16日目 正体と理解者
メヌールの表情から若干マシにはなったが足りなかったのだろうと復帰のために手を伸ばせば止められた。私の左手首を掴んだまま視線を森の中においたメヌールは重々しく口を開く。
「幾つか聞きたいことがある」
理性的な声は震えているが狂人になっていないことを示した。了解してからメヌールの脳内を先に読ませてもらう。会話をする前に解答を引き出すのはズルいが緊張した空気から待つことは出来なかった。
メヌールの見た私は虹色に輝く玉だ。人ではない。私はこれをなにか知っている。魔獣の宝玉に金の細工が網のように覆っており、くるくるとそこで回転していた。そう、私の本質を見つめるとそれは魔獣の宝玉だったらしい。これは流石に驚いた。私は人ではない。魔獣の宝玉。どうすればいいんだこれは。
渇いた笑いが出た。それに反応してメヌールの視線がこちらに向く。彼の視線から見える私はやはりくるくると宙で回っていた。口角を無理矢理上げて笑ってみるがメヌールの目には玉しかない。そこには私の顔も皮膚も感情もわからないただの玉しかないのだ。
「ハラーコ、私の目で視たものを視ているか?」
「はい」
「君と出会ってからこのような疑いをかけたことはない」
「はい」
「裏切られたや騙されたとは思わん。ただただ驚きと恐怖がある。これは申し訳ないが話を聞いてくれ」
「はい」
「どこまでが嘘でどこまでが本音だったのか? 魅いられてしまったとしたらそれまでだが、君には確かに人としての人格があった。なくとも理解し用いられるだけ人を理解していた。君が知る君を教えてくれ」
混乱はないとは言えない。メヌールの言葉に嘘偽りはなく浮かぶ言葉をそのまま唇にのせている。彼はなけなしの理性で知ることを望んでいた。記憶を消して去る案は頭に浮かんだが出来なかった。メヌールのいう私の人格が逃げたくないと思わせている。
目が覚めたら国境山脈にいたこと、無数の異世界の記憶があること、天の声、アイデンティティのない私、今まで考えたこと。全てをメヌールに語る。静かに彼は聞いていた。秋の空気が徐々に冷たくなり何度もお茶を沸かしながら今までの私をただ垂れ流す。少しずつ飲み込んだメヌールの思考はちゃんと思考速度をあげて、彼が考える「私」が組上がっていった。話せば話すほどメヌールの頭を通してだが私という人間ができ上がり、そこにしっかり定着する。私が求めたそれは私自身だけでは作れなかったが確かに人として存在していた。
「ハラーコや、今まで感じたことを伝える」
メヌールにとって魔獣の宝玉は恐怖の対象であったが、ここにある私は一括りにできるものではない。メヌールはしっかりと玉の私を見てそう言った。異界の知識や記憶はどこからきたかはわからないが、ちゃんと私は私として考え、そこで生きていると認めてくれる。魔獣の宝玉が本来どうあるかはわからないが少なくとも世間知らずで小市民で小娘な私が大陸を血染めにするとは思えないし、そういう思考が宝玉の魅了であるならもう戻れない所まできていると自嘲した。
「老い先短いジジイじゃ。共におるのが私ならそう悪いことも起きぬじゃろう」
意思を持つ魔獣の宝玉。私とメヌールの壁はこれでなくなった。