リチャード
アイシルさんとアーサー? さんは知り合いだったらしい。うん、知り合い。友達ではなさそうだ。アーサーさんの気まずげな雰囲気とアイシルさんのむっとした表情を観察する限り。超絶美形の不機嫌顔こわい。何か私から言ったほうがいいんだろうか? でも余計な事かもしれないし……と思っていたら、腕の中にいたソフィアが気がついたようだった。うん、まずはこっちが先だ。
「う……ここは……?」
「気がついた?」
最初は焦点の合っていなかった目が徐々に定まってくる。やがて私を確認すると、彼女は驚いた顔をした。
「どうして……あなたが私を……?」
どうしてと言われても。
「危なかったから?」
「……」
ぽかーんとした顔というか、鳩が豆鉄砲食らったような顔? 私そんなに変なことしたかなあ。だって見捨てたら後味悪いだけだろうし。
そんなお互いコミュ不足の会話を聞いていてどう思ったのか、アーサーさんが横槍をいれてきた。
「アイシル様、御覧のように、たった一人の妹が夢遊病なのです。私がついていないと何を仕出かすか分からない有様。ですからせめて容態が落ち着くまで看ようと、休暇を願い出た次第であります」
えーと、ソフィアが病気を持っているようにはとても思えないんだけど。いやでも私も異世界事情なんて知らないし……。でも何となく、この人妹をダシにしようとしてるようにも感じるし……。
「兄妹愛というものか。健気なものだな」
アイシルさんがそれを信じたのだろうか。そう返事した。いやでも分からない。声に抑揚がなくて淡々としてるから皮肉で言ってると言われたらそんな風にも思えなくもないし……。
「……ありがとうございます。では御前を失礼させていただきま……」
「待て」
妹を連れて去ろうとしたアーサーさんに、アイシルが鋭い声でそう呼び止める。
「この先の関所の通行許可を取りたい。出来るだろう?」
あ、そういうの必要なんだ。……必要なんだろうな。
「……恐れながら、アイシル様なら顔をお見せになるだけで通行可能だったのでは」
「彼女はそうはいかない」
と言って、アイシルさんは私を見た。あれ、私って足手まとい系主人公?
「……でしょうね。しかし、私にも父にもそんな権限はありません。そんな例外を通したら法が瓦解してしまう。それを取り締まるのは貴方の役目でしょうに」
「それもそうだな。では……いやその前に場所を変えよう」
事故の影響で人が集まってきていた。アイシルさんは私に手招きして路地裏に来るように指示した。横になっていたソフィアをどうしようか迷ったけど、「自分で帰れますわ、馬車も来ているのですもの」 と言って馬車のほうに向かった。馬車に乗る寸前、こっちを心配そうに見てきたけど、あれはアイシルを取られるんじゃないかって思ったから? 完璧に振られたくせにしつこいよ。
乗ったのを確認して、アイシルさんとアーサーさんの後を追う。
人気のない場所で、彼らは既に密談していた。
「そんな無茶な!」
「出来ないとは言わせない」
前後を聞いてないから話の意味が分からないんだけど、どうしてアーサーさんは狼狽してるんだろう?
「旅券偽造なんて、知られたら家がどうなるか……」
え、ええ!?
