2日目 出会いと別れ
ロンに連れられて2つ程小屋を横切ると、推定馬車と推定馬と推定カイトに推定レイ(手にしている魔法の杖で判別した)が待っていた。
一畳ほどの板に車輪だけついているリアカーのようなオープン馬車が、容赦なく私のファンタジー感を打ち砕く。戦後バラック写真とか災害現場なんかのリアカーより簡素なのだ。
平行じゃない牽引用の棒に、屋根もなければ柵もない。板に荒縄で荷物であろう物体を巻つけ縛り上げているだけであった。そして金属なんてない、総木材仕様で車輪はガッタガタのボロボロの丸太の輪切りみたいな酷いものである。
続いて馬も怪しいもので、明らかに体が丸くて脚が短い。首も短いし何より背中に羊のようなモコモコがある。馬面だが。
「おはよう、ハラーコ。彼がカイトだよ」
「おはようございます。はじめまして。花子です」
「俺はカイトだよ。ハラーコ? ハンナーク?」
レイに紹介されたカイト氏は柔らかく微笑んで両手を出してきた。これもきっとこの国の挨拶の一種なのだろう。二度失敗した私はもう同じ轍は踏まないよ。
「ロン、正しい淑女の応対はどうするの?」
「男女関わらず先に出す方が手を真っ直ぐに出して、応える方はクロスさせて両手ともに握り合う」
「マナー教室?」
「ああ、ハラーコの祖国とは色々慣習が違うらしい。
カイト、村につくまでにハラーコに正しいマナーを教えてやってくれ。このままではハラーコは淑女ではなく紳士になってしまう」
「紳士に? 何があったんだ?」
ロンがレイに私の失敗談を披露し始めそうなので、二人は放っておいてカイトに話しかけて誤魔化す。
「ロンも言っていたように私は大陸の出ではないのですよ。船を乗り継ぎ乗り継ぎでも遠い島国なもので。
ちなみに今の挨拶だと向かい合ってお互いにこんな感じで」
姿勢を正してお辞儀をする。視界の隅でレイが笑いを噛み殺しているのが見えた。ロンめ。
「世の中には色んな挨拶があるんだね。俺はここと村の往復しかしたことがないから異国って感じが凄くするよ。
アデンの挨拶を知らなかったってことはツガル港からきたのかい?」
人の良さげなカイトからまた新たな情報が飛び出てきた。
ロン達に話した身の上話では、私はこの大陸に船で入国していることになっている。文脈を見るにツガル港はアデン文化オンリーではない港のようだし、経由地としておいた方が良いようだ。
「ええ、ツガル港では見た気もするけど教えてくれる人もいなくて。
何より事情があってあまり人と交流する機会がなかったの」
「ハラーコ……」
急にロンとレイが痛ましげに私を見るものだから、カイトも深くは聞かないよと言うように黙りこんでしまう。
悲劇の兄の設定がまだ後をひいているようである。
「さてと、こうしていたら日が暮れてしまう。
ホラ村までは日中移動でぎりぎりくらいの距離だからもうハラーコの荷物を乗せるよ。ハラーコ、その鞄を貸して」
沈黙を破ったロンが、すでに縛ってある縄の間にリュックを押し込んで紐の端を引っ張ってしめてくれる。再起動したレイは例の自身を抱き締めるポーズをしてくれた。
「一晩本当にありがとう。八百万の神のご加護がありますように!」
「こちらこそ楽しかったよ。アラムウェリオのご加護がありますように。道中気をつけて」
「ハラーコにアラムウェリオのご加護がありますように! ちゃんとカイトに習うんだよ!」
そして私はこの世界での最初の人と宿と優しさに別れを告げて、この世界での最初の村であるホラ村へ向かうこととなったのだった。