第一話 問題児たちは今日も変わらない
…―――――キーンコーンカーンコーン。
高校の昼休み。
教室の窓から差し込む春の日差しは暖かく、普通の高校生なら友達と昼食を囲んだり恋人と連絡を取ったりしている時間だろう。
だけど、僕―――神代悠真は違った。
机に頬をつきながら窓の外を眺める。
別に黄昏ているわけじゃない。ただ暇なだけだ。
「悠真~」
聞きなれた声が聞こえた。
教室の扉から小柄な少女が入ってくる。教室内にいる男も女も小柄な少女を見て頬を赤く染めているのがわかる。見た目だけなら美少女な彼女はいつも通り、当たり前の顔をして俺の席へ来る。
「会いに来たよ」
少女の名前は真城みかる。高校二年生。病弱。学園一の美少女。そして、大人たちが頭を抱えて悩んでいる問題児。
――他学年の教室へは入ってはいけない。この高校ではそれがルールだ。揉め事を減らしたい大人たちが作ったルール。それをこいつ、みかるは平気で破って入ってくるのなんて日常茶飯事。
もちろん教師は何度も注意した。だがその度に『じゃあ、悠真が私のクラスにお迎えに来て?』『私が入っても皆騒がないよ?』『体弱いから、幼馴染を頼りたいだけなんです…』『先生…、ダメですか…?』と泣き落とししていた。教師も体が弱いことは知っているし、まあ、あいつらも人間だ。顔の良い幼馴染に泣き落としされたら顔も下半身もまあだらしない。ニコニコした顔で『今日だけだぞ』と言うがそれはもう何百回も使っているだろう。
「…今日もサボり?」
「違うよ」
「違うんだ」
「保健室に行こうと思ったけどなんだか悠真に会いたくなって。…来ちゃったっ」
「サボりたいが為の言い訳にしか聞こえないなあ」
「ふふっ悠真のこと大好きなのはホントだもーん」
そう言いながら僕に抱き着いてくるみかる。
「はいはい」
全然こいつは反省してない。むしろ褒めてほしそうな顔をしてる。そう考えながら無意識にみかるを抱え混んで膝の上に座らせ抱きしめる。あぁ、今日もみかるは楽しそうだ。
そんなことを考えていると教室内にいた女子生徒や男子生徒の悲鳴が聞こえた。
「きゃーっ!」
「葵くん!」
「今日もかっこいい!」
「好きだよ、葵くん!」
「ありがと~」
悲鳴の中心にいる人。僕の幼馴染、小鳥遊葵だった。金髪。イケメン。チャラい。どことは言わないが緩い。男女問わず距離感がバグっている。そんな葵は昨日、付き合っていた彼女と別れたらしい。期間は三日。最長記録だ。
「お前なー…もう少し静かに来いよ」
「皆俺のこと好きなんだもん、俺もみんなのこと好きだし~」
「葵は本当に人が好きだよね」
「好きっていうか~なんだろ?愛して愛されるのが当たり前?みたいな~?」
「でも別れたんだろ?」
「失礼だな~悠真だってよく振られるじゃーん」
「ねえ、理由はなんだったの?もしかしてまたアレ?」
「そ~アレ」
アレ。僕も葵もみかるも。他二人の幼馴染も同じ理由でいつだって振られる。僕たちは告白したことはない、告白されて付き合うのに、だ。必ず振られる。理由はいつだって同じ。シンプル。
「幼馴染優先がそんなに嫌なのかね~?」
そう。”幼馴染最優先”だからだ。
付き合うときに必ず条件を告白してきた相手に伝える。それが可能なら付き合う。だが、現実はいつだってうまくいかない。
「いち、彼女より幼馴染を優先する」
「に!幼馴染に嫉妬しない!」
「これが付き合う時の絶対条件。
「あの時はわかったっていったのに”私のこと優先してくれないの?好きじゃないの?”っておかしなこと言うよね~俺は悠真たちと一緒にいたいだけなのにね~」
「彼女よりみかるのこと優先したときは泣かれたなあ」
「んー?なんでわからないんだろうね」
僕も葵もみかるも本気だ。他二人の幼馴染も当たり前の顔で当たり前の口調で言うだろう。だが周囲にいる女子も男子も微妙な顔をしている。それはそうだろうなあ。普通だったら恋人を優先するだろう。だが、僕たちは違う。
”幼馴染”
それが最優先だった。
「―――理解なんて他の人には無理なんじゃないかしら?」
そう言いながらこっちに向かって来たのは中世的な美貌。肩まで伸びたアッシュピンクの髪。バッチり化粧をしいる春川佐倉だ。
「あれ~?佐倉そのカーディガン新しいやつ~?」
「よく気づいたわね。春らしくピンクにしたのよ。どう?」
「似合ってる~」
「でしょ?みんなにも買ってきたのよ、あとで渡すから私の家に放課後集合ね」
「これ高くないのか?」
「たいしたことないわ。お金だけはあるんだから気にしないで」
「ねえ、佐倉。放課後ならみんなで着てプリクラ撮りに行こうよ」
「さんせ~!千翔も皆でって言ったら着てくれるし~」
「じゃあ千翔にも伝えないとな」
「伝えなくていいでいしょ。あいつも来るわよすぐ―――…」
その瞬間、空気が変わった。ざわり、と。生徒たちが全員一斉に視線を向ける。その先にいたのは話に出ていた張本人。短髪。三白眼。身長が185cmもありガタイもいい。―――仙崎千翔だ。
教室の扉にもたれている千翔はゆっくりと教室内を見渡す。ただ見てるだけなのに教室内にいた生徒は目を逸らしたりその場から離れようとしている者もいた。歩いているだけのに怖い。見ているだけなのに怖い。ただそこにいるだけで怖い。それが周りが思う千翔の印象だ。
「千翔ー!こっち!こっちだよー!」
みかるが千翔に手を振る。
「…他学年だぞ、みかる」
はぁ、と溜息をこぼしながらゆっくりと教室内へ歩みを始める。
「おら」
その手にはコンビニの袋。昼食を買ってきたのだろう。
「ありがとう」
「ちゃんと食え」
「はーい」
みかるは当然のようにそれを受け取る。周囲の生徒も僕たちも見慣れた光景だ。みかるはよく昼食を忘れる。千翔が持ってくる。それだけの話。ずっとそうだったから。
「ココ、座っていいのか?」
「いないからいいんじゃないかな?」
僕はぐるっと教室内を見渡して千翔に伝える。
千翔が近くにあった椅子に座った。それを見たみかるが僕の膝の上から千翔の膝の上に移った。
みかるが千翔から受け取った袋の中身、メロンパンを手に取ると千翔に渡す。そしてそれを当たり前のように千翔が袋を開けてみかるの口に運んであげる。
「そろそろ自分で買え」
「やだ」
「ちゃんと椅子に座れ」
「いや」
「自分で食べろ」
「千翔がいい」
「生きるの向いてねぇな」
「だから皆がいるんだよ?」
「そうかよ」
千翔は呆れたように溜息を吐く。これが千翔とみかるの日常だ。生まれた時から親同士が仲良く家も隣、生粋の幼馴染の二人。きっと周りから見たら変な光景だろう。でも僕たちにはこれが当たり前の光景で普通なんだ。
「そういえばさ~」
葵が突然口を開く。
「せんせ~に進路聞かれちゃった~」
「へえ」
「留年しようかな~って」
「…あ?」
千翔の少し威圧気味の声が響く。
「それ僕も同じこと考えてた」
「やだわ、私もよ。仲良く3人一緒に留年しましょ」
僕と葵、佐倉は高校3年生。みかると千翔は高校2年生。留年すれば5人で卒業できる。きっと二人もその考えだろう。
「みかると千翔とまだまだ一緒にいたいし~」
「私もよ。まだ楽しいことやりつくしてないわ」
「まあ、5人で卒業も悪くないね」
3人留年決定。そうとなれば今年は存分にサボろう。
「お前らなあ…」
千翔がまた呆れてる。口元が引くついているのが見てわかる。
「千翔だって嬉しいくせに~みかるも嬉しいしょ~?」
「んー…さすがに卒業はしたほうがいいと思うけど…」
「私たちの気持ちわかるでしょ?皆でいたいのよ」
二人は微妙な顔をしているがもう俺たちの中では決定事項だ。覆ることはにだろう。
―――他4人のことを色々言っているが、僕も大概だろう。自覚はないけど僕も周りから性格に関しては終わっているとよく言われる。4人に比べて大人しいはずなのに…。そう思いながら窓の外を眺めた。
…キーンコーンカーンコーン。
「あ、予冷…」
「戻るぞ」
千翔がみかるを膝から降ろそうとする。
「やだ」
「はぁ」
溜息を吐いたまま千翔はみかるを抱えなおしてお姫様抱っこする。
「保健室行く」
「授業出ろ」
「いや」
「おまえなぁ…」
千翔の声も顔も呆れているがその表情は穏やかだ。みかるがこうなってる時はもうどうにもならない。それをわかっているから千翔も何も言わない、
葵が背伸びする。
「ん~!じゃあ俺らも行きますか~?」
「え!皆も一緒に来てくれるの?」
「あ?サボりかお前ら」
「あら違うわよ。お姫様の騎士をするのよ」
クツクツと笑う佐倉。ニコニコする葵。着いてくるとわかって喜ぶみかる。呆れる千翔。その光景を見て緩く頬が持ち上がる僕。
5人は顔を見合わせる。
「じゃあ、行こうか」
僕は立ち上がった。誰も反対はしない。こういう時、結局最後は全員一緒だった。
保健室へ向かう途中ふと思う。
『いつか、大人になれば』
この関係も変わるのだろうか。
みんな別々の道を歩むのだろうか。
そんあ未来を想像してみるが、―――しっくり来ないな。
恋人よりも幼馴染を優先する。
留年話もでる。
お互いがお互いに依存している。
みんなが執着しているこの関係。
周りからは問題児扱いされている、変人扱いを受けている。それでも…。
少なくとも今は。まだ。このままで。
そんなことを願いながら歩みを進めた。
僕たちはまだ知らなかった。
自分たちがこの世から消えてしまうことを。
どこかもわからない世界に行ってしまうことを。
その世界が今よりもずっと、自分らしく、自分たちらしく、自分たちだけの楽園で生きやすいと感じてしまうことを―――――…。




