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見え隠れする人

 翌朝、私こと桃花とアイシルさんの旅に何故かリチャードとアーサーが着いて行くことになっていた。

 うん。正直アイシルさんにはちょっと思うこともあるけど、暴行未遂の男が着いてこられても不快なだけなんですけど。


「桃花、アーサーには俺からよく言っておくから。頼む」


 助けられたリチャードさんにそう頭を下げられては、強く言うことも憚られる。とりあえず、「許可するけど、彼を半径二メートル以内に近づかせるな」 と言っておいた。ちょっと引きつった笑顔で「分かった」 ってリチャードさんは言った。

 でもよく考えれば、アーサーとリチャードって主人と使用人? の関係なんだよね。どこまで信用できるだろう。結局のところ、自分の身は自分で守らないといけないんだ。アイシルさんは……。


「……」


 昨日から目も合わせてくれない。これってふしだらな女って思われたから? ……全部アーサーのせいだ。

 不思議なことに、道中、アーサーよりアイシルさんのほうが私からずっと離れて歩いていた。あれ、私って貴方に召喚されたんじゃ。そんなに昨日のが不潔に思われたのかな。やっぱりアーサーのせいだ。


「疲れていませんか? 水をどうぞ」


 私の隣を陣取るのはリチャードさん。というか消去法で彼しかいない。無言で引っ手繰るように奪って飲み干す。飲まないとやってられない気分だった。

 そんなガラの悪い私を、虫でも観察するようにリチャードさんは見ていた。何よ、あんなことされたらグレたくもなるから。


◇◇◇


 その日の夜は適当な場所で野宿。簡単なテントを張ってもらう。使うのは私一人。

 当然でしょ。女の子一人だもん。着替えとかでも向こうの方が気まずそうにするんだし。

 テントの前を守るのはやっぱりリチャードさん。アイシルさんは……焚き火の番をしながら、やっぱりどっか遠くを見ている。


 私って何なの? とかこんな異世界で考えたら怖くなるだけだから、さっさと眠るに限る。睡眠は裏切らない。


◇◇◇


 テントから寝息が聞こえたのを確認して、リチャードはアイシルを手招きして呼んだ。クソ真面目なアーサーは離れたところで素振りの練習をしている。

 二人だけの今がチャンスだった。


「……何か?」

「ちょっと話でもと思いまして」


 もとより興味なさげだったアイシルは、俺の提案に無言で目を逸らして拒否の姿勢を取った。しかしここではいそうですかと引き下がる訳にはいかない。一人も天寿を全うしなかった歴代召喚少女と今回の召喚少女である桃花は心配だし、恋に狂っているアーサーはもっと心配だ。


「王都、いや、王城に何の用事なのか、そろそろはっきりさせてくれても良いのでは? せめて敵くらいは教えてほしいですね。そうじゃないと桃花を守りづらい」

「……」


 教える必要はない、というかその価値すらないと言いたげな振る舞いだ。こっちを見もしない。

 ……くそ、そもそも身分から言えば質問できる立場ですらない。返事がなかろうが無礼だろうが、俺には批判する権利なんてない。この人形が目的を終えた後は、揃って抹消される運命なのだろうかと思うと、さすがに反吐が出そうな気分だ。


「ああ、失礼しました。何せただの人間なもので。やはり不老不死の人形ともなると常人が及ばないような深い考えがあるのでしょうね」


 我ながら当て付けがましい台詞だった。が、どういう訳かこの言葉に人形は突然挙動不審になった。……?


「そんなもの、無い」

「はい?」

「お前達人間はよく賛美するが、不老不死はそんな良いものではない」


 焚き火のせいだろうか、微かにアイシルは震えているように見える。


「それが自分には当然だということが分かるか?」

「はぁ……?」

「それが他人にはそうでは無いということも」


 アイシルが何が言いたいのかよく分からないが、何にしろ、多弁になるアイツは貴重だ。何か質問を……アイシルがもっと口を滑らせるような……。


「そのことで、何かつらい経験でも有りましたか?」

「昔、ある人間を、自分と同じようにしてみようとした。不死の身体に……」

「! ……それは、また。例のシメオンが貴方に残した力で?」

「ああ」

「その人間は今どちらに? というか、そんな人間がいれば有名になりそうなものですが」


 初耳だ。不老不死になった人間? そんな人間がいたなんて。というか、そんなことまでこの人形が出来たなんて。

 どんな天才なら、自分の創った人形が神のようになれるというのか。先祖と自分の違いに歯軋りしつつ、急に押し黙ったアイシルにさらに質問を投げつける。


「もしかしてその人間が諸悪の根源だったりするのですか? 確かに不老不死、まして貴方が直接力を与えた人間なら、裏で政治を操るなど造作もないでしょう。もしかしてそれを止めようと召喚を続けているのですか? それをそいつが阻止していると?」


