16日目 あれも片付けておこう
クレメンス家の親子喧嘩はメヌールの勝ちに終わった。魔法でする喧嘩は体力より魔力の節約やコントロールが物をいうものらしく若さで圧倒はできないようである。
幾ら寝台の数あるとは言え一室に喧嘩している二人を滞在させるのは全員の安眠に関わると主にベッチーノが主張した。そのため私はメヌールと共に元滞在していた流民用の小屋に帰ることになる。ハイラルは領主の許可が下りない限り軍属なのでまだ別行動。ベッチーノは保護継続中なのどレイナードと医務室に継続してお泊まりだ。ベッチーノは長い目でレイナードを支えるとメヌールに約束してくれていて、早速気絶から覚めた所から教育していくつもりのようである。 ベッチーノの息子は泣き言が多いがそれなりに次期村長としての自覚を持っているタイプだったので本人の資質が真逆ではない限りいい人選だと思えた。職業選択や将来の自由が苦難な世界では自立心よりコミュニティでのポスト獲得が言葉通りの生命線。いい加減私も周りがレイナードのためにこうするしかないことは理解した。自由や自立には時代や文化が追いついていないのである。
村人の様子は気になるが先の襲撃もあるので転移で直接家屋に進入。窓は締め切ったまま隙間から風を通して空気の入れ換えをした。
「四日くらいの留守かのう。その後の進入は無さげじゃな」
レーダーに鑑定を乗せてチェックをしたが、メヌールの言うように何の罠もなさそうである。安心して光珠を灯してお茶をいれた。
「やっと落ち着けますね。念のため家から生活音が漏れないようにしておきましょう」
「それはしてもらいたいが落ち着くのはまだ早い。何か忘れていないかね?」
うで組をしたメヌールにうろん気な視線を貰う。はて何を忘れているかな?
ゾンビの話は予定通りダークエルフのせいになった。ダークエルフはガルド大教会が騒いでくれるだろう。戦闘痕も偽装した。ガルド大教会は後継者争いをしているが私は案内するなと言われている。手を出さずに待つべきだろうし、脳内通信を受けていた司祭の記憶を工作したのでいつかは捜索に来てもらえるはずだ。よってガルド大教会もノータッチ路線。
次にアデン大教会は皆記憶から私を抜いた。全員睡眠にパニックになるだろうが足はつかない。記録に私の名前を残していたとしても偽名に偽所属。領主が魔信復帰と共にそんなやついないぞと言われれば足取りも掴めないし、いずれガルド領側の情報工作だったとなるだろう。
ルマンドの教会もアベルの遺体を抑えられないので向こうから何かを言ってくることはあまりない。これも魔信復帰で咎めの内容を送れば萎縮してくれる。
残るは領主の呪いだが去り際に犯人捕まえて解呪予定。今すべきことはない。
細かい話を思い出すとアランとコンスタンティン。これは既に領主舘の地下牢に入れた。後は知らない。魔信擬きの通信人員はガルド教会サイドは駆逐済み。アデン側にいたとしてもトンズラ指示がでた以上探さなくてもいい。
「何かありましたっけ?」
メヌールは組んでいた手をほどいて眉間を押さえる。頭痛がするポーズは世界が変われども同じだなと呑気にお茶に口をつけた。どちらにせよ長い説明が来るのでいちいち気にしていたら今後一緒に旅などできない。向かいに座ったメヌールも思いは同じなようでさっさと話すかとコップを煽りこちらをむく。
「もしかしたら私が知らない何かがまだあるかもしれない」
嫌なフラグを立てるなぁと姿勢を正す。
「私が把握している問題の一つは黒の聖典じゃ。預かりものであり事件の証拠の一つ。当然返却が必須であるのじゃが、追跡される原因の特定や中身の精査はしたのかのう?」
ああ、完全に忘れていた。コンスタンティンの思惑でホラ村に渡った黒い聖典。鍵は壊したが追跡している神官な囮に使ったきりだった。
「調べるとして追跡にあうとややこしいですよね?」
「そうじゃの。ガルド教会だけでも派閥が多い。足の引っ張りあいでダークエルフと関連付けたり離したりでまぜこぜになると計画が後ろに流れて厄介じゃ。王都周辺で人の少ない場所はあるかのう?」