「ならどうしてリチャードとかいう男を雇っている? 知っているぞ、あいつは偽造の罪で一回牢に入った男だろう?」
「野に放つのは危険だからです。それ以上でもそれ以下でもない」
「この件は誰にも言わない。お前が言わなければ誰にも知られることはない。それとも、僕を敵にするか?」
あれ、漫画や小説で出てくる主人公の旅路って、こんな薄暗い手段使ってったっけ……。というか、アイシルさんってこわ……ううん、一回殺されかけてるし、身体にも事情がある人だもの。手段なんて選んでられないんだよね。きっと、そう。
あんな綺麗な人が、怖いことを考えるものか。
「……父にも妹にも、どうかこの事を伝えないで下さい。これは俺の独断です。リチャードのところへ案内します」
アイシルは勘付いていたかもしれないが、桃花には分からなかった。アーサーの言葉の意味が。『万一の時は、自分一人が罪を被る』 そう言外にあったことを。
アイシルは強くて無敵なんだから、さっさと了承すればいいのにと心の中で思いながら、桃花はアーサーをちらりと見た。目が合った。
世話になる人だしと考えて、桃花は深い意味なく微笑んだ。アーサーは急に赤くなって顔を背けた。
素朴な少女だ。どこにでもいそうな、普通の。
彼女も今までの少女と同じように死んでいくのだろうか。
妹を助けてくれた恩もあるし、こうして関わってしまった以上、出来ればそれは阻止したい。
目の前の化け物がそれを許すかが問題なのだが……。
◇◇◇
桃花とアイシルが案内された家は、アーサーの領地の片隅にあった。しかも地下の部屋にその人は居るという。
「そんなに問題がある人なの?」
処遇の微妙さに、地下への階段を降りながら思わず桃花が問う。それにはアーサーが答える。
「問題……というか、優秀すぎてどうしても浮いてしまう人は何と形容していいのでしょう」
「それって、地動説唱えて迫害されるようなものかな?」
「ちど……? 何にせよ、納得頂けるなら幸いです」
レディーファーストの習慣でもあるのか、アーサーはまず桃花を先に案内した。「暗いから転ばないように」 と手までとってくれる。
すぐ近くに思い人のアイシルがいる桃花は「ありがとう」 と言って、好意を無下にしないために手はとりつつも、絶対に転ばないように最新の注意をはらった。好きな人に無様な姿を晒したい人間はいない。
レディーファーストにも動じないし、自分でもちゃんとやろうとする私! と桃花は後ろのアイシルのチラチラ見るが、アイシルは黙って歩くだけだった。
私、当たり前のことでいい気になっていたのかな……と桃花は少し気を滅入らせる。
そんな桃花の様子を暗がり、もしくはアイシルを怖がっているのかもしれないと解釈して、ますますアーサーのエスコートが優しくなった。桃花はちょっと鬱陶しいと感じた。
しかし階段もそんなに長くないので、すぐに目的の人間がいる部屋の扉の前に辿り着いた。
「ここです。……あの」
先導しようとしたアーサーは少し困った顔をして、入る前に桃花とアーサーに忠告する。
「やつは変人なので。色々不愉快な思いをされるかもしれません。自分も出来るだけ努力いたしますが、とりあえず注意だけ」
天才と変人は紙一重っていうしね、と桃花は深く考えない。やがて鍵が開けられ、中の様子が見えてくる。
書斎みたいな部屋だった。沢山の本。チラチラと動くいくつものランプ。机。羽ペン。広げっぱなしの紙切れ。
ムードがないと思ったのは、床で本に埋もれて寝てる渦中の人物くらいだ。すーすーという寝息も脱力する感じだ。
「……リチャード!」
それをアーサーさんが本を引っぺがして起こす。大声で起こされた人物はしばらくぼんやりとしていたが、やがてすぐ状況を理解したのか、すっと立ってこっちをジロジロと見てきた。朝に強そうな人だなあ。
「まったく今日みたいな日に限ってお前は……」
「アーサー、こいつらもしかして、『神に愛された人形』 と『召喚少女』 ?」
見ただけで説明不要の人って話が早くて助かる。それなら偽造の件も察してくれてるかなと思っていたら、リチャードさんはずんずんと歩いて私の前に来た。何?
「へー、へー、マジ異世界人! ねえ、解剖していい? 血液……いや尿だけでも!」
近くにあった本で、アーサーさんは思いっきりリチャードさんを殴った。ああ、ボケとツッコミなんだなあと私はちょっと現実逃避をしていた。
「すみませんすみません、こいつ本当におかしいんです」
「大丈夫です。聞いてましたし……」
謝り倒すアーサーさんを前にさすがに怒る気にはなれない。うん、ちょっと引いたけど、変人なら仕方ない、仕方ない。ストッパーもいるし大事にはなるまい。
とはいえ、殴られたリチャードさんは頭を擦りながら不満を露にした。
「何でお前が叩くんだよ、少女になら仕方ないかなって思ってたけどよ」
「友人が女性に乱暴しかねないのを見て、止めないのは友ではない」
「でも友なわけね。そりゃどーも。でも俺は大事なことは先に言うタチなだけだぜ? どうせその子死ぬんだろ? 今までの子みたいに」
空気が凍った。主にアーサーさんの怒りの形相で。私は……正直今までの人知らないし、一緒にされても困るって感じかな。あれ? これ他人事みたいにしちゃまずいかな?
