14日目 王都観光①
うわぁー軽く二日酔いだ、こりゃ。夜遊びが翌日響くまで飲んでしまったとは。この世界に来て思っていたよりストレスがたまっていたらしい。窓の外はそろそろ夜明け。ニックが来る前に体調を戻そう。視線を動かすと床に転がるディランがいた。ああ、どこに帰せばいいかわからないから眠気が限界でごめんねーといいながら諦めたかもしれない。床で起こすと微妙なので寝台を譲ってから起こしにかかる。
「ディランさん、ディランさん。見習いの人の起床時間じゃないですかね」
「うぅ……頭が……」
起きたようだが頭を抱え出した。こちらも二日酔いのようである。アルコール分解をイメージして額に触れ、そこから二日酔い解消魔法を試してみた。
「楽になってきました」
「それは良かった。ディランさんはアルコールを摂取しても許容量が低いみたいなのでペースを下げた方が良いかもしれません」
頭から手を退けたディランを見ながら自分の腕にも触れておく。胃が楽になってきた。これさえあれば飲み放題な気がする。
ディランに神官服を魔法クリーニング済みの状態で返してから自分の身支度も簡単に整えて麦粥を薄めに作り始めた。どうにも服の上に被るだけなのに着替えを見られたくないようで顔が赤い。昨日の空中散歩もはしゃいでいたし、彼はドロドロな教会で初な少年過ぎやしないだろうか。これが逆ハニトラか、と変な感動をしながら器に麦粥を移す。
「ディランさん、胃が荒れているだろうから軽くだけ食べていって。今は楽でも昼に胃が痛むかもしれないから」
慣れたので三分そこいらで完成した。五分粥といった所だが胃のためなので我慢して欲しい。
「わぁ、麦が沢山ですね。昔実家で風邪をひいた時を思い出します」
ガルド農村出身者には贅沢な麦粥だが、王都では風邪の時に食べるらしい。麦が沢山には引っ掛かるが、ご馳走分類ではないことにほっとする。昼はまともな食堂を見つけられそうだ。
ディランは見習いだが、今日は私に着いてくるために丸々誰かと本日の業務を変わった。朝の仕事もないのでお祈りをしてからここに来る予定だったという。それならのんびり食べてから一緒にお祈りをして待とうとなった。神官服を着ているくせに何気に初めて祈りを見る。
「日が昇り始めましたね。アデン大教会の窓は全て祈りのために東にあります」
なんとなく察するに日の出を拝むようだ。主神アラムウェリオが光の神だと言っていたので太陽神信仰に近いのかもしれない。太陽に頭を垂れて跪いたディランと同じように並ぶ。領主への礼と同じだ。違うのは面をあげよと言われないこと。ディランが止めるまで続ければ良いだろうと何も考えずに隣を窺う。
かなり真剣に祈っている。たまに念話でもしているのかと思えるくらい、穏やかなのに眉間に力がこめられていた。同じ人間である魔法使いを屠る仕事に関わっていても敬虔であるのか、あるいは静かに狂っているのか洗脳されているのか。少し理解し難い人種である。ディランのやや赤い髪が揺れて視線がこちらと合うとゆるく微笑まれた。
「少々祈りすぎました。お待たせしてすみません」
うん、こうやって外だけ見ると好青年に見える。ディランには椅子をすすめて私は寝台に座り今日の買い物はガルドに持ち帰る土産なのだと雑談して時間を潰した。お貴族出身のディランも滅多に物を贈らない人への土産は装飾品という感覚なので参考になる。
「先々代の王の命令で王都五件の職人しか彫ってはならない細工柄なんかは他領の土産向きですね」
「何でまた五件だけなの?」
「技術レベルや継承体制の評価と言われていますが、産業としてのブランド化、土産開発だったなんて話もありますね。定着していない品目にも似たような命令があったとか」
貴族階級の噂や分析は土産につける話として中々に面白い。そうこうしていると日は完全に昇り、ノック音がする。
「はーい、開いてますよ」
「ハンナ司祭、私が開けますよ。見習いがいる時はお命じください」
ディランが扉を開けると何が起きたんだとニックが目を見開いて突っ立っていた。
