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か
わをん
なにぬねの
さし
わを
らり
使い慣れた携帯電話を駆使し、今さっき読み終えた本の作者の名前を検索する。
ウェブに接続され、検索中の表示が画面の下の方で波打つ。
ヒットした件数は約271000件。
その多さに驚愕しつつ、一番手っ取り早く知りたいことを知ることができるツール、ウォキペディア、通称ウォキ様にアクセスする。
神野しをり
東京都出身。1978年12月16日生れ。
2001年、23歳の時、小説『sonic』でデビュー。直林賞の候補となる。
その後、2004年には『海の深い色』で茶田川賞を受賞。
深く、重いテーマで展開される小説とは一転して、エッセイでは趣味のBL小説や自分の周りでおこる様々な笑いを取り上げており、2面性を持つ作家として知られる。
好きな食べ物は納豆。
主な著作物
小説
『sonic』2001 隅川書店
『帰るべき季節』2003 古永書店
『海の深い色』2004 隅川書店
『遠い日のキヲク』2005 但馬書房
『涙の向こう側…』2008 但馬書房
『thunder』2009 但馬書房
『憂鬱なお姫様』2010 隅川書店
エッセイ
『モーツァルトの戯言』2003 古永書店
『なぎなたダンス』2005 古永書店
『悶絶フェア』2009 古永書店
主な著作物をメモした私は、財布と携帯だけを持ってそのまま家を飛び出す。
行きつけの本屋『無林堂』に行くためだ。
初めてだった。
人見知り、いや、作者見知りしないで本を読み進めることができたのは。
今まで読んできた本は最初の出だしでたいてい躓く。
特に初めての作者の場合、私は作者見知りするのだ。
どうしても、作者と自分の間にテンションの差を感じてしまう。
それは、相手のテンションが高い時くてついていけない時もあれば
相手のテンションが低すぎて参ってしまうこともある。
本は始めの3行で全てが決まると良く言われるが、私は始めの3行でのめりこんでしまう本を知らなかった。頑張って頑張って読み進め、しばらく物語が進んでようやく物語の世界へと入り込み、登場人物に感情移入する。結果的に
「この本、サイコーじゃん」
そう思える本もたくさんあるけど。最初からそう思える本には出会ったことなかった。
でも、神野しをりの『悶絶フェア』は違った。
最初の一言から、私の心の雄叫びを文字にそのまま起こしたのではないか
そう思えるくらいに私の気持ちに沿って話が進んでいった。
まぁ。
最初の一言が
『うぉぉ!!なぜだ。なぜ、美少女戦隊プリンキュア達は変身前と変身後でお互いを呼び合う名前が変わるのだ!!間違って変身前の名前で呼んじゃったりしないのか!私だったら呼んじゃうぞ!絶対!』
だったからというのもあるけど。
全くその通りだと思うし。
「おはよう、かりん。今日も良い天気ね」
「おはよう。本当だよね!なんだか元気が出るわー!!ねぇ、かのん、学校まで競争しようか!!よーいドン!!」
お互いを「かりん」「かのん」そう呼び合っていたはずの2人が
「現れたわね!!悪の将軍、ゴリーン!!こらしめてやるんだから!!」
「「変身」」
「プリンバイオレット!!」
「プリンアクアマリン!!」
「あぁ!バイオレット!危ない!!」
「ありがとう、アクアマリン。助かったわ」
本当にその切り替えはすごいと思う。
『無林堂』はこのあたりでは一番品数の多い大型書店である。お昼前の時間帯のためか、客足はまばらで、ゆったりとした時間が流れている。
漫画を選ぶ主婦。チョイスは学園ラブコメディー。
釣り雑誌を読みふけるおじいさん。
営業の途中か、スーツに身をつつむ会社員。今週の新刊のコーナーで自分好みの本を探している。
本屋にはたくさんの世界が存在している。
この世にはいないはずの存在だって、ここには『本』という箱の中で生きている。
本の中に登場するものたちは、閉じられている間、誰かが封印を解いてくれるのを今か今かと待っている。
私は片っ端から神野しをりの著作物を買いあさる。
書店になかったものは注文までした。
すると、ご丁寧に店員のお姉さんは「神野しをりの新刊、近いうちにでると思いますがご予約されますか?」と教えてくれたので、私は予約の手続きをとった。
この前、あの綺麗なお姉さまが取りに行った原稿かな
紙袋を受け取ると、私の腹の虫が騒ぎだした。
今の時間、飲食店はどこもきっと込んでいるだろうな
そう思ったが1食抜くという考えは私にはない。
ご飯だけはちゃんと一日3食(以上)食べてやる。
そう思い、私はカフェへと乗り込んだ。
♪♪♪
やや冷えすぎているカフェの中で先ほど買ってきた本を読んでいると、私の携帯に見知らぬ番号からの電話がかかってきた。
03********
誰だろう。
もしかして、ひそかに私のことを想う誰かからの電話かしら。
そうだとしたら、お断りしなきゃ。
私の好きな人はピョートルズのリーダー(芸能人)なんだもん。
なんてばかげたことを考えながら少々上ずった声で電話をとる。
「はい」
「大西智花さんの携帯電話でよろしいでしょうか。わたくし、古永書店採用係の篠崎と申します」
「へ?」
思わず間抜けな返事をしてしまった。
古永書店とは、この前面接に行ったあの大手出版社である。
今さら私になんの用があるっていうんだ。
「はい。大西智花でございます」
なんか、サザ●さんのような受け答えになってしまったな
「先日の2次選考の結果、通過されましたのでお知らせいたします。3次選考の日程は明後日、7月6日の13時となります」
「え。私、面接途中で放棄しましたよね。あれで良かったんですか。しかも、結果出るの早くないですか」
「大西智花さんの場合、特別にとのことです。もう一度、会ってお話がしたいと思っております」
「いえ、私にはもう御社に行く気はありません。辞退させていただきます」
「いