18日目 吟遊詩人とは
そこそこ複雑な道を進みこの街のメインストリートにでる。街の作りは格子状ではなく放射線型にアミダくじのように繋いでいて道路がややこしい。二人とも領都にいたことがあるのでするする連れていかれたがマップを見ながら同じ通りを歩いて帰られる自信がわかなかった。
大通りは他の道に比べて出店が多い。王都のように区域わけが厳しくもないらしい。またテントも張らず机や箱をだしたり、敷物をしたりして思い思いに商売をしていた。
「この通りだけは家屋のみで店舗型の店はないのでこのように人が集まる。元来の目的は軍人の行き来でパレードをする目的でな。普段は露店天国なんじゃ」
アデン人の労働は基本午前中だが、ガルド領都を午前中に歩くのは初めてだ。
「吟遊詩人は大体昼過ぎに露店が退いてから演じる。酒場や宿屋から声をかけて貰い夕飯時には店で演じる。基本朝は寝ているもんじゃが、金がなければ露店の横でもやるぞ。稼ぎが悪いのがの」
メヌールの言葉を聞くに時間的に実力派は見れそうにない。よっぽど逸脱していなければコピーや知識頼みも可能なので形さえ整っていればいいかと期待せずについていく。
人混みの中ではやはり人の声ばかりだが耳をすますと笛の音が聴こえてきた。
「メ、レイナード。笛の音が聴こえます」
「私には拾えん。連れていってくれ」
メヌールとハイラルを初の先導で連れていく。そこには笛をふく男と竪琴をひく男、間に朝からなかなか目に痛いカラフルな服を着る女が踊っていた。
「詩人じゃなくてダンサーでしたね」
「女は歌って踊るもんじゃよ?」
「歌を歌うだけの余裕がないのでしょう。実力のある女性は歌って躍りながら鈴を鳴らせるんですよ」
なるほどわからん。私の吟遊詩人のイメージは楽器片手に女も男もソロで弾き語りだ。目の前にあるのは演奏者とダンサー。多分これに歌がついても吟遊詩人と思えない。翻訳魔法さんが類似語をあてただけで全く別形態だろう。そして問題が一つ。小声でメヌールの耳に囁いた。
「女が一番目立ちますよね? ついでにイヤらしい目で凝視されますよね?」
「まぁそうじゃな」
「空飛ぶ玉を見ちゃう人続出しませんかね?」
「嗚呼……。男装して楽器を弾くか? 精神錯乱にはならなくなったはずじゃし幻影でも重ねて見るか?」
「試してみてもいいですけど街を出てからですね。最悪ハイラルに踊らせましょう」
「見苦しいことをするくらいなら三人楽器のがマシじゃ」
こそこそと話ながら踊り子さんを見つめる。可愛いというよりケバい顔でタップのようなステップを踏んでいた。上半身は中国の公園で気功をしている人のようにゆっくり。上と下のリズムも運動量も違う。息が上がって歌えていないので溺れかけのようだ。
「正しい歌い手だとこれがどうなるんですか?」
「まず少しは歌える。次に腰を動かせる。足はリズムを刻み、手は遅いのではなく優美じゃ。歌が聴けないと全くわからんじゃろうが、演目は楽園。場面としてはアラムウェリオが大陸を創る所なので長く声を発する必要がある。難易度はかなり高いが実力は踊りすら足りていないのう」
「よく演目までわかりましたね」
「伴奏はそこまで酷くないからのう。基本的に吟遊詩人は旅ありきなものじゃから歌い手になる女が確保しにくい。男二人で歌い手待ちのまま旅しているものもいるくらいじゃ。しかしこの程度なら入れない方が食いっぱぐれないと思うがの」
メヌールの言葉に同意する。彼らを見ているのは私たちだけだ。みんなチラ見して通りすぎる。正しい歌い手がいまいちわからないが、合唱曲のような緩やかな音楽から歌えるかの範囲では問題なさそうだ。それなのにばたついているし歌えない謎。じっと歌わない歌い手を見つめる。
「多分なんですけど」
「何じゃ?」
「彼女男性ですよ。肩幅といい、左右ずれてる詰め物といい」
「……男じゃな。これは悪い例じゃ」
メヌールは鑑定したようだ。私は年齢まででたら立ち直れないのでやらない。
「レイナード様、ヴァイオレット様。夜に街に来るのであればその時に酒場で見ては如何でしょうか? リズムが合っていない舞を見ていたせいか気分が悪くなってきました」
多分、別の物も本能で感じているんじゃないかな。たった三人の客のうちハイラルだけを死にそうな顔で凝視している歌い手がいる。最後まで残ると可愛らしさの残るハイラルは新な歌い手にスカウトされてしまうかもしれない。
小銭を投げて逃げるように去る。ハイラルの提案通り、夜の酒場を見学することにして適当な買い物を済ませ門を出た。道があるのでとりあえず辿る。地図も仮の職業も全部全部夜に回す。