13日目 チャラ男とごはん
スペンサーは朝の段階で魔法対策をしていなかった。今も大丈夫とは言い切れないが暗黒微笑みたいにいつでも弾けるわけでもないだろう。最悪ガンガン防衛魔法を解けば即座に自己修復はできないはずだと強気で頭を読み取るつもりだ。そろそろ接触型の限界も近かったのでテレパシーを部分活用して離れても読み取れるように改造してみる。精度は落ちるがないよりはマシと割りきった。久しぶりに名前をつけよう。試作『さとりん』。悪くない。
部屋まで迎えにきたスペンサーに早速さとりんをかけてからついていく。スペンサーの思考から今夜のメニューはハママシチューであるとわかった。特に薬や魔法の細工予定もなく、極々普通の司祭向けの給食らしい。肉の量は少ないが野菜がたっぷりで昨日の薄塩スープを思い出し食べ物の恨みがまた燃え上がってくる。昨日の配膳決定者覚えてろよ。場所の方は室長が予約した司教棟の小会議室らしく問題はない。
「ハンナ司祭、どうぞ」
スペンサーは貴族出身者らしいエスコートで扉も椅子も引いてくれる。部屋には配膳をするだろう見習いが二人膝まづいてまっていた。領主対面からぐちぐち教えられたマナーを守って席につくと向かい合う。
「運んでくれ。
ハンナ司祭にとってこの教会の食事は貧相かもしれません。教義上、教会周辺の民が食べるものを規準にするのは仕方のないことですが、ガルドとは豊かさが違うことが明確で私は少し恥ずかしい。これも罪深いのかもしれません」
スペンサーの舌はよく回るが要は給食の質が低いのは周辺のせいだから嫌がらせでも教会が悪いわけでもないよということらしい。飽食を罪としている教義があるので教会の食事は周辺の経済状況に合わせる。周り悪いで済ますのも感じが悪いので自分はちょっと欲深いみたいですと謙遜しつつ、文句言わないでねと牽制されたわけだ。別に豪華にしろとは言わないが孤児院の食事と差が広い気がする。
「昨日の晩は孤児院の食事をいただきました。昨晩戴いたものと趣が違いますね。こちらは周辺の民と合わせた物なのでしょうが、あちらは何を規準にお作りに?」
攻撃的だがもっと酷いもの出されたぜと返してみた。趣なんていったが話の流れからして貧乏メニューとしかとれない。スペンサーも苦笑いになり側にいた見習いに耳打ちして返事をする。さとりん経由で孤児院食なんて誰が出したのか調べろと言っているのがわかった。室長に告げ口するらしい。
「孤児の多くは食事に限らず劣悪な環境から保護されます。多くの者の胃が小さいのです。少しずつ馴らしていくための食事が運ばれたようですね。申し訳ない」
それっぽく言っているが出任せだ。全員あの給食だとわかっている。ついでに孤児の扱いも浮かんだので読んでみると孤児院の中身は誘拐したり恐喝したりして手に入れた魔法使いの卵達だった。神官職についたら環境をよくしてやると絶賛虐待洗脳中。貴族出身者たちからは使い捨ての駒の生産工場と見られている。流石、教会どこをとっても酷いものだ!
「手違いでしたのね」
なんとも答えずそれだけ言って話をそらした。スペンサーは私が魔法使い出身と情報を握っているらしく慎重である。別の話題にした方がいいと思いつつもドキドキとこの綱渡りを楽しんでいた。マゾめ!
「話は変わりますが、本日の話を魔獣対策室の室長に伝えておきました」
お見合いおじさんにトラブル含め話を通してきたらしい。日数もないので暗黒微笑とエタブリ、スペンサーに絞り明日は見合い相手の仕事場で見学をしていいそうだ。三人の上司は暗黒微笑の焼き付け魔法事件からアデン教会内の流派と回路が全く違うと盛り上がり本気で取り込み命令を出している。スペンサーは楽しみたいだけなので面倒そうだが、攻撃的な方向に育った二人はメリットを感じている顔が浮かぶ。若干暗黒微笑は悩んでいるようだがスペンサー視点で見ても謝罪からどう仲良くなるのか疑問らしい。
全てスペンサーの脳内情報なので上司達の考えていることは謎だ。ただ一致して取り込みに積極的なのは悪くない。
「まぁ、教会組織の内部見学なんて別教会の私がしてもよろしいので?」
「彼らの師匠たちは弟子の幸福を願っていますよ。どのような仕事が得意なのかあなたに伝えて後押ししたいようです」
うーん、中身のない話ばかりだ。スペンサー一人楽しんではいるが情報を吐き出さないチャラ男は私にとってはつまらない相手以下である。幸い食事は豪華でないのでさらっと終了してくれた。退出させてもらおう。
「まだ夜には早いですよ。それにあまりお話しできていません。もう少しご一緒させてください」
「すみません。用事がありまして」
実際は何もないが一日興味のない見合いをしたのだ。戦果が期待できない以上撤退に限る。
「ご用事ですか? 室長以外とも何かお約束を?」
そういえばここに私の仕事はない。スペンサーの中で更に激戦の見合いが想像されている。新たな参戦者を求めるなよ。
「ええ。見習いの子に少し指導を。こちらではあまり遠征もないようなので他の流派やガルドの外務神官の魔法について軽くお話しています」
ローゼン流派を思い出して理由付けをする。ここではあまり外向けの魔法技術は出世にいらないものだからだ。外に行きたい見習いについてスペンサーも庶民出身と検討をつけつつも私の魔法に興味津々。ついていくための理由付けをし始めた。口からでる前にシャットアウト。
「流派のお勉強も絡むようなので他の司祭や見習いを交えた流派の集まりなようなものに呼ばれました。思っていたより大変ですね。大きな流派の勉強会には遠慮した方が良いようです」
他流派くるなと他の勉強会のゲストはこりごりだと拒否してみた。スペンサーは大派閥の主流派なので全面拒否を食らった形になる。残念そうに是非他流派もご検討をと見送られた。このまま帰るのも変なので昨日のローゼン流派の司祭執務室に寄ってみる。後をつけていたらしいスペンサーの配膳係は嫌な顔をさて報告に戻った。用はないけれど暫く匿ってもらおう。
「こんにちはー。ハンナです」
昨日の司祭が顔を出して微笑んでくれる。
「ハンナ司祭、よくきてくれた。昨日からずっとコスト削減やらの見直しをしていてな。是非あなたの知識で添削して欲しい」
仕事は意外とあったらしい。部屋の前につく見張りが諦めるまでガンガン魔法を改造してお小遣いを稼ぐ。そういえばお金を使ったことがなかった。王都土産にいいものがないか聞いてみよう。