 過激な噂話に飛びつくおばちゃん連中のようだと思いつつ、興奮を止められない。惰性で召喚を繰り返す人形と、政情不安の観点から少女達を殺してきた王家の連中。価値観がひっくり返る時、人は落ち着いていられない。だから目の前の相手が気分を害しているのも気づけない。


「……! それをお前が言うのか、あいつの子孫であるお前が。そもそもシメオンが僕を失敗作と決め付け、あんな枷をつけなければあの子はあんな!!」


 普段は感情があるのかも怪しいアイシルが、明らかに激高している。しまった。身の危険を感じた時、俺にとっての天の助けが後ろからふってきた。


「……おかあさん……」


 桃花の寝言だ。それを聞いたアイシルはハッとした表情を見せた後、いつもの無表情に戻った。殺されるかと警戒がしばらく抜けなかった俺だが、アイシルの虚ろな眼差しと疲れきったような動作に徐々に冷静さを取り戻していく。


「今のは忘れろ」

「……はい」


 忘れるわけ無い。どう考えても先ほどの話はこの世界と、召喚に関わる鍵だ。とはいえ口だけは肯定を示しておくが。


「ただ、これだけは言っておく。不老不死なんか何の意味もない。あるのは、地獄だけだ」


 一応頷いておくが、不老不死の美しい人形が何を言ってるんだろうか。まさか自分の生が苦痛なのか? 危うい関係とはいっても表向き王家とも良好で、建国の父として栄華をほしいままにしてるくせに。そんな考えが顔に出たのか、アイシルはジト目でこちらを睨んでくる。やべ。


「何なら、お前も同じ目に合ってみるか? 心配はいらない。二回目だから『コズエ』 ほど酷い目には合わないだろう」


 ……コズエ? 文脈から人間の名前だろうと判断するが、その響きはまるで桃花と同じ……。

 混乱していると、背後からごそごそと人が動く音が聞こえ、テントの扉が開かれる。出てきたのは、寝ぼけ眼の桃花だった。


「……??? もう朝……?」


 声に反応して起きたのか、赤い目をしぱしぱさせながらも律儀に身支度を整えようとするのを止める。いくら寝ぼけててもテントを出て着替えるのはおかしいだろ。


「起こして悪かった、まだ夜だから寝ていろ」

「……はぁい……」


 案外大人しく、桃花はテントに戻った。会話の内容は聞こえていないようだな。また寝息が聞こえたのを確認して、アイシルのほうを見ようとしたが、やつの姿は無い。不審に思うよりもホッとして、焚き火と桃花の番にあたる。


 ……コズエって、桃花の世界みたいな名前だよな。アイシルのあの口ぶり、ただならぬ因縁があるみたいだが……。過去の召喚少女? いや、戸籍にそんな名前は無かった。不備の多い初代を除いて……初代? あの死亡記録の無かった?


 リチャードは一つの推測に行き着いた。権力欲に取り付かれた初代が、不老不死まで得た後は永遠にその座にありたいと願った。そして政治を牛耳った。それを良くないことと考え、辞めさせるために召喚をするアイシル。それを裏から阻止する初代。人形を破壊しないのはアイシルが召喚したという恩のため。

縁のあるアイシルは破壊はしないが、自分を追い落とす新しい少女は消す――何だか、浮気をした夫ではなく愛人を責める妻を思い出した。


 溜息をついて結論を出す。大方こんなところだろう。これなら不老不死は地獄と言ったアイシルの言葉も納得できる。こんな生き方しか出来なくなったら側で見ていて確かに地獄だろう。

 とはいえ、所詮は一つの仮説にすぎない。朝になって桃花が起きたらコズエという名前はいるのか聞いてみるか。……それにしてもアーサーのやつ、そろそろ交代なのに遅いな……?