「ニックとディランね。ニックはローゼン流派の司祭様が貸してくれた地元出身者で道や相場に詳しい人。ディランは全国魔獣対策室の室長の紹介で知り合った人で貴族関連の物品にアドバイスが期待できる人。もう一人エタブ……外務室の人がくるけど今日は仲良くお願いします」
エタブリの名前を忘れた。一気に会いすぎたせいで思い出せない。来たら自己紹介するだろうし問題ないだろう。三人は派閥や部署が違うので知り合いか否かは謎だが、今日のお役目を説明したので多分大丈夫だと思っていたら二人ともにらみ合い始めた。おいおい、仕事が違うと今言ったじゃないか。
「ハンナ司祭、彼も候補者ですか? ローゼン流派から?」
「何の話ですか? クロイツ流派の方には関係ない、とるにたらないローゼン流に何か?」
流派の衝突のようだ。ローゼン流派は所属のない庶民出身者の受け皿だったことを思い出したが、嫌味の矛先が不明なので的確な和解案が浮かばない。
「仲良くしてくれないなら置いていきます……」
もう一人エタブリがいるから何とか買い物はできるだろう。おじさん連中に後で謝ることにして置いていく。上司の命令があるからか二人は渋々和解して控室までついてきた。既にエタブリはスタンバイしていたので挨拶を交わす。
「今日の面子はこの四人です。私は知り合いなので三人とも自己紹介を」
「ギルバートです。外務にいる師匠についている一級見習いになります。ハンナ司祭の婚約者候補の一人として参加することになりました。よろしくお願いいたします」
エタブリ改めギルバートは現在公開情報を全て出す。ディランは昨日会っているからか頷いたが、ニックはさっきのようにまた動きが止まる。
「婚約者候補?」
「はい、外務と魔獣対策の室長の推薦で昨日見合いを」
「私も見合いをした婚約者候補だ。同じく外務の師匠と魔獣対策室の室長からの推薦で一級見習いのディラン」
「え、見合いには全く関係ないニックです。三級見習いです」
ニックは私の方を向き、見合いって何とひきつり笑いで問いかける。ニックが見合い関連ではないとわかったギルバートとディランは頷き目力が弱まった。上司から排除指示があるのかもしれない。
「簡単に経緯を話すと魔獣対策室の室長が私をこの教会に引き抜きたいと言ってくれて。移籍して一から始めてたら婚期も遠ざかると話したら見合いをセッティングしてくれました。
ニックは完全に別件でローゼン流派の勉強会でお土産買いたいと話したら都会の商人は危ないからと最初につけてもらった案内人です。その買い物について予定を言いにいったらスペンサー、室長からこの件を任されている司祭様ね。彼がまとめて出掛けるようにと」
流れは間違っていない、はず。事情がわかっている方を見ながら説明を行い、肯定を貰いながら合わせていくと三人は多分わだかまりが無くなった。
「さっきはすまない。このまま見合い相手が増えていくのかと警戒しました」
「いえ、私もわからずに答えてしまいました。我々ローゼン流派はご存知の通り庶民出ばかりですので還俗することはありません。ご安心ください」
ギルバートは無言で頷いて参加しているらしい。まぁ、揉め事がないなら良いかと流して出発宣言をする。
「時間は夕食まで貰いました。まずは観光地辺りにでも連れていってくださらない?」
「ハンナ司祭、この教会が一番の観光地です。あとは窓から見える王城の門周辺の店か、城が見える丘くらいになります。商業区に真っ直ぐいかれないと昼が食べられませんよ」
出鼻を挫かれた私はとりあえずディランが言っていた細工屋に軌道修正をした。
王都はその特性から人口も増えるし、引っ越しという区画整理もない。何十年かに一回、王命で一部ずつずらす形で拡大していて徒歩で移動するのは困難になっている。一番教会から近い商業区も馬車に乗るのが常識の距離らしくニックの案内で停留地で待つこととなった。
ディランとギルバートは元はお貴族だし、教会の仕事も隠密性が高いせいか、家や教会の馬車に乗るものらしくて乗り合い馬車初体験という。ニックはお使いや帰省でこの停留地を頻繁に使用しているようで四人分の支払いをして小さな木札をもってきた。
