14日目 終わりが見えてきた
帰ると即スペンサーが夕食を誘いにきたのでまたローゼン流派のおじさまたちの所に逃げた。中は焼肉パーティーが開催されていたので追加肉を出して混ぜてもらう。ニックは他の二人と仲良く過ごせたことが楽しかったらしく、買い物は省いて昼以降の話をしていた。
「ハンナ司祭、今日はニックをありがとう」
一番この場で役職がいい司祭は私の隣に来て微笑ましげにニックを見ている。
「こちらこそありがとうございます。乗り合い馬車の乗り方も値切りも誰もわかりませんでしたから助かりました」
ニックは実に良い仕事をした。デザインが下品でないかをディランが見て、傷や汚れをギルバートが坦々と見つける。ニックが最後に高い高いと値下げ交渉をした。最強の買い物アドバイザーである。店先に神官お断りと張り紙がされたら私たちのせいだ。
司祭はニック達見習いが自分たちの世代より流派や派閥で固まっていることが心配だったらしい。
「表向きでは蔑まれていても師匠や派閥なんかの目があるからだと飲み込んでいたのだよ。最終的に大きな罰が来ないように回り込んでくれるのは巨大勢力の友人だ。彼らの動きづらいところを代わりにしてやったりして持ちつ持たれつ居場所を作れば然程息苦しくもない」
魔法の勉強も焼き付けこそはバレるのでしないが理論を横流ししてもらうことでローゼン流派は生き残ってきたとも言われる。そんな時代を越えた司祭にはようやく生き残り方を得たように見えるそうだ。ひょんなことから湧いたきっかけだがプラスに働くなら良い。楽しい夕食を終えた私は気分よく部屋に戻る。
寝ようと準備した所で領主との定期連絡を思い出した。メヌールたちには渡したので土産も渡しにいこうかと許可を申請する。快く迎えて貰い早速渡した。
「エヴィーリングの竪琴か。製造許可が取り消されと聞く。貴重なものをありがとう」
地方にいても大物貴族、領主はエヴィーリングの竪琴を知っていた。更に教会外である分情報が新しかったり北部限定の噂も知っている。
「風の女神エヴィーリングは獣人の創造神だ。彼らの国では城より立派な建物に竪琴を飾りつけていると聞く。模造の権利を毎年、金で納めて製作しているのがこの王都にある免状店たちだ。今年の春は急にその金を受け取って貰えなかったと噂になり、このモチーフの装飾品は北で大高騰している。直接店舗まで行ければ買えるのだな」
詳しく聞いてみると盗まれただとか壊れたなどの噂もある。魔獣の宝玉といい紛失話が続くなぁと思いながらそれについても報告してみた。領主の答えはメヌールたちと同じく関わるな、逃げろのみ。教会は騒ぐだろうが物が物なので工作も深追いもせず放置推奨とのことだ。時期も物も違うのだけれども、魔獣の宝玉、エヴィーリングの竪琴、闇の技術倉庫と窃盗話は一級品だらけ。セキュリティというのが甘すぎるのではなかろか。
本日分の私からの報告が終わり、今度は領主の報告を聞く。領主は昨夜の魔法使い狩りの回路を焼き切らせてから尋問をしたそうだが口を割らず拷問に切り替えたとさらりと吐いた。彼らの拷問は領軍の魔法使いが交代で行っているそうだが未だに何も出てこない。ガルド大教会は権力争いで変化なし。私が持ちかえった魔信含む魔法関連は確認中で魔信のみなら五日後にでも復旧可能だという。
「繋いだらガルド大教会に魔獣の宝玉関連で問合せが来まくりますね」
「それだが暫く大教会のふりをして通信させようかと思っている。魔法関連の管理をしていくのを察知されない時間が一日でも延びれば価値はあるからな」
私への支援ではなくこれから教会と戦うための布石のようだ。納得できた所で帰ろうと立ち上がれば領主の付き人に板を渡される。
「命令書だ。最初の予定通り国境山脈で明日から何度か騒いでもらう。フリッツに渡してくれ」
フリッツって誰だっけと黙りこむと部隊長の従兄という。ああ、領軍の敏腕指揮官か。
「君は王都にいるからレイナード魔導師にダークエルフ捕獲の英雄をしてもらうことになった。残念だが時間が惜しいので諦めるよ」
とうとう終わりが見えてきた。ダークエルフが出て転居命令が下されれば私たちの仕事は終わる。メヌールたちにも知らせてあげよう。やっと旅立ちの始まりが見えてきた私は機嫌良くお使いを済ませて医務室で酒を配った。知らない北軍や領軍の人間もいた気がするが酔っぱらいの私は求められるままに増やした酒を出していた。