14日目 王都観光③
主要人物への買い物を済ませた私は気楽に店を覗いていく。細工屋で粘っていた三人は店を出るまで元気だったが、少々うんざり顔をしていた。女の買い物が辛いというより、女性司祭である私に親切の押し売りにくる人をガードマンのように裁いて疲れている。もう私が道に出ずに店に入って物色している方が気を揉まなくていいと直ぐに店に誘導された。小物や布、よくわからない店を見るのは異国情緒を感じて楽しいが、ちょっと申し訳なくなってきている。
「早めに昼ごはんにしましょうか」
店に入れば押し売りは店員に追い出される。満場一致でレストランを探すことになった。
商業区の高級店街は予約必須な店が多く、ディランやギルバートが聞いたことのある店や料理を目指したがいつまでたっても座れない。外で奢りなんだからと張り切っていた三人もとうとう中級下級、なんなら出店で構わないと弱気になったので王城城壁付近にある出店を覗いてみることにした。
最早座れたら何でもいい状態の一行は乗り合い馬車で英気を養い人が溢れる町に降りる。聞いていたように高い壁が城を隠し、その壁沿いの堀に沿って布を広げた出店が並んでいた。台の上に布を広げ、台についた穴などから棒を出してまた布の屋根を張る。布だらけの光景は日本ではあまり見ないものだった。
「商店を見ていた時も思ったけれども布が多いね、この街は」
「昔から布を作って輸出して、南部の食物を輸入することで王都は繁栄してきました。アデン麻やアデン綿は周辺国にも価値が高い輸出品でして、畑は大概布関連ですよ」
着道楽で食物はもう他所から買うこと前提でいるようだ。下手に食べ物を作るよりブランド力で貨幣を手に入れた方が儲かるらしい。ただ食べ物を優先しないと周辺が飢饉に陥ったら一緒に潰れそうだ。話をふるとギルバートは大丈夫だと請け合う。
「昨年布関連より食物を育てた方が税優遇されるように法改正がなされました。今年度はあちこちの畑に促進魔法の依頼が増えています。急激にアデン綿や麻が減り布が高騰すると見ているのです。食物も布関連も魔法で増産傾向にありますから黒字だらけだと思いますよ。今年度の集計ならおそらく輸入量を減らして調整に働くでしょう」
ギルバートの師匠たちは清めの工作がメイン業務だ。そんな単純なのか、単純にならないといけないくらい教会と政治がくっついているのか、宮廷政治をする師匠に鍛えられたギルバートが深刻ではないと見るのならそうなのだろう。彼の言うとおりお金を出せば魔法で増産できる世界だ。シリアスもゆるゆるも極端に混ざりあっている。
ギルバートが口数多く説明しているのが珍しいのかニックとディランは黙ってぼんやり話を聞いていた。疲れているだろうし早めに食べ物を手に入れるために分担作業を頼んでみよう。
「ニック、小銭増えてる?」
「ええ、それなりに崩れました」
「それ大体四人前が買える値段ずつ二人に配れる? 三人別れて各々食べたいものを買ってきてほしいのだけれども」
「ハンナ司祭はどうされるので?」
私一人だと確実に揉みくちゃにされる。誰かと行動すればその人だけガードマン業務続行になる。もう姿を消して待ち合わせようかと思えばディランが私とまわりたいと言ってくれた。ありがとう。ボッチを助けるいい子だ。乗り合い馬車の停留地を待ち合わせ場所にして散開する。
「ありがとう、ディラン。一人だけ大変な目に合わせてごめんね」
「いえ。私一人で回っても無事に買えるかわかりません。私のほうこそありがとうございます」
最初の行動と違い、いい子路線のディランは干し肉入りのスープや小魚の酢漬けなんかに惹かれながらも無難な野菜の惣菜はどうかと聞いてくる。生魚を捕る私にはなるべく変わった野菜が良いだろうという気遣いが嬉しい。最終的に南の領地で食べられている果物をデザート用に買って待ち合わせ場所に戻った。
私とディランは意外と彷徨っていたようで既にニックとギルバートが若干困った顔をして待っている。
「お待たせ。遅くなってごめんね。何かあった?」
「実は二人ともスープを買ってきてしまって……」
二人の手には中身が見えないが薄い素焼きの壺がある。これがお持ち帰り用の器らしい。無言のギルバートも無表情だが視線が下がりへこんでいるようだ。
「私たちも果物を買ってしまいました。被りはしませんでしたが腹持ちのいいものがありませんね」
「追加してもいいけどもう疲れたよね? とりあえずあの丘だっけ? 観光場所についてからなんかご馳走するよ」
