風の向くまま
今回の語り手はひびきさんでごんす。
結果だけ言うと、その後数回の戦闘で、私達はこなれてきた。
戦闘のセオリーはすでに頭に入っていたし、体の動かし方は体が教えてくれた。
途中、なか邑ちゃんに耳と尻尾が生えてるのを見つけたしずこはんと島田がなか邑ちゃんをもみくちゃにしていたりもしたけど、概ね問題なく状況は進んでいった。
「んあ~、腹減った~。ひびき~ごはん~」
テンプルサイドに程近い草原地帯に差し掛かったところで、シナが空腹を訴える。
言われて見上げてみれば、太陽もそろそろてっぺんに到着しそう。
さてさて。それじゃ早速、お料理開始といきますか。
「ひびき、何してるだ?」
鞄から調理器具達を取り出し、火を起こしていると、島田が不思議そうに尋ねてくる。
「料理の準備」
「はっ? わざわざ普通に作るだ?」
何故だか困惑する島田に、今度は私が首を傾げる。
「メニューからポンポンってやって作った方が早くねーだ? ひびきカンストしてるだし」
ああ、そういう事か。
私のサブ職は〈料理人〉だ。しかも島田の言ったとおり、レベルは拡張パック導入前の上限である九十まで上がっている。
確かに、メニューから作成した方が早く作れる・・・でも。
「やだやだ~! ひびきの手作りじゃなきゃや~だ~!」
という具合に、シナが駄々っ子状態にシフトしているので、その提案はおとといきやがれでございます。
「ま、気長に待ちましょーや、島田ちゃん?」
「料理が出来るの待ってるのって、楽しいやん?」
「んー・・・まあええや、知り合いに念話でもして待ってっかな」
言うなり誰かに念話を掛けつつ、近くの木陰に移動する島田。
さてさて、改めてお料理開始のプロセスですよ。
♪てってってってっ てっててっててて てっててっててて てててってててってててってててっ てってってってってっ
ほい、完成。
「ほんじゃいっただっきまーいてっ!」
「こら。分けるまで待ちなさい」
「は~い」
即座にがっついてきたシナを制し、料理を食器に盛り付ける。
「先生とひびきさんって、しっかり者の彼女とダメな彼氏って感じの関係性ですよね」
「あー、分かるわー」
「せやけど、あれで男女のお付き合いとかはしてへんのやて。不思議やろ?」
「えっ、そうなんですか?」
「ん。だって私は、シナのお姉ちゃんだから」
「ひ~び~き~は~や~く~!」
「はいはい、もうちょっとだから」
「前言撤回、わんこと飼い主だコレ」
私とシナは、家がお隣さんな事もあって、小さい頃から何をする時も一緒だった。まあ、さすがにお手洗いとお風呂は別だけど。
中学に上がったある日、シナがすごく嬉しそうに〈エルダー・テイル〉のパッケージを持ってきて、「一緒にやろう!」と誘ってくれた。
当時、クラスに馴染めずに悩んでいた私は、他人と関わる事から遠ざかっていたんだけど、シナを通して他のプレイヤー達と交流していくうちに、だんだんと他人と関わる事が楽しくなっていった。
そうしていつも、私はシナに手を引かれ、背中を押されて前に進んできた。
だから、今度は私が、シナを助けてあげるんだ。ずっとシナを支えてあげるんだって、そう誓ったんだ。
っと、閑話休題。
「ほい、今日のお昼はカレーでーす。召し上がれ」
盛り付けたそれを全員に配る。
各人の反応はと言うと。
「おー! アウトドアカレー! 僕カレー大好きっ!」
シナのテンションが天井到達。
うん、いい笑顔。
「やっぱ外で食うならカレーかバーベキューだよなー!」
そうだねほわい、鉄板だよね。
今回は飯盒飯と鍋カレーを食器に盛ったものだけど。
「あぁん、ひびきはんのカレー久し振りやわぁ!」
