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ソフィア嬢

 領主の息子で跡継ぎのアーサーは困っていた。口が達者で生意気盛りの妹が「外に出たい」 と言ってきかないのだ。

 数時間前は侍女にまとわりつき、時に脅し時に宥めすかし、それでも無理と悟ると父に媚を売りに行き、その父も「今日は……いや少なくとも数日は無理だ」 で断ると、最後は兄の自分におねだりする。


 お前の中で俺のランクはそういう事なんだなよく分かった。


「出来ない」

「どうしてよ!!」


 妹――ソフィアはぎゃんぎゃんと喚いている。どうしても外に出たいらしい。その理由を知っているからこそ、誰も許可できないのだということを、12歳のソフィアには理解できない。それを知ってか知らずか、ソフィアは延々と駄々をこねる。


「『アイシル様』 がこちらにいらしてるのでしょう? 私も見たいわ! 挨拶出来ない身分ということは無いでしょう? 私だってここを治める領主の娘で、正妻の子。お兄様がいなければ私が跡継ぎなのよ? それにこちらから出向くならまだしも、『アイシル様』 がここにいらしているのであれば……」


 妹がその名を口にした瞬間、吐き気がした。それを尊いものみたいに言う妹が小憎らしく思えるほど。


「やめろ!!」


 思わず怒鳴ってしまう。そうしてからハッとする。親にも怒られたことのないソフィアが、信じられないという目でこちらを見ている。


「……もう、いいわ。お兄様のバカっ!」


 買ったばかりのドレスの裾を揺らして、彼女は廊下を走っていった。

 ……やってしまった。ソフィアはまだ何も知らないのに。

 だが、いつかは分かってくれるだろう。今日いっぱいは自室で泣き暮らすだろうが、それでも外に出られるよりはいい。



 先遣隊からの連絡が来ない。あの人形は、全員殺したのだろうか。となると、召喚少女は生きているのだろうな。今回(・・)は王都に辿り着くのだろうか?


 あんなものが普通の人間面してその辺りをうろついてるなんて、おぞましい。


 ……やめよう。暗い考えに浸るより、前向きにならなくては、跡継ぎとして。

 今日の予定は確か、午前中は視察。それが終わり次第、リチャードのところに行って……。


 そんな風に、廊下で窓の外をぼんやり眺めながら考える俺に、小間使いの一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「大変です! ソフィア様が! 侍女の話では外に出たかもしれないと……」



◇◇◇



「このストールを被ってください。深く」


 アイシルさんに連れられて、私、桃花(ももか)は異世界の街の前に来た。でも町に入る前に着替えが必要と言われ、体型が分からないようなゆったりした服、それに大きめのストールを手渡される。


「はい。でもどうして?」

「……顔を知られると、面倒ですから」


 いきなり殺されそうになるくらいだもんな。きっと色々あるんだろう。私は何にも知らないし、命の危険を犯してまで聞こうなんて思わない。大人しく言う事を聞いてストールをふわっと巻く。


「分かりました。これでいいですか」

「はい。では行きましょうか」


 そこは異世界の市場みたいなところだった。出店に色んな商品が並べられている。心なしか男性が多いみたいだけど、まあそんなところもあるだろう。そんな中をはぐれないように手を繋いで歩く私達……あ、ちょっとデートみたい。思わず顔がにまにまする。そうしたら不審に思ったらしいアイシルさんが聞いてきた。


「どうしました?」

「あ、いいえ、何でも」


 使命を果たしに行く途中なのに、浮かれていましたなんて言って呆れられたくない。何か……。


「い、異世界の空気が肌に合うなあ! なんて」

「……そうですか、それは何よりです。まあ合わない者は自動で落としてますが」


 アイシルさんはクールだった。あと無駄な事は喋らないっぽい。でも仲良くなりたいな、どうしたら話して……こっち見てくれるかな。

 アイシルさんはさっきからずっと前を――王都のほうばかり見ていて、それが何だか苦しい。まるで恋しい人を見てるみたい。王都に誰か知り合いでも? ……そりゃあいるんだろうな。でも私が必要で呼んだなら、私だけ見てくれればいいのに。


「アイシルさんには、願いはありますか?」


 自分でも無意識にそう聞いた。役目を果たしたら願いを叶えるみたいなこと言っていたけど、それをアイシルさんのために使ったなら……少しはこっち見てくれるかなあ?


「願い……」


 アイシルはふと昔を思い出した。


『私、貴方と生きたい』




「アイシルさん?」


 気がつくと、桃花に心配そうに顔を覗き込まれていた。いけない。


「……願いは、ありません。あるはずが無い……。僕は」


 その時、砂埃を撒き散らして馬車が横を通り過ぎた。この世界の交通移動手段は馬車らしい。


「けほっ、けほっ……あ、すみません、今なんて?」

「いえ……何も」


 砂埃を吸い込んで一時的に喉を痛めた桃花は、アイシルの言葉を聞き逃す。聞いていれば、もしかしたら何かが変わったかもしれなかったが、この時点ではそんなことは分からない。

 多くを語らない様子をミステリアスだと思う桃花だが、大事になるまで喋らないだけだと気づくのは、もっと後の話だ。桃花は年頃の少女らしく、美しいアイシルの遠くを見つめる姿に酔いしれていた。


「けほっ……やだもう。乱暴な運転ね。城に戻ったらお父様に言いつけてやるんだから」


 その時、少し離れた場所で少女が同じようにむせていた。十二、三くらいの、若く可愛らしい少女だった。どこかのお嬢様なのだろうか、着ている物が桃花達より立派で、街を歩くには少し不釣合いな感じだった。ただ申し訳程度に、桃花達と似たような安物のストールを巻いている。

