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ゼンマイと鍋

どうすれば冬のあいだに クチナワがめをさますか ムタはみっかみばん かんがえつづけました。

そして よっかめのあさ ハシバミの月 ザクロの日 とうとうあるひとつのアイディアが ぱっとムタのなかにうかびました。

「そうだ、おうちぜんたいを 春みたいにあったかくすれば クチナワも めをさますはずだ!」

かくしてムタは その思い付きをじっこうすべく はつめいかのゼンマイのおうちを たずねることにしました。


 本日十何回目かの「然るに」の後、ゼンマイは余り気味の袖を振り回して、

「これによって生ずる熱によってクチナワ嬢が休眠から目覚める程度の温度にハルシア邸全体を暖めることが可能になる」

「へえ」

 いまいち煮え切らない詩人の反応に、ゼンマイは気を悪くしたのか、口をとがらせると、ふんと鼻を鳴らした。

「確かに熱力学的観点から見れば必ずしも最適解とは言えないのは認めるがしかし与えられた条件内ではこれが」

「うん、十分だよ。ありがとう、ゼンマイ」

 僕がそういうと、ゼンマイはもう一度、今度は幾分自慢げに鼻を鳴らした。

「しかし、なんというか、この装置」

 少しの間、言葉選びに苦慮してから、おずおずとタリカは言った。

「まるで鍋だな」

「基本的な発想は同じだから」

 事もなげにそういって、ゼンマイは図の下の方を指した。

「これが台座。ここに火を入れる」

「直接入れるのか」

 タリカはぶるりと胴震いをした。常日頃から悪魔に笑われているからか、彼は火が苦手なのである。「燃え移ったりしないよな」

「台座の外には広がらんよ。魔法陣で囲んである」

「魔法陣ってことは、これ、魔法なのかい」

 僕がそういうと、ゼンマイは少々落胆したような目で、僕を見た。

「だからさっき説明したように」

 そうして再び「然るに」を振り回そうとし始めたが、僕とタリカの表情を見ると、小さく溜息を吐いて、

「そうだよ。魔法の火さ。それで上の部分を暖めるんだ」

「この鍋の部分を」

 図を上の方にたどりながら、詩人はにやりと笑う。

「鍋がこんだけでかいと、食べきるだけでも一苦労だな。町の人間を、端から端まで呼んでも、食いきれねえんじゃあないの」

「そうでもないさ。まあざっと見積もっても千と三百人分はあるけど、それ以上となると厳しいかな。そうだな、水の量だってシャレにならないし、肉や野菜もそれなりの量が必要になる。となると今の台座では少々強度に問題があるな」

「おいおい、本当に鍋なのかよ」

 三度スイッチの入りかけたゼンマイをなだめる僕の横で、タリカは若干呆れ気味にそういった。

「冗談のつもりだったんだが」

「こっちだって、最初に注文を受けた時は、何かの冗談かと思ったさ」

 けど、依頼主的には、ここに一番力を入れてもらいたかったらしくてね、と僕の方に顔を向ける。

 タリカはしばらく呆気にとられた様子で、ただ僕の顔をまじまじと見つめていた。

「いや、あの、最初は本当に、ただの暖房というか、そのくらいのを作ってもらおうかな、と思ってたんだけど、考えてるうちに、ちょっと色々」

「なにがどう色々あったら、暖房が鍋に変身するのかね」

 そういって彼は笑ったが、それは嘲りの笑みではなく、自分と同程度の馬鹿を見つけた時の、嬉しそうな微笑みだった。

「で、このバカでかい鍋で、お前はいったい何を企んでるんだ」

「それは是非聞きたいな。運用方法によっては、台座の方に微調整をしなければならないかもしれないし」

 二人がそろってこちらを向いたので、僕はしょうもない悪戯がばれた時のような、妙なきまりの悪さを感じながら、

「何って、鍋があったら、やることは一つだろ」


 ○


 かくして、「ハルシア邸 冬の鍋会」開催の知らせは、あっという間に町中に広まった。

 元々狭い町だったのもあるし、「われらの友情とうまい酒のために」タリカが見事な宣伝ポスターを書き上げ、行きつけの酒場(つまり、町の全ての酒場)に、ぺたぺたと張って回ったこともあるだろう。あるいは、「せっかくだから」とゼンマイが倉庫から引っ張り出してきた「溶岩輪転式打ち上げ花火射出装置」のおかげかもしれない。

 そうやって派手に宣伝をぶち上げている一方で、屋敷の準備の方も着々と進められていた。

 屋敷全体と、特にクチナワの部屋にきちんと熱が伝わるよう、それでいて蒸し風呂みたいにもならないよう、ゼンマイが考えに考え抜いた通りに、僕はパイプを繋ぎ、機械の螺子を締めたり、螺子巻太陽草の鉢植えを運んだりした。

 殆どの装置や仕掛けが、僕にとっては訳の分からないものだったし、螺子を一つ締めるだけでも、なかなかの体力が必要だったが、それでも、僕は不満を感じたりはしなかった。


 屋敷の準備も終わりに差し掛かったところで、ゼンマイは一際大きな螺子巻太陽草の株を僕に渡した。

「知ってのとおり、螺子巻太陽草はある一定量の熱を蓄えると、上部の花弁から大量の熱を放射する。この特質は株全体が小型であればあるほど顕著で」

 僕は必死に説明を理解しようとしたが、逆にその姿勢が、ゼンマイに「理解する見込みなし」と取らせたようで、しばらく考え込んだ後、妙にやさしい声でゼンマイは続けた。

「要するに、この大きな太陽草は、普通のものと比べて、温かくなるのが遅くって、代わりにゆっくりと、そしてかなり長く、あったかいままでいられるんだ」

「なるほど」

 今度はきちんと伝わった、と分かったのか、再びゼンマイの声はいつもの調子に戻る。

「もちろん、全体に放射する熱量は小型のものと比べて」

「う、うん」

「……普通のものよりも、あっためる力が高いってことだよ。だから、これを置いた部屋は、他の部屋に比べて、ゆっくりと温かくなるんだ」

 これをクチナワ嬢の部屋に置く。でも、あまり彼女の体に近づけてはいけないよ、と注意を挟んだ。

「半分人間とはいえ、クチナワ嬢は蛇族だ。即座に高熱を与えて冬眠状態からいきなり覚醒に段階を移すのは、あまり得策とは言えない」

「な、なるほど」

「……君だって、気持ちよく寝ていたところに、いきなり熱湯をぶっかけられたら、色々大変なことになるだろ」

「うん」

 それとおんなじさ、と言うと、ひょいとクチナワの部屋を指した。

「さあ、早くその鉢植えを置いてきなよ。そしたら、準備は完了だ」


 ○


 クチナワの部屋は、冷え切っていた。

 読みかけの本が、ベッドの横のテーブルに乗っていたが、それは僕が、初めて彼女に送った贈り物だった。

 壁にかかっている写真には、どれも僕のくしゃくしゃな癖っ毛が写っている。

 僕はなるべく部屋の端の方に螺子巻太陽草の鉢植えを置くと、そのままなんとなく、ベッドの方まで歩いて行った。

 もちろん、彼女は眠っていた。

 僕は何も言わずに彼女の髪を撫でると、できるだけ足音を立てずに、ゆっくりと部屋を出た。

 彼女が起きる心配は、万に一つもなかったけど、それでも僕は、音を立てずにドアを閉めた。


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