草花で、北の染料は鉱石だ。大体三倍近く高いね。それで色落ちしにくい。
南で高いオレンジなんかは元の糸の色の関係できなりの安い糸に赤を薄く足すだけだから色は薄いが安く作れる。半値くらいの目安でいいよ。
全体的に鮮やかさは南の方がはえるかもしれないが濃い色なら北の商品が長持ちだし、お姉さんみたいに旅をするなら北部製がおすすめだ。長旅には是非とも北部染めだ!」
詳しく教えてくれた所でバーゲンに来ている空気のお姉さん達が皆して安いオレンジと高い青を手に取り始めた。皆大体南下中なので南で通用する服に注目がいったらしい。
「私はこれから北上するのだけれども、お兄さんの見立てで値段毎に二着頼めます? 踊りの衣装も男性目線でおすすめがあればそれも」
「大人買いだね! 綺麗なお姉さんを着飾るのは大好物だ! 任せてくれ! 後、今日の演奏場所聞いてもいい?」
まとめ買いで気を良くした商人はこちらの客にもなってくりようだ。笑顔で宿の名を告げるとむすっとしたハイラルが服を抱えながら袖を引いてくる。
「ヴァイオレット様、はしたないです」
宿屋に荷物を運び入れると、ハイラルに詳しい説明をされた。
「わかってないようですが、女性の居場所を聞くのは夜這いの許可申請です。演奏を見にきた所で記憶を消さないと大変なことになりますよ」
それは正直すまなかった。だからあんなに値引きしてくれたのか。だいぶ私の扱いに慣れてきたハイラルと絶体消すと約束した私は、メヌールが並んでくれる職安に戻ることにした。