12日目 がんがん売るよ
夕方の鐘がなるとご飯が届いた。完全個室に配給ご飯はまるで囚人のような扱いだと思う。久々の黒パンに薄い塩味のスープ、豆が数粒浮いているのはかなり気持ちをダウンさせた。農村よりガリガリができるぞこのメニュー。
アイテムボックスから食材を取り出して勝手に調理を開始する。テンションを上げるために魚のほぐし身たっぷり麦飯チーズリゾットにした。日本人感覚だとお高くなる食材なので超リッチ、超濃厚と鍋をかき混ぜながら呟く。自己暗示はそこそこ効いたが多分傍目から見れば魔女が怪しい薬を作っているように見える気がする。その心配は現実のものだったようで、出来上がって視線を上げれば少し扉を開けたニックと目があった。気まずい。
「あー、ニック。急用かしら?」
先程会った時は饒舌だったニックはふるふると無言で首を横にふる。とりあえず扉の隙間に立たれていても困るので入室させて椅子を譲った。私は寝台の方に移動して腰掛け、二人分のチーズリゾットをよそう。当たり前のようにニックに木皿を渡してさぁ、食べろと促した。
「おいしい……」
借りてきた猫状態だったが一口食べると笑顔になる。中高生くらいの年頃の男の子だもの、薄塩スープより塩や油の強い物を体が欲しているはずだ。無言で食べるニックと私は明日の分まで平らげてお茶を沸かして一息つく。
「ご馳走にまでなって、すみません」
「いやいや、沢山作ったし気にしないで。私は体力勝負な所があるからちょっと足りなくて自作してたんだ」
無断調理の言い訳を加えて沸いたばかりの茶を渡す。
「料理もですがこのお茶も初めて飲みます。ガルドは大変豊かなのですね」
配給食が標準ならそうかもしれないがきっと毎日あれはないと思いたい。今日のメニューを告げてみるとニックの知る孤児院のレパートリーになることが判明した。たった今よりアデン大教会は私の食べ物の恨みがつく。子どもにこれでも少ないが成人分の食事を出さないなんて最上級のいじめだ。
茶の話をきっかけにニックとの話題は王都とガルド領の習慣の違いに発展する。どうにも王都は移動がないのに食い潰しスタイルのため周辺に森がないらしい。肉も魚も需要と供給が追い付かず干しものだけなのに毎年高騰しているようだ。
「王都の司祭、必須魔法は植物の育成魔法ですね。それの利益とコネで食べている者が多いのです。最近は無所属の魔法使いが流入しているようで肉や魚も揃えにくくなったのだと皆さま嘆いておいででした」
ふわふわの魚など久方ぶりに食べたのだと言われる。モフ馬チーズも初めてだとか。教会が魔法を握る理由は稼ぎの殆どが魔法関連なせいだと思う。お布施や説教での稼ぎはほぼないらしく、完全に営利団体だ。魔法を奪われたらここの人達は皆食べていけないのじゃなかろうか。なんとなく領主が思っているより抵抗される要素を見いだし黙っているか悩んでいると、ニックも少し黙ったあとに意を決したように話かけられた。
「ハンナ司祭様、大変失礼ですが私に旅に使える魔法を教えていただけないでしょうか?」
詳しく話させるとニックはアデン大教会にいても一生飼い殺しのままだと思って逃げる算段をつけていたらしい。他所の教会へ出向してもそれはあまり変わらないと判断した彼は渡り神官と呼ばれる教会のない村を歩く部署に移動を希望している。アデン大教会から出られぬ彼にとって旅人スキルを獲ることは難しく、弟子か販売で野営する魔法を手に入れようと私の部屋を訪ねたのだ。
しかし私は教会魔法どころか世間一般の魔法使いの魔法も知らない。これから教会に大激震が起こることを知る身としては何か教えてやりたいが授けていいものかどうか判断に困る。
「具体的に何が欲しいの? 既に持っているものもあるだろうから」
「私はローゼン流の五階位までは修めております」
全くわからないのでニックの頭に触れさせて貰い回路の解読をしてみる。癒しや祝福は効果が同じものなのだが幾つものバージョンがあった。イメージの違いなのだろうがこれでは容量の無駄である。逆に水や火を出すなどの簡単な生活魔法はコストパフォーマンス最悪のものが数個だけ。詳しくなくとも旅に出る魔法使いにはなれない仕様だ。
「んー新しい魔法を覚える前に既にある魔法の改造が必要かも。水がコップ一杯出せる魔法なんかは出力を毎度自分で調整できるようにしたらコップも鍋も火事の消火も同じ魔法で使い回せるわけで。殆どを調整型に弄った後に各種攻撃防御系統の魔法を入れないと街の外では歩けないかな」
要約するとどこから手をつけていいのかわからない。ローゼン流とやらの改造していいレベルもわからない。真剣なニックは現在の師匠に聞いてくるといい颯爽と去っていった。教会が争いに巻き込まれたらあんな居場所のない若者が溢れるのだなとなんとなく沈む。
センチメンタルでいたらそんなに時間を置かずにニックが帰ってきた。杖を持つ司祭以上が三人と庭で見た二人もいる。狭い部屋ぎゅうぎゅう詰めで立っているのも変なので一人の司祭の執務室に移動した。迷路を通り部屋に入るとまた増えて八人。お茶を渡され座るがやはり人口密度が高い。
「すまないね。ローゼン流派の最高位が司祭までしかおらんのだ。この部屋が最大になる」
一番偉いらしい司祭が言うにはローゼン流派はアデン大教会でも珍しい庶民出の流派のようだ。言葉で繕ってはいるがどこにも所属できない者たちの救済に近く、最低限の司祭業務ができるようにする研究会に近い。他所の流派の魔法を見て再現する生き残り方が発祥で歴史がどうとかテンプレがどうということもない。
「情けないがニックのように外の世界を目指す者も今後出ると思ってな。詳しく私たちにも聞かせてほしいとなったのだよ」
偉い司祭は子どもの将来を心配する親のようだった。ニックにした説明をしたあと、その司祭の回路を修正してあげる。何もない所に魔力を出してそれを水に変化していた回路を魔力に吸引と分解の性質をつけて空気中で水を作ってしまう形に変える。魔力が少なくとも振り撒く広さを調整すれば時間次第でどの量の水も作れる省エネ派にも優しい設計だ。水素だ酸素だと言っても通じないだろうから使用方法を脳内通信の要領で見せれば司祭は直ぐにマスターする。
「これはガルド教会にある流派の魔法なのか? 汎用性も高ければ少ない者でも時間次第で使える。他の魔法もこの要領で?」
他の流派は知らないので魔法使い時代の遺物ということにする。あれこれ改造して他の司祭にも焼き付ければ司祭達は宴会状態。取り残された見習いにも修正をする。見習いはコントロールが甘いのかあまりうまくはいっていないがこれは練習次第だろう。調整のイメージがわけば直ぐに皆適応する。ほくほく顔の司祭達には謝礼金を頂き部屋に帰った。
「ハンナ司祭、どちらに行かれていたのかな?」
チーズ臭い部屋には嫌味な司祭が待っていた。食後を狙って来たらしい。ほのぼのタイムは終了のようで、睨んでくる司祭とお話合いになる。