19日目 吟遊詩人の夜
入れ替わりのタバサの所は浮かない顔のまま客席に残った。思うように稼げなかった時、メインチームの休憩時に稼ぐために居残りして待つこともあるらしい。ミッシェルの所は居なかったが花なしは相変わらず客席だ。既に客は評価を下した後なので、期待で待ってくれている。
どうにも二回の『春はいつでも』と『英雄の妻たち』という華やかな歌とハーレム野郎の歌は転けたらしく、復讐叶わずの『タナティアの恋』から悲恋物が聴きたいとお客さまの脳内は訴えていた。悲恋物がお好きというより私の着ぐるみが美人の顔なので美人に泣きそうにすがられる所がツボだと分析。ならばこの美人顔で少女から未亡人まで三曲通しでシチュエーション萌えを狙ってみるかと系統違いでチョイスした。
遠隔操作でハイラルの指を操り、メヌールも操作と息継ぎを指示する。いざ踊ろうと思うと処理が多いのでアデン教会でやった脳内平行処理で別々のラインで思考してみた。うん、いける。
初恋の男を追って都会に出たが恋が叶わなかった『夢の終わり』。結婚前夜に拐われた『大地で待つ』。夫に先立たれたらモテモテだが誰も悲しみを理解して貰えない『無い物ねだり』。我ながら酷いチョイスだったが通しで聴くと常に不幸な女に見える。悲しい話ばかりなのに客のテンションは最高潮。勝者のメインバンドに相応しい盛上りで休憩をとった。
「なんとかなったが、なんじゃあの選曲は」
「お客の要望を脳から直接」
「人は罪深い生き物じゃの」
タバサの所が繋ぎにまたハーレム曲をやっている。不振はあれが原因じゃないかな。おじさんたち、地元に娘がいるみたいだし。
次の演目はメヌールの要望により時事ネタでいくことになった。吟遊詩人のイメージに近い時事ネタは一年が旬でそれを越えても求められるものは定番になる。ガルドでやる時事ネタはやはり隣国の内戦とどこかの小さな事件だ。
「どれも大した事件に思えませんね」
「大した事件に遭遇できた吟遊詩人かホラ吹きが作るのが時事ネタじゃからのう。今頃領都では教会炎上で幾つも作られているじゃろう」
ピンときた。領都から来た私たちがガルド大教会での話を尾ひれ背びれつけて歌えばいいんじゃなかろうか。どうせ近々領主と敵対するんだし。
「オリジナルで作っても良いですか? アランの黒い噂と行方不明。そのうち領主が怒っちゃうぞって」
「痛烈じゃのう。しかしユルい時事ネタなんか逆に目立つな。領都からきたのだからノータッチでも違和感。うむ、炎上は天罰あたりで事件の臭いはなしで作るように」
「了解です」
メヌールのGOサインにより『神罰の炎』完成である。面白そうなのでこの曲だけハイラルの全身を借りてコーラスを入れる。教会ネタなので讃美歌風がはまるのだ。完全な悪のりだがこれも成功する。
「神よ、罪深き我らを……」
「いやいや、神は私の存在を許したってことで祈りは止めてくださいよ! だいぶ遅くなってきましたがこれいつ終わるんですか?」
「そうじゃのう、神はヴァイオレットを止める役目を私に課したのじゃろう。この曲は以降禁止じゃ。
大人向けを二回ほどやれば終わりじゃよ。何でもできるとはいえ、仕入れておるか?」
「現地曲も記憶からも可能ですよ。既存曲以外にお客さん目覚めているので記憶から新しそうな奴でもいいですか?」
「やめてくれ。無難な奴にしろ。花なしが引き抜こうとえらい目で見ている」
確かに。大炎上の教会でアランに神罰を歌えば花なしたちは狂信者の目で怒りの女神を見つめていたや。
大人向けは無難にあまり脱皮をしない仕草重視の曲でしめた。漸く初の吟遊詩人を終えて、私たちは部屋に帰る。