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だらちーとと残念異世界  作者: ちょもらん
吟遊詩人編
150/246

19日目 デビュー

 結局の所どちらが『春はいつでも』をやるかはわからないままお仕事の時間である。初舞台のハイラルが緊張しきりではあるが、我々の出番は一曲だけ。リクエストに応えたり延長営業をすることはないだろうと気楽に過ごすだけだった。

 出番は花なしの後直ぐの二番目。宿泊スペースの廊下で歌のない曲を聴いて待つ。歌い手はいないので格を落として見られるが演奏はかなり上手い。昨日見たアリシアの所の伴奏と同じくらいのレベルだ。

 予定の二曲を聴いた後、私たちも動き出す。着替えた衣装がはみ出さないか最終チェックをした後に、食堂の隅にある演奏スペースへ移動した。花なしの二人は引っ込まず聴いていくつもりらしく、客席にいる。民家にも宿泊客がいるだけあって良いお宿でもない割に人が集まっていた。これはなかなか。ステージなんて仕切りもないのでおさわり発生も充分ありえる。




 人数なんて数えても意味はないのでチップ用の籠を置いて跪く。音楽が奏でられるまで待機だ。

 少し長い間の後、ハイラルの竪琴が聴こえる。それにメヌールの横笛が聴こえた所で立ち上がった。ここからは私のチートが炸裂するぜ!

 顔を上げた先には沢山の視線があった。テンションが上がったので踊りも歌も曲に合わせたアレンジバージョンでお送りする。ダンス経験のある記憶からとってきたフリや歌手経験のある記憶からとってきた発声だ。無駄な身体スペックはチョロいぜとばかりに動く動く。ハイラルの演奏だと多分サービスである腰ふりがそこまで激しくならないので倍速して対応してみた。

 激しいダンスからの大声量。盛り上がらないわけがない。たった一曲であったが目の前にあった籠は大人気である。満足して礼をして引っ込むと一曲だけかよとかもっとという声が聞こえた。


「お疲れさま!」


「……やりすぎじゃ」


「ヴァイオレット様、凄かったです!」


「ここで様はやめようか」


 私とハイラルは楽しく引っ込むが、メヌールは浮かない顔をしながら私の後ろに立って手を伸ばしてくるおじさんのガードをしてくれた。

 そして目の前にいた仏頂面のミッシェルの所とすれ違う。


「多少受けが良くてもいい気にならないでね! 特に竪琴酷かったわ!」


 ふんっと鼻息荒く文句を垂れて演奏スペースへ行ってしまった。


「すみません。僕が下手くそなばっかりに」


 笑顔のハイラルが一気にしゅんだれる。おのれ、ミッシェル。スカートが落ちる魔法をかけてやるぞ!


「ハイラル、これは全てヴァイオレットが悪い。もう演じる予定はないし部屋に戻ろう」


 何でか私のせいにされてメヌールはハイラルの肩を叩いた。スカート魔法はお預けして部屋に戻る。





「すみませんでした」


 部屋に戻って数分後、私は謝り倒していた。やるんだから良いものをして稼ごうとしたが、私たちの目的は目立たず一曲のみで何事もなく終わること。何、吟遊詩人伝説作ろうとしてるの? が第一のお叱りポイントである。他のチームが転けたら凄い恨まれて夜中に衣装破壊にやってきたりしかねないらしい。幻影衣装の下にあるのは染めのない衣装だ。退治するのに魔法使いバレしたいのか、荒らされて衣装がないのにどういうことだと変な噂をたてられたいのかと具体的に怒られた。

 次に全く関知していなかったが、花なしの見学者である。花なしは歌い手がいないせいでどれだけ上手くても大成できない。故に常にスカウト状態。下手な演奏より俺たちとビックになろうぜと煩くなるんだとか。今回の演奏者全体から見てハイラルは初心者で一番下手だ。攻撃されかねない。すれ違い様にミッシェルが嫌みを言ったのは「初心者守れよ、お前らチームだろ」というベテランからの苦言である。悪戯しないで良かった。


「とにかく、少しは考えて調整してくれ。合わせた練習をしなかった私たちの非もあるが。今晩何かリアクションが起こるだろうからそこから考えよう。朝イチでここは発つぞ」


 本来何日か公演するものらしいが逃げの一手だ。多少怪しくてもトラブルを抱えたくないので同意する。自分が下手だからとへこむハイラルを慰めていると部屋の扉がノックされた。


「ヴァイオレットの所、今日のアンコールはお前さんらだ! 準備しておけよ!」


 宿の店主が声だけでまさかの出番を通達してくる。まだタバサの所がやってるのでは?


「どうするんじゃ? 同じ曲も一回しか使えん」


「タバサさんの所がまだやってるので逆転を祈ります」


「馬鹿を言うな。既に転けたんじゃろう。責任持って解決策をたてるんじゃ」


「讃美歌はダメなんですか?」


「昼の屋外ならまだしも酒場でそれは白ける」


 ハイラルはまた涙目になるが構ってられなくなってきた。

 もめにもめた『春はいつでも』は結局二回やっている。ハイラルを抜いた二人でまたやるのは吟遊詩人のヘイトが確実に上がる。それ以外はメヌールもハイラルも讃美歌しかレパートリーにない。歌い手の脳内ライブラリからブームやオリジナルは一通り鑑賞して譜面に起こしてはいるが、今からこれを公開して練習をとなるとメヌールでも二曲覚えればいい方。うん、真剣に困った。負けた対バン相手に頼んでも客は納得しないだろうから。


「そろそろ終わるぞ」


 食堂から聴こえる音が盛り上がりの早弾きになってきている。うーん、うーん。


「ヴァイオレット、大概の魔法は使えて、かなりの曲は暗譜しておるな?」


「ええ、まぁ」


「アランの遠隔操作は再現できるかのう?」


 あれは通信用の魔力の糸で操り人形にしていたような。操りやすくするためにノンレム睡眠に意識をおしこむ魔法と合わせている複合魔法だった。


「原理はまぁなんとなく」


「試しにハイラルを」


 言われたハイラルは涙目のまま頷く。意識まで奪うと私にハイラルのフリは無理なので腕と指だけ糸をつけた。


「手だけ他人になったみたいです。感触はあるのに。あ、自分でも強く引っ張れば動けます」


 抵抗できる程度の力で動かしているらしい。アランの遠隔操作より強めの魔力で糸を補強する。


「今度は完全に動きません」


「細かい操作は可能か?」


「できますね。ただ笛になると呼吸まで操る必要が出てきますよ」


「念話で指導できるか?」


「やってみます」


「ハイラルの竪琴の腕は上げすぎてもいかん。先程と違和感ない程度でやるように。私は呼吸で調整する。三人分、できるな?」


「はい」


 遠隔操作、全部ヴァイオレットさんの舞台が決定したのであった。

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