ああ、そういえばそうだね。
しずこはんは最近、うちのお店に来れてなかったもんね。
「・・・む。この味は、ひびきの店のオリジナルスパイスだやん。材料そろってただか」
おお、流石は全身黄色の島田。
おっしゃるとおりでごぜえます。
「あっ! 島田フライングすんなっ! いっただっきまーっす!」
「頂きます・・・うっ! うまー! 流石はプロっすね!」
あらまあ、なか邑ちゃんまでハイテンション。
うんうん、みんな美味しそうに食べてる。手作りした甲斐がありました。
食べ終えて食器を片付けていると、シナが微妙な表情で口をもごもごさせていた。
「気に入らなかった?」
「ん・・・違うよ、ひびきのカレーは相変わらず絶品だよ」
口の中のものを飲み込んで、カレーに不満があった訳じゃないと言ったシナは、少し間を置いて続ける。
「ちょっと気になったから、持ってきたサンドイッチ食べてみたんだけど」
シナの言葉に反応して、島田が身を乗り出した。
「おっ、食べただか! で、どんな感じだっけだ?」
「味がなかった」
答えを聞いて静まり返る私達。
サンドイッチに味がなかった。
それは私達にとっては衝撃的な事実だ。
しばらくして、シナが更に言葉を続ける。
「多分、他の料理アイテムにも味がないんじゃないかな。スキルで作られたやつ全部」
言われてすぐに、シナ以外のみんなが鞄から食べ物や飲み物を取り出し、口に含む。
「・・・マジだか」
「・・・うっわー、最っ悪っ」
「湿気た味なし煎餅って感じだなー・・・」
「お茶がお水になってもぉてるやん・・・イヤやわぁ」
・・・ホントに味がない。
・・・なんだコレ?
「まあ、あくまでも“アイテム”だし。味なんかしなくても当然かなーとは思うけどね」
なるほど、納得。
みんなもシナの推測にうんうんと頷いている。
でも、スパイスやお芋なんかにはちゃんと味があった。
という事は、素材の時点では味があって、調理すると味が消える?
「でも、だったらひびきさんが作った料理には、なんで味があったんですかね?」
私と同じ疑問を持ったのだろうなか邑ちゃんが、すかさず質問する。
「〈料理人〉の手作りだからでしょ。それか、スキルを使わなければ素材アイテムのままとみなされるとか」
「ん? って事は、素材アイテムには味があるのか?」
「ん。スパイスとかは、ちゃんと味がしたよ」
「待ってる時にバナナ食べただけーが、それには味があったっけよ」
「んー・・・」
みんなの話を聞いて、シナが思考を巡らせる。
て言うか島田、あなたどこまで黄色押しなの。
「・・・あ。そういえば。βテストの頃は〈大地人〉の好感度を上げる為の設定のひとつに“味覚システム”ってのがあったんだって、エトヤマさんが言ってた気がする」
ふむ、つまり。
消されたはずのシステムが、この異常事態が原因で復旧したって事なのかな。
でも、何故? 復旧させた誰かは、プレイヤーがこの世界に来る事を想定していた?
「まあ、どんな理由があるにせよ、さ。美味しいご飯が食えるなら、細かいことは気にしなくてもいいんじゃない?」
ほわいがやんわりと語ると、みんながそれに同意した。
うん、まあ、そうだね。細かい事は気にしない。
「さてさて。そんじゃそろそろ、テンプルサイドに足を入れますか!」
シナの宣言に、みんなが拳を挙げて応えた。
クシちゃん、元気にしてるかなあ?
今回で到着のつもりが料理の味ネタで終わってしまった・・・
【次回予告】
到着したトッカンジャーの前にタイミング良く現れたのは、執事と爽やかお兄さんとちっこいのを連れた櫛八玉だった。
そして彼らの目の前で、“突貫黒巫女”の暴走が始まる・・・!