三人を裏路地のような所に連れていき丘の上まで転移した。既に体験済みのディランは丘の上だと直ぐに気づいて城を見つめて笑顔になる。ニックとギルバートは固まっているがディランに任せることにした。
「ディラン、胃は大丈夫そう? 大丈夫なら肉、無理なら魚であっさりにするよ」
焼き魚を思い浮かべたのか物凄くいい顔で肉に決まる。流石男の子。午前中に店で買った防水加工がされている布を敷物にするようにと手渡してローウィを狩りにまた飛んだ。もう慣れっこなので国境山脈で新鮮なローウィを収納して戻る。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
再起動という説明中だったので挨拶だけして焼肉の準備に入った。
他にもおかずはあるとはいえ、男性三人だ。カイト以上に消費するだろう。あの時の焼肉と違い、今回はアイテムボックス内で解体増産技術が飛躍的にアップしていた。挑戦的な意味を込めて鉄鍋を二つセットして下から火で温める。肉の他にも各取り皿等を出して三人に声をかけた。
「準備しよう。そして食べようか」
ニックはスープをよそい、ディランは果物を配る。ギルバートは取り皿を配り始めた所で焼け始めた肉を回しはじめた。忘れていたが彼らは箸を使えない。トングのような物を各自取りだし口に運ぶ。トングは箸より短く、個人用のカトラリーのようなので私はまた一人で焼く係りだ。敗北を感じる。
予想どおり三人はハイペースで肉を詰め込みスープを啜った。買いすぎだと思われたスープは売り切れ、剥いた黄色の果実にかぶりつきながら幸せそうに城を眺めている。私はまた焼きに追われたのでスープを飲みながら片付けをする始末だ。悲しい。私がまともに焼肉を楽しむには一人でなければならない運命かと疑う。
心地よい風を浴びて私が果物に入った頃、落ち着いた三人はキラキラした目でこちらを見つめた。
「ハンナ司祭、あなたは想像以上に魔法に長けた方でした」
ギルバートが代表としてくれた言葉は幸せそうな感情がのり、二人も頷き感謝を述べる。せっかくの休日を私のお守りに使わせたのだ。楽しんでくれたのなら何より。お礼が興奮や感動の話になり、三人は仲良く今日のことを振り返るまではよかった。ニックは魔法を買い取りたくて私に近付いた。ギルバートは手段を増やすという価値で見合いを受けた。ディランも魔法大好き人間だ。三人の魔法バカは意気投合。派閥の垣根を越えたのは良いことだがニックがローゼン流の勉強会を自慢気に語り、ディランが夜遊びを語る。仲間外れのギルバートはじっとりと近付いて催促してきた。
「私もあなたの魔法の深遠が見たいです」
色気恋愛一切なし。ギルバートの無表情無感情の訴えは逃げづらく何かリクエストを一回聞く約束をしてしまった。
もう歩き回るのはしんどいねと、敷物の上をごろごろしたり四人のずれた常識を擦り合わせる話をしたりだらだらした時間を過ごす。風が冷たくなってきたので早めに引き上げることにして土産を取りに行き、教会付近の路地に転移した。朝とは違う門兵に手続きをして敷地に入るとスペンサーが待っている。
「ただいま帰りました」
私の挨拶に合わせて三人は一歩後ろに下がり膝を折る。なんだか配下を連れた戦隊ものの悪役みたいだ。嬉しいような恥ずかしいような妙な気持ちになる。スペンサーは彼らを見下ろしてから私に視線を向けた。
「おかえりなさい。お早いお帰りで嬉しく思います。魔信室からハンナ司祭に召喚状が届きました。夕食前ですがなるべく早くということなので宜しければご案内します」
魔信は繋がらないということが昨晩確定したはずだ。けれどもよばれるとなると不安になる。
「わかりました。向かいましょう。
三人とも今日はありがとう。良かったら余りだけど師匠さんたちと食べて」
未だに跪いたままの三人を振り返り、ローウィの肉を入れた皿を一人ずつに渡す。特に殺生に関する戒律はないが生肉が見えるのもおかしいので適当な蓋つきである。後ろでスペンサーが覗きこむが中身は見えない。お礼を言われて笑顔で歩き出すとスペンサーが仕方なしについてきた。彼らに色々聞きたいが案内すると言ったのでという思考が透ける。さとりん全開で対峙するからかスペンサーは可愛くない。
「彼らにだけお土産ですか?」
「あれは今日のお礼です。無事帰るのが一番の土産だと私の師匠の弁です」
土産を買いに言ったのに何を言っているのだとスペンサーは内心で毒づいている。可愛くない子に持たせる肉はない。表層を抜けてスペンサーの中から召喚状の内容を読み取った。