「馬車に乗るにはこの切符を買います。私たちが向かうのは一区画内ですので一人五十シリンです。それ以上乗る場合は場所を告げて移動区画分の切符を買ってください。区画内の移動は赤い旗の馬車、区画を越える馬車は右回りが青で左回りが緑です。わからなければ切符売り場で聞けば解決します。わからないことはございますか?」
一番下っぱになるがわかるのはニックだけなので素直に二人は切符を眺めている。私にとって翻訳が切符と訳してくれているから、バスやタクシーのカードを買うような感覚だ。不安は一切ない。
「あ、代金は私の財布から出してね。ディラン昨日の財布もってます?」
今回のお出掛けは私の我儘だし、みんな見習いなので財布係りは私で決まりだ。間違っていないようなので微妙な顔をされながらディランが私の財布からコインのようなものを出してニックに渡す。財布のつかわなさから回収すら忘れていたね。ひどい話だ。
「最低貨幣がこれしかないようだ。暫くこれを崩す形にしてくれないか?」
「はぁ、ハンナ司祭の財布ですか? わかりました。崩れた時にお釣りをお渡しします」
「いや、持ってくれて構わない。二人も財布を持つとややこしいし重くなる」
ディランからニックに財布が移ったのを確認して、赤い旗の馬車に乗る。壁はないが柱と屋根がある箱形で正しい馬が引いていた。モフ馬馬車とは完璧に違う。ニックが御者に降り場を告げてくれて先客二人に詰めて貰った所で動き出した。
「おー道がいいから案外いけますね」
本心では馬車もモフ馬馬車より良いと思っているが、一番は踏み固められた道だと思う。馬車の道は大体決まっているようで轍をなぞるように進む。
「私は壁が無いのが気持ちの良いものだと初めて知りました。窓より解放感があって爽やかな気持ちになります」
「確かに酔いそうにありませんね」
ディランとギルバートの乗る馬車は壁があるらしくてこの解放感抜群の馬車が気に入ったようだ。にこりとニックが笑う。
「この時間だからですよ。場所によって込み合う時間があるのです。込み合うと座席以上に客を乗せますから、柱を掴んでほぼ馬車の外の者や上半身がはみ出る者も出ます。荷物を屋根にくくりつけてそれを押さえるように立つ人もいるのですよ」
なんとなく箱乗りをする図が浮かんだが、お貴族出身にはわからないようで二人は首を傾げている。
「ハンナ司祭は馬車にはよくお乗りなのですか?」
クスリと笑ったのを見たニックが話を振るので馬車と言われて記憶を探る。テーマパークで御者をしたり、遊びで乗った記憶しかない。何でもあると思っていたが記憶は現代日本限定なようだ。
「乗り合いはないね。馬に乗ったり、馬車を操作したりはできるけれども。ガルドでは馬よりモフ馬というのんびりした物に引かせるから荷運びには使うけれど移動とかはあまり使われていないかも」
実際メヌールは乗り物とは認めないと言っていた。怪我人がモフ馬馬車で運ばれると複雑骨折しかねないくらい揺れるらしい。モフ馬を知らないらしいニックは首を傾げるが、ディランとギルバートは通じたようだ。
「モフ馬はあくまで毛が第一の品種でしょうね。重さに耐えられるのはおまけで速さを期待するものではないでしょう」
「モフトンの魔獣特性を抜いている以上移動は使えないでしょう。モフトンが非課税対象であれば馬車文化も発展したかもしれませんね」
「毛? 魔獣?」
全員が通じる話題は難しいなと思っていると、馬車が曲がった途端店がみえはじめた。
「この辺りが商業区?」
「まだ庶民向けの店なのでもう少し進まないと目的の店にはつきませんよ」
馬車は二度ほど止まり他の乗客を入れ換えながら進む。ニックの解説どおり、景色は少しずつ変わり、発色のいい服を着ている人が増えて、店構えも高そうになっていた。乗り場は停留地でなければならないが、降り場は問わないらしくて店の前に止めてもらい降車する。ディランおすすめの細工屋だ。