15日目 鉛の相談
ライン流派の皆さんにがっちり固められてきたローゼン流派のおじさんはひきつり笑いでいる。同席するとしつこいライン流派からも一人加えて三人での会合だ。ライン流派は技術流出に滅茶苦茶目を光らせている。
「今回の呼び出しは何かな?」
頭を覗かなくともわかるめっちゃ忙しいんだぞの顔。見ないふりをしてジーナから預かっている壺を机にだした。
「問題はこれなんですよ。教会近辺で定期的に薬師を名乗る男が万能薬だと売っているそうです」
ローゼンおじさんとラインおじさんはいきなりなんだと変な顔をしながら壺を覗きこむ。
「鉛じゃないか」
「薬どころか毒ですね」
二人とも鑑定はできるようで詐欺が起きていると認識してくれたらしい。厳しい顔をしている。
「これを買った女性に聞きましたが毎回市に出す度に荷車一杯の壺が売れているようです。市民は鑑定の魔法も魔道具もないですから定期的に買い、定期的に接種。どれだけいるかはわかりませんがこの近辺で鉛中毒患者が多発しているはずです」
ローゼンおじさんは深刻に顔をしかめ、ラインおじさんは静かに話を聞いている。庶民出身かの違いかもしれない。貴族は怪しい薬を買わずに司祭を呼ぶのだろう。
「毒が出回っているのは問題です。できれば食い止めるべきだと思いましたが、こちらの教会では市民の治療を大々的には行わないと聞いています」
ラインおじさんは当たり前だと頷く。ガルドでは安く開いているが、アデンでは特権。地域ルールを守っているよとアピールしておく。
「緊急時体制の教会からでは庶民出身の見習いも外には行けぬ。どうしたらよいかという相談か? 昨日から悩んでいたのか?」
ローゼンおじさんは勝手に昨日手に入れたと思ってくれた。訂正せずに頷いておく。
「市民も大々的に治療を受けられるとは考えていません。接種や購入を止めるためにも役所に届け出るので毒が出回っていると一筆欲しいと言われました。しかしながら私はガルド所属です。市民と役所の関係や展開の予想もつかないのでこの件を相談したく思いました」
ローゼンおじさんが考え込む中、ラインおじさんは納得してくれたようで大きく頷いて意見を述べる。
「アデンの司祭に相談してくれて正解だ。役所に届け出られたら教会に治療要請がくるかもしれない。緊急時体制は何れ漏れるであろうが直ぐに断る機会が来ずにすんだ」
「隠すということですかな?」
ラインにローゼンが噛みつく。場外乱闘はやめてほしい。
「隠すのは無理ですよ。いつからかはわかりませんがそれなりに売られたようなので街の薬師も何れ嗅ぎ付けます。大事になってしまう前に少人数で静かに治療した方がましかもしれません。宝玉探しが終わるまで発覚しないとは言えませんから。寧ろ長い時間かかるでしょう。長期的に考えるのならば雑事は今まで以上に優先していく方針もいるかもしれません」
なんとかローゼンおじさんは大人しくなり、今度はラインおじさんが考えてから話始めた。
「ハンナ司祭は宝玉探しの方針はご存じないかな?」
いきなり話が変わる。首を傾げると満足そうに続けてくれた。
「宝玉は人を悪意に染めるもの。つまり犯罪や悪意の中に飛び込み、そこに宝玉の存在はあったか調べていきます。あれば総動員で奪い、封印。なければ更に悪に立ち向かう。このような探し方なのです。
近場で規模も目的もわかりませんが、巨悪であるとなれば宝玉探しの一貫で鉛中毒について調査することができるかもしれません。ついでに宿泊もいらない距離ですので見習いの実習を絡めてもよいでしょう」
やけに協力的だと思うとにこりと微笑まれる。背筋が寒い。
「貸し一つです」
私もローゼンおじさんも顔がひきつった。
ライン流派のおかげで夕食時には鉛毒事件は役所から捜査権を取り上げて見習いの実習を兼ねて宝玉探査になっていた。多くの泣き濡れているお坊ちゃんお嬢ちゃんを街に出して、治療と毒回収、犯人の絞り込みをさせる。意外にも見習いの世話が面倒になった司祭たちは忙しくしていればまともになるだろうと、こぞって人員を出してきた。現場はきっと面倒だろう。そう部外者を決め込んでいたらラインおじさんに肩を叩かれる。
「ハンナ司祭、お暇ならうちの子たちを見ていてくれませんか?」
めそめそ目が腫れている集団を紹介された。おじさんは指を一本たてるハンドサインで去っていく。これは仕込めということなのか。治療にすら連れていけないらしい見習いを押し付けられた私は更に忙しくなった教会で子守りをすることになってしまった。