 迷子かもしれない。そう思って、桃花は少女に駆け寄る。アイシルにいいところを見せたかっただけでもある。


「大丈夫? 怪我はない?」


 お姉さんっぽく話しかけるも、その少女には通用しない。少女は桃花を一目見て不愉快そうに眉を顰め、顔を背けて返事をした。


「何ですの? みすぼらしい方。私は人を探してるのであっ……て」


 おざなりな返事で立ち去ろうとした少女の顔つきが変わった。自分が異世界人だと気づかれたのかと一瞬桃花は思うが、少女の視線の先に気づいてハッとする。 

 アイシルを見てる。ストールを巻いただけじゃ、近くまで来られたら気づかれてしまう。綺麗なアイシルに――。

 桃花の懸念は当たり、少女は桃花を突き飛ばしてアイシルに駆け寄った。


「あ、あの、あの、アイシル様ですわよね?」

「……」


 頬を赤らめてまさに恋する少女といった風情で、感激を抑えきれずにアイシルを見つめて話しかける少女。桃花の嫉妬心がくすぶったが、当のアイシルが興味なさそうにしていたため、すぐに理性が勝った。


「まあ、申し訳ありません。私ったら名乗りもせずに……ここの領主の娘、ソフィア・ミストレルと申します。兄はアーサー、王都で貴方様の部下を勤めておりますわ」

「……ああ、アーサーの妹君か。初めまして」


 再び桃花に嫉妬が湧き上がる。領主の娘? 部下の妹? 自分の知らないつながりを持つソフィアという少女に、胸の中が嫉妬と理性でぐちゃまぜになり、吐き気が込み上げる。高校生が小中学生みたいな年の子に嫉妬なんて情けないと思いつつ、でもこの世界で他に頼れるものがいない自分にはアイシルしかいない、恵まれてる立場なら盗るなという自己正当化。

 桃花は、普通の少女だった。そんな桃花の様子をあえて無視していたソフィアは、ここでちらりと桃花を見てアイシルに言う。


「ええ初めまして。……ところで、そちらの貧相な方が、今回(・・)の召喚少女ですの?」

「えっ……」


 今回? 今回ってことは……前もあったの? アイシルさん、私のほかにも少女を召喚していたの?


 アイシルに不審が芽生えた桃花だが、来たばかりの時に殺されそうになったのを思い出し、過去はそうやって殺されてきたんだろうと無理に自分を納得させた。


「そう、桃花という。これから王都に行くので……」


 先を急いでいるからこれで失礼する。そうアイシルは言いたかったのだが、それはソフィアに阻止された。


「まあ嫌だ。先ほどの態度といい、どこの階層出身なのかしら。育ちが知れる言葉遣いにおどおどした態度。アイシル様、これなら私のほうが使い物になりますわよ?」


 悪意をぶつけられて、桃花は咄嗟に自分を恥じた。確かに、日本ではただの庶民で、女子高生で、偉い人と会うための行儀作法だなんだって、遠い世界のことだったから。

 ぎゅっとストールを握って、うつむいて、ただこの嵐がすぎるのを耐えようとした。


 そんな桃花の様子を見たアイシルは、ソフィアに冷たい言葉を送った。


「冗談。この世界出身ってだけで使い物にはならない。そんなに使い物になりたいなら、死んで生まれ変わればいい。では、先を急ぐので。行こう、桃花」


 手が白くなるほどストールを握り締めていた桃花の手を優しく取って、アイシルは歩き出した。その動作が酷く優しく思えて、桃花はうっとりとした。気持ちに余裕も出て、ふと、後ろのソフィアはどうしているのかと振り返る。


 可哀相になるくらい、蒼白な顔色だった。目の焦点も合っていない。ちょっと待って、ソフィアさんが……そうアイシルに言おうとして、ソフィアの後ろから馬車が迫っているのに気づいた。ショックの余り何も聞こえていないのか、ソフィアは仁王立ちしたままだ。後ろを振り返らないアイシルはそのことに気づいていない。馬車は気づくと思ってるのか、方向を変える様子もない。


 手を振り払った。そして駆け出した。ソフィアにタックルするようにして道の端に二人揃って移動する。




「……もしや、ソフィア様? ソフィア様ではないか!」


 舌打ちしながら去ろうとした御者が、ソフィアの避けた拍子に取れたストールの下の素顔を見て言った。よく見ると、さっきの馬車より高級そうな感じの馬や乗り物、御者の服……。いいとこのお嬢様だとは聞いてたし思ってたけど。


「ソフィア!? お前こんなところに……。そちらの方が庇ってくれたのか?」


 御者の驚きを聞いたらしい、精悍な顔つきの金髪の男の人が、馬車の中から出てきた。アイシルさんには劣るけど、結構かっこいいな? あと、ソフィアにちょっと似てる?


「ありがとう、お名前は?」

「桃花……」

「桃花? 変わった名前だな。それにこの時期に女性一人で歩いている……ってことは……」


 ハッとした様子の男の人は、急に辺りをキョロキョロと見回し始めた。?

 やがて、アイシルに視線が行き着く。


「アイシル、様……」

「一月ぶりか? アーサー。療養中と聞いていたが、元気そうだな」


 気を失っているソフィアを抱いたまま、私は事態についていけなくて少しの間ぼーっとしていた。

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