ピンときた。焼き肉をした丘がある。実際問題コンスタンティンはダークエルフと繋がっていたし関連ありありなのだろうが正義と政治が揉めるのならば別問題に偽装すべきだ。魔法関係を奪いとる領主サイドは知っているわけだし。
観光スポットの割りに往復時間がかかるため夜は空いているであろう王都の丘にメヌールととぶ。辺りはガルドよりやや明るいが観光客はいなさそうだ。
「では追跡の特定と解除を」
メヌールの指示で黒い聖典を取り出す。相変わらず分厚く重いそれは鍵や鎖が外されても片手では持てない。鎖を張るために角につけられている金属を撫でると錆もなく輝く。
「この金属の角はあやしいのう。手でぬぐう程度で輝くのはミスリルじゃ。わざわざ魔道具に使う希少金属を飾りに使う理由がわからん。装飾のグレードでいえば宝石などなしにつけるものではない」
宝石なしで綺麗な金属はありだと思うがアデン人の美意識的にシンプル一色の表紙にはアンバランスらしい。早速鑑定してみると魔力を糧に固くなるとしかなかった。
「この金属には鎖がついていたんですよ。これです。怨念的なものを集めないと開かない錠とセットで」
鎖も調べるとなんとなくわかった。錠が怨念的なものを集めて、鎖はそれを魔力に還元して本の角を外れなくする。怨念的なものが集まらないと開かないくせに逃がしていたらしい。一気に流し込まないと外れず逆に固くなると。ダークエルフはこれを開けさせるつもりがなかったんじゃなかろうか。本の角が魔力で固まるのはわかったので無理矢理吸い上げてみると簡単に転がり落ちてシンプルに本だけになった。
「鑑定では細かい作りはわからんのう。背表紙や表紙の間なんかに何かないかわからぬか?」
細かい物はわからないがエックス線検査なら金属はわかる。記憶からエックス線検査を引き出し網膜に重ねた。人間じゃないのはわかっているが人間離れしすぎて悲しい。簡単に金属を見つけ出した。次にこの金属を鑑定にかける。ようやく発信器を見つけたようだ。
「取り出します」
破壊するとバラバラになりかねないのでアイテムボックスを使い傷なく抜き取る。他も検査したがこれ以上の金属はなさそうだ。
「金属はもう使われていません。金属以外があればわかりませんが解体しても返却時に困るでしょうからこれで」
本をメヌールに預けて発信器を丘に埋める。
「何をしておる?」
「嫌がらせに埋めています。掘り返しても何もない徒労を与えます」
呆れた視線を貰うがガルドのボロボロ内部の分散にはいい距離だ。メヌールは黒い聖典を自分の魔法の袋にしまい待機している。
「あと君が忘れていそうなことじゃが、アデン大教会の聖域の結界は破壊したのかね?」
「忘れていました。ついでに回収してきます」
「言いたくないが必要ないかもしれん。呪いの対象のバーク家は既に貴族籍を剥奪されたそうじゃ。フリッツが諜報員たちに伝書鳩を放ち調べてくれた。気狂いバークの呪いと言われて社会的に立ち直れなくなっておる。生きてはおるが子孫も望めず呪いを証明しても安易に立ち直れぬじゃろう。このまま理解せずに朽ちる方が不幸は少ないかもしれんよ」
やっと手に入ったバーク家の情報はなんとも苦いものだった。
「呪いの対象が消えた魔道具は危険ではありませんか?」
「理解できるのであればな。闇の技術は確かにアデン大教会にもあるじゃろうがミスリル製。戦乱に乗じて壊すのは良いが経年劣化で晒されるのは五十年はかかるじゃろう。五十年後にこの国から離れた君が気になるのならば壊せば良いが、君が現れる以前から作られた人の業までフォローをするのは介入のしすぎか否か今の私には判断がつかぬ」
なんとなく私が私のトラブル体質が起源で無いものに関わって欲しくないのはわかる。王都に残る呪いはそのままに家に帰った。
簡単に夕食を作ってから本日が村のパン焼きの日だったことに気づく。覚えていたとしても取りに行きづらかったので仕方ないとまた十日パンなし生活が確定した。そして私は領主への定期連絡も忘れて寝てしまう。生活が王都じゃなくなって緊張感がきれたせいかもしれない。