◇◇◇


「きゃ――――――――!!!!」


 王城の奥深くで、若い少女の恐怖を体現したような叫び声が響いた。そんな悲痛な声なのに、それを聞いた先輩メイド達の反応はあっさりしたもので、それぞれまたか、と言いたげに重く息を吐き出した後、ベテランの一人が少女の下へ走った。


「見たのですね?」

「あ、あ、あれは一体……」

「見たのですね? あれを」

「……! な、何なんですかアレ! ってか見たのは二度目だけど、最初は変な生き物くらいに思ってて、でも今日もいつもみたいに掃除してたらあれが急に」


 新人メイドが動転している様をベテランメイドは注意深く観察していた。この少女は秘密を守ってくれる人間だろうか。


「……担当を変わりますか? 他に希望する人間がいないとはいえ、奇怪な動物だらけの部屋を新人に任せるのはこちらも心苦しく思ってはいました。ただし、給料は前と同じとはいきませんが」


 新人メイドは先ほどから手振り身振りで自分の受けた衝撃を表していたが、それを聞いてぴたっとやめた。


「……移動したら、減るんですか?」

「あれは精神的苦痛も考慮しての額ですから」

「じゃあ、続けます」


 新人メイドの声は微かに震えていたが、聞き間違えようのない、すっと通る声でそう言った。


 この前貰った給与明細、凄かった。あの額なら弟の学費だけじゃない、半分諦めていた祖母の病気の薬も買える。


「水槽から出てきたりはしないんですよね? ちょっと、時々アレなだけなんですよね?」

「ええ。それと言っておきますが、ここでの出来事は……」

「他言無用、ですよね? それはもうここに入る前に散々言われたことですし分かってます。誰にも言いません。王様やアイシル様でもなければ誰にも」


 メイドは覚悟を決めて、先輩達に謝りながら途中で放り出した北の大部屋の掃除に戻った。


「……」


 そこにはアレもいたけれど、メイド仲間がくれた耳栓をつけてやりすごす。

 時々人間の言葉を話すくらいが何。ちょっとホラーかもしれないけど、まだ明るいし、あの給料の後でここを辞めるなんて出来ない。


 掃除しながらメイドはふと思った。


 そういえばここ、メイドがやらない間はアイシル様直々にやってるんだっけ? 綺麗だし強いし地位と身分も凄いけど、やっぱりちょっと変な人……。お城で浮いてるっぽいの知った時は何でと思ったけど、確かに……だよね。


◇◇◇


 アーサーは結局、朝まで戻らなかった。目の下にクマをつくったリチャードが怒りを堪えて「どこに行っていたんだ? 桃花が心配じゃないのか? 俺も男だぞ?」 と聞き出すと、アーサーは一冊の本を差し出した。


「近くに王統と召喚少女に詳しい人間が住んでいて、そこにあった資料だ」


 その言葉にリチャードの怒りも驚きで吹っ飛んだ。


「おま、素振りの練習って、それにそんなものよく借りてこられたな」

「いや、借りてない」

「? 買ったのか?」

「……忍び込んで、盗った。人の命がかかっているから仕方ない。あと桃花に何かあったらそれはそれで俺が慰めればいいし。相手は……」


 恋の力ってスゲー。リチャードはそう心の中でツッコミを入れるだけに留めて、いまだ帰らないアイシルと寝ている桃花の目を盗んで資料を読み漁る。


「……王統は初代がどっかの地位ある人間と婚姻して出来た子供の血族……まあこれは誰でも知ってるが」

 資料には簡単な王家の紹介と……。

「シメオン……ご先祖か」

 リチャードの先祖に関する逸話が書かれていた。


「……う」

「リチャード? どうした?」


 謎の多い先祖、その彼の今まで見たこと無い発言とされるものが載っていた。いわく。


『失敗作だ。使ってはいけない。人の心が無いだけならまだしも、理解できないのはどうしようもない』

『それくらい何ですか、神を作ったと思えば、多少人間の機微に疎いくらい良いじゃないですか。人間同士だって多少頭がおかしいくらいの人がカリスマと言われることもあるのだし』

『……駄目だ、あの人形の危険性を理解できる人間が私の他にいない。こっそり壊しても今より酷い形で復元されるだけかもしれない。かくなる上は』


 ……と、錬金術師シメオンは考え、『異世界の人間にしか使用できない』 という機能をつけたという。


 これ、何だか厄介ごとを押し付けた感が拭えないんだが、まさかな……?

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