「そうさせないためにも、リチャード、お前の腕を買いたい」
場の空気が変わる。アイシルさんが厳かな声で言ったから。
「俺?」
「旅券の偽造を二枚」
「……なるほど。それなら二日かかるな。で、手間賃は?」
「そんなものは無い。だが死にたくはないだろう?」
し、失礼な人だからアイシルさんが多少高圧的になるのも仕方ないんだよ。うん。
「……お前……」
「リチャード! ……俺から出す。二人とも申し訳ない。今日はもう遅い。今夜は我が家にお泊まりください。口の堅い侍女に言ってあります」
最後はちょっと波乱を含んだ終わり方だったけど、とにかく交渉は成立。偽造旅券が出来るまで、私達はアーサーさんのお城に泊まることになった。今度はアイシルさんに誘導されて地下の部屋を出る。アーサーさんはリチャードさんとお話してから来るといって、そのまま部屋に残った。まあ、関係ないけど。
◇◇◇
「リチャード、お前が知っている情報を全部出せ」
「何だよ急に」
二人が去った地下の部屋では、アーサーがリチャードに詰め寄っていた。
「一度見聞きしたことを忘れない記憶能力……それのせいで迫害され、定住できず放浪していたと聞く」
「まあな。でも放浪していたのは半分趣味だが」
「それはいい。今はあの人形、アイシルについて知っている情報を全部出せ。これは雇い主である俺の命令だ」
「はぁ……?」
何かがおかしい。自分の主がやけにムキになっている。アーサーがこんなにムキになるのは、初恋のお姉さんが結婚して以来の……あ。
「お前、まさかあの少女に惚れた?」
直球に言ってみたら、アーサーは顔を真っ赤にしてして否定しだした。当たりかよ。
「ち、違う! 彼女は妹を助けてくれたんだ! だから俺は人の義として彼女を無謀な旅から解放しようと、とにかく惚れてなどいない!」
「あー悪い悪い。で、どうして人形の情報なんだよ」
「……神話にも教科書にもなっているのに、俺達はあいつのことをほとんど知らない。そもそも、何でずっと異世界から少女を呼ぶなんてことしてるんだ?」
そのアーサーの言葉に、リチャードは近くの本棚からさっと本を一つとってページを捲る。そして書いてあることを音読する。
「……『錬金術師は言いました。この人形が悪用されないように、この世界の人間には使えないように細工をしよう、と。弟子はそれを解こうとしましたが、どうしても劣る弟子ではできませんでした。仕方なく、錬金術師が残した別の文献をもとに、異世界から人間を召喚しました。その人間はこの世界の戦争ばかりの現状を憂い、人形を使役して世界を平和にしました。今でも人形は異世界から人間を呼びます。それはこの時の名残なのです』 だとよ」
「だが、それで呼ばれた少女は……」
リチャードはまた別の文献を手にし音読する。
「『論文。アイシルの習慣たる召喚について。彼が召喚を行うのは、父たる錬金術師が定めた本能である。しかしそれは世界が荒れていたからこそ成り立つものである。平和な時代に異質な異世界人などどうして必要だろうか。中には独自の正義を振りかざす者もいたため、百年前、王家は召喚者を討伐してもよいという命令を独自に出した。定期的に行う召喚で呼ばれるのは主に少女達だ。最初こそアイシルに気づかれないように暗殺の形をとり殺してきた。しかし数年前についに気づかれる。次の召喚少女の運命が気がかりだ』 ……ってあるな」
アーサーは深い溜息をついて近くの椅子に座り込んだ。
「どうして……召喚にこだわるのか」
「そういう風に設計されてるんだろ?」
「他人事のように。錬金術師はお前の先祖だろ」
そのアーサーの言葉に、今までひょうひょうとしていたリチャードの目が細められる。
「才能を受け継がないなら血は継いでも魂は継いでいない。他人だ」
「……悪い」
しばらく、無言の時間が続いた。それを破ったのは、桃花のこれからの運命に頭がいっぱいなアーサーだった。
「桃花は死ぬのか? これまでの少女達のように」
「あ」
その言葉に、何かを思い出したリチャード。
「リチャード? どうした」
「いやちょっとな。昔親に連れられて戸籍管理してたんだけどさ。特に死亡届け関連」
「それが?」
「……そこには召喚少女達の死亡届もあった。少女一、二みたいに書かれて、簡単な死因。実際は暗殺だろうけど、食あたりだの持病だのあった」
「王家の裏側だな。で、それが? まさかそれに桃花が加わるとか言わないよな?」
「……初代のが、無かった。最初だから忘れられてるだけかもしれないが」




