拠り所
もうどれくらい歩いただろうか。随分と歩いた気がしたが、いっこうに終わりは見えない。
後ろを振り返れど扉はもう見えない。先に進むしかないのだ。
まっすぐ伸びた道の先に何があるのか。天国か、地獄か、それとも別の何かか。
「まさかとは思うが…俺、死んでいないよな?」
当たり前だが答えは返ってこない。
リストカットをしたからといって、あの行為が死にいたることなど殆ど無い。ましてや自分の部屋で行ったのだ。血はすぐに止まるはずだ。
それに、死していたとしても、鏡が現れたときのあの感覚。それに、扉のドアノブの感触。あまりにリアルではないか?
「…!?いってぇ!」
悶々と思考を巡らしながら歩いていると、何かにぶつかった。扉だ。今度は黒い。周りの色と同調しているので全く気づかなかった。
「紛らわしいにも程があるだろう…」
例のごとく裏を覗き込むと、その先に道は続いていなかった。
「終着点ってことか」
今度は銀のノブがついている。触るとやはり冷たい鉄の感触が手に残る。
大飛はしばらくこの扉を見つめていた。
この先に何があるのか?
死が待っているのか。そう考えると、少し戸惑った。だがもう戻ることは叶わない。それに戻ったところで待つのは、変わらぬ退屈な日常。自分で自分を殺したくなるほどの自己嫌悪。
いっそここで朽ち果てようと、それに後悔することは無いだろうと、そう思った。
思い切り扉を引く。
目に飛び込んできたのは、眩むほどのまばゆい光、そして白い部屋。
一瞬、また戻ってきたのかと思った。
だが決定的に違うところがある。誰か居る。
「やぁ。…やっと辿り着きましたね」
そう発したのは、これまた古風な紳士服に身を包んだウサギ。とある童話のウサギを容易に思い出させる。そのウサギが部屋の奥でこちらを見つめている。
「さぁ、遠慮せずに中へ」
明るい口調で大飛を招き入れる。
「ようこそ、新人君。僕の名前は、二つ名を「先駆者」、皆からはラビットと呼ばれているよ」
「…?」
「どうしたんだい?」
「どうしていきなり二つ名から名乗るんだ?二つ名は肩書きだろう?それに、《呼ばれている》って?あだ名か?まず本名は?」
疑問が解けたからなのか、こちらに笑みらしい表情を浮かべてきた。顔はウサギのくせに表情豊かだ。
「それはね、ここでは本名を名乗る必要が無いからだよ。名前なんて形だけさ。好きに名乗ったらいいよ。因みに僕がそう呼ばれているのは「先駆者」という二つ名と容姿からだね。童話を彷彿とさせるそうだよ」
全くその通りだと、大飛は思った。
「そうだ、皆も紹介しなくてはいけないね」
「え?」
よく見ると他にも数人居ることに気が付いた。全く気配を感じない。
「まずは、君と同じ新人のフェアリーだ。君と同じタイミングで入ったはずなのに彼女の方が断然早かったよ?」
そういって紹介されたのは、髪も白、肌も白、目でさえも真っ白な人だった。髪は踵まであり、とても綺麗な髪をしている。フェアリーと呼ばれるのはその容姿からだろうか。
「えっと、はじめまして」
挨拶すると、こちらを向いて微笑んだ。確かにとても綺麗で妖精のようだが、その白い目が全てを見透かしているようで少し怖い。
「待っていたわ。これから仲良くしましょうね」
その仲良くするのが嫌な予感しかしないのは何故だろう。
「君にも二つ名が?」
「あるわよ。聞きたい?」
「…まぁ」
ゆっくりとこちらにフェアリーが近づいてきた。グッと顔を近づけ、耳元で囁いた。
「…狂愛」
驚いて声が出ない。その容姿からは想像もつかない予想外の二つ名だった。
彼女はクスッと少し笑うとまた離れていった。
「さて、お次は…彼。骸骨」
どうやら、呼び名はかなり適当らしい。その呼ばれた《彼》は呼び名そのものの姿である。
「二つ名は奇怪だよ」
ラビットは飄々とした感じで言った。確かに奇怪で奇妙だ。骸骨が黒いつなぎを着て座っている。
「よぅ、新人…クックック…ここに新入りが来るとはね…」
ケタケタと肩を揺らして笑っている。ただ骸骨なので表情が変わらない。本当に笑っているのかさえ怪しい。どこから声が出ているのかとも思ってしまう。
「次に姫と黒騎士だ。姫は僕と同じ古株なんだよ」
今度は真っ黒い鎧に身を包んだ騎士と、珍しく一人だけまともな人の姿をした女の子がいた。
ドレスを着た姫は椅子に座り、その横に黙した騎士が立っている。
「はじめまして、新入りさん。私の二つ名は「残滓」、そして黒騎士は「影」です。これからよろしくお願いしますね」
大飛は心の底から「まともな人」がいてよかった思った。ただ隣の黒騎士が妙に気になる。さっきから微動だにしない。生きているのかだけでも確認する為に話しかけてみることにした。
「はじめまして」
「…」
「よろしくお願いします」
「……」
「聞いてますか?」
「………」
完全に無視である。
「彼は殆ど喋らないんです。お気になさらずに」
と、姫はいうが、気になって仕方が無い。何故喋らないんだろうか。
「そんなことよりラビット。彼の名や二つ名は何なのです?」
「あぁそうだね。うーん…名前はピエロでいいね」
お前が決めていたのか。
「二つ名は《上》からちゃんと聞いているよ。まぁ二つ名も、容姿と変わらないんだよね」
「じゃぁ道化師か?」
逆に聞くと「そうだね」と変わらず飄々と答えられた。
容姿と二つ名が同じ。それに上からとは?
「そういえばここはどこなんだ?」
「あぁ!まだ説明していなかったね。ここは《Heart's》。
…心に傷を持ったものの拠り所さ」




