20日目 押し売り
熊村行きはキャンセルしたがガルド北部は山があり未開の森が多い。北へ行くほど野生生物は増えてくる。過剰戦力である魔法使い三人組にとってそんなもの怖くはないのであるが、魔法を禁じられると途端に弱くなってしまう。
どうして禁じられるなんて状況の話なのか。今、まさに禁じられているのだ。同行者がいるばっかりに。
タバサの所の記憶を弄った私たちは村から北に伸びる道を歩いていた。別に戦力も問題ないので出発が遅かろうが、夜営用に害獣対策があるスポットにたどり着けなかろうが仕切り直す理由はなかったのである。竪琴を教えながらちんたら歩いていると、後方から馬車がやってきた。モフ馬二頭だての馬車が二台の商人である。彼らは徴税が終わった村で余り麦を買いにいき、ついでに小物を売る商売をしていた。そして親切の押し売りもする。
「ガルド北部は危ないよ! ヴァイオレットちゃん所くらい行きなら乗せるの問題なし! 乗った乗った!」
昨日のお客さまにいたらしい。謝礼金は払わなくて良くなったが、ついた先で客寄せの歌を披露して欲しいと言われる。大きな隊商は契約した吟遊詩人にそんなことをさせるようで、見栄や金感情も含まれた。普通の吟遊詩人だと破格の待遇である。換金元がなければ食べ物もチップですまされる田舎旅。換金元と動けるのなら貯金ができるのだ。
こうして断るのも変だしと馬車に乗り隣村を目指している。商人のクアトロさんとマルクスさん、護衛に雇われた移動狩猟民のランドとフランク。二台の馬車に分乗していた。
害獣避けを置いている野営スポットもあと少しという所で獣が現れる。
「アデンベアーだ! 全速力で振り切るぞ!」
「野営地に入れば勝ちだ! 吟遊詩人たちは野営地に聴こえるような音を出してくれ! 危険がわかるやつな!」
魔法が使えればハイラルも含めて足止めくらい余裕の状況であった。しかしながら今は普通の吟遊詩人。物理系の狩猟民二人には強敵なのに手が出せない。求められたお手伝いは野営地に運良く人がいて助けに来てくれることを祈り楽器を鳴らすこと。
「危険がわかる曲って何でしょう?」
「もうわからないように熊を転けさせたりしては如何でしょうか?」
「不自然じゃろ。遠くに届くなら高音の速さがある曲かの?」
「素直にアデンベアーアデンベアーアデンベアーがくるぞーって歌えばいいのでは?」
魔法でなんとかなるからと余裕をこいて選曲していたら熊がとうとう追い付き、護衛がアデンベアーに向かっていってしまった。モフ馬は足が遅いから予想すべきことだった。
「どうします? 助ける?」
「アデンベアーの物理耐性は半端ないですよ。熊村への転移も検討しなければ手は出せません」
「司祭時代の薬ならある。死ななければなんとかなるのでそれまで我々は吟遊詩人じゃ。曲を奏でよう」
一行の目標はずれているが神頼み。相応しいだろうと讃美歌で応援することになった。
神はいたらしい。私たちの讃美歌を聴いて野営地からモフ馬に乗った神官が二人やってきた。彼らは土の魔法を使ってアデンベアーをずるずると大地に飲み込ませる。あっという間に解決だ。
商人は神官に感謝して、狩猟民は傷を癒してもらう。そして私たちの元にもやってきた。
「敬虔なアラムウェリオの信徒の歌を聴きました。あなた方の信仰心が皆を救ったのです。失礼ですがどちらで聖歌を?」
私たちにとっての神は厄介事もセット売りする相手である。