20日目 噂は商品
朝御飯の席では結膜炎のタバサの所に睨まれた。逆に花なしは目をそらす。昨晩の関係性が明確な中でメヌールは我関せず、ハイラルは沈みがちに黙々とスープを啜った。
タバサの所は逆恨みが凄そうなので場合によってはこのままカルアか領都の教会に通報して魔法使い狩りを呼ばれるかもしれない。そんなわけでまだ旅立ち三日目なのに進路変更を検討している。
「幸いこの宿場は通行証のチェックはなかったからのう。領都から同じ距離の別方向の村に今から転移してチェックすれば誤魔化せるじゃろう」
「名前バレバレですけどね」
「大丈夫ですよ。チェッカーのある領施設なら軍人の圧力が効くって聞きました。記録以外に人伝に名前を洩らさないようにお願いして直ぐに出発手続きをしましょう」
誰だ、ハイラル君に圧力なんて教えたのは! メヌールを見たら微妙に可哀想な目でハイラルを見ている。犯人はレイだな。
話し合いの結果、ここからやや東にそれた熊村に午前中のうちに出入りすることに決まる。熊村は変なカタカナ翻訳ではなく、そのまま熊と訳されるだけあってアデンベアーが大量にでる村だ。冬前の今は大狩猟期間といって移動狩猟民たちが稼ぎに集まっている。出入りの激しさは人混みに紛れる意味でいい場所だが、いかんせん熊が出すぎな村に吟遊詩人だけで移動なんておかしいし、魔法を使って面倒事をおこしかねないということで先日却下されていた。魔法使い狩り対策の移動なので、勿論今回は魔法禁止で熊村を越えなければならない。
「ヴァイオレット、踊りの要領で熊の撲殺もできるかね?」
できるけど、できるけどぉ。可憐なアデン人の皮を被っているので、じいさんと少年を従えて熊を撲殺する姿は絵面が酷い。魔法禁止で戦闘力皆無なので仕方ないといえばそれまでだが。最終的に熊村付近転移後、私が杖(打撃武器)を装備して入村すると決まった。
午前中の予定は決まったので宿屋の主人に挨拶にいく。え、一日で移動するのと驚かれた。
「勿体無ぇな。人も多い今が稼ぎ時なのに。またこの辺通る時はうちでやってくれ」
会計は先払いだったのでチェックアウトだけして宿屋を出ようとするとミッシェルの所が手招きする。
「昨日タバサの所と何かあったのか?」
もう名前を忘れた笛の人が小声で話してきた。タバサの所が赤目で睨んでいたので、逆恨み、逆襲、逆恨み、撤退だと心配してくれたらしい。
「いいや? ただチーム内で揉めていたようじゃね。貴重な歌い手を変えたいだとかどうとか」
私はそんな話聞いていない。メヌールの適当な嘘だ。ただミッシェルの所の笛担当は納得してくれる。
「なるほど。話は変わるが君らは領都からだよな? 『神罰の炎』って奴をやったと聞いたが旬のネタかい?」
メヌールの顔が能面になる。一回やっただけで禁止を言い渡された奴だ。機嫌が悪くなっている。
「つい数日前の話ですよ。ガルド大教会、本当に火災がありました。アラン大司教の噂も色々あったので作りたての曲なんです」
メヌールが黙ったのでハイラルが引き継いで会話をする。曲は禁止されたがアンチ教会の噂をたてる方針にはメヌールも賛同しているので口は挟まないようだ。
「君らのオリジナル? そこいらで昨日の客が歌ってたぜ。良ければ俺たちに売ってくれないか? これから領都に行く予定だが旬なら仕入れておきたい」
うわぁ、メヌールが凄い不機嫌だぁ。しかしあれを歌ってるとか客のリアクションの早さに驚く。確かにセンセーショナルだが現地人のコピー能力早すぎ。
「宿屋の主人に聞いたが結構革新的だとか。二万で足りなければもう少し出す」
交渉に入られた。これは売るのがいいのか売らないのがいいのかわからない。溜め息をついたメヌールは私に笛を渡してきた。
「作詞、作曲全てこのヴァイオレットじゃ。彼女は笛もできる。私は年じゃからしんどくてのう。この二人から習ってくれんか」
チェックアウトを済ませたのでメヌールは食堂の机にうつ伏せになる。
「じゃあ、うちも二人呼んでくる。あっちの溜池で待っててくれ」
笛の人が去るとハイラルに服を引っ張られた。
「ヴァイオレット様、僕指導どころか弾けないです」
ああ、だからメヌールは逃げたのか。手とコーラスは操縦するから後はそれっぽくするように言って、私はハイラルと待ち合わせ場所に向かうことにした。