キッカケ
いつも通りの帰り道。景色も相変わらずな駅前の通り。
バイトを終え、疲れを存分に見せた重い足取りで大飛は歩いていた。
「…疲れた」
大した仕事など一切していないが、疲れる。主に精神疲労。
理由は彼の心にあった。
「あ、大飛」
前から声をかけられた。元彼女だ。傍らに男を連れて立っている。
「あ…」
大飛の口からは腑抜けた声しかでなっかた。
「誰?知り合い?」
「うん。元カレ」
よくそんなことが言えたな、と大飛は思った。
彼女とは二年ほど前に別れている。大飛がフラれたのだ。
彼女にとって大飛は寂しさを忘れるための「繋ぎ」だった。だが彼はそれでも好きでい続けた。しかし結末は傷つけられ捨てられた。
大飛の疲れる理由。それは心の傷。彼女につけられた傷はまだ癒えず心に残っている。そして人を信じきれず、疑い続け、人に歩み寄れない自分へのもどかしさ。色々なものが彼の心に重くのしかかっていた。
「何してるの?」
あっけらかんとした顔で聞いてくる。
「…バイトの帰り」
「じゃあこれから暇?彼氏とその仲間と飲みに行くんだけど…」
彼氏とその仲間と飲みに?その時どう紹介される?元カレです、と?
耐え難かった。
「ねぇ、一緒に…」
「悪いけど。…友達面とかそういうのやめてもらえるか?俺とお前はもう何でもない。友達でもない。…俺は…アンタを元カノだなんて思いたくもない」
「え…」
虚を突かれたような顔をした彼女の横を通り抜けようとすると彼氏に腕を摑まれた。
大飛の中で何かが弾けた。
振り向きざまにその男の顔にキツイ一発をおみまいした。綺麗に顔面に一撃をくらった男は地面に突っ伏し、それを冷ややかな目で見下し、
「お前も気をつけろよ。いつ浮気したっておかしくない女だからな」
そう吐き捨て立ち去った。
最低な男だと、自分でも思った。
最悪だ。苛立ちが大飛の中につのっていく。
元彼女に再会してから数日が経ったが、憂鬱な気分は晴れないでいた。
久々の最大級の憂鬱。吐き気さえする。
大飛はこの日バイトを休んで家に引きこもっていた。自室で寝転び何もせずに過ごしていた。休日もろくにとらずバイトに明け暮れる大飛にとって喜ばしい筈の事なのだが、先日のことが頭から離れない。
「もう…忘れたと思ってたのにな…」
頭の中でグルグルと回る楽しかった思い出と辛い過去。どんなに払拭しようと消えてはくれない残像。
あの女の言葉が甦ってくる。
「…くそ……つっ!!」
肉と皮を切る感触。左の手首から鮮血が滴り落ちる。
ストレスの矛先がない。何にぶつけていいかもわからない。そして結局そのストレスは自分に向けられる。リストカットという形で。
痛みに酔いしれながら、天井を見上げていた。切った時は気分がいい。だが直後に来る虚無感。そしていつもの台詞。
「何やってんだろう…俺…」
血が止まる頃、大飛は深い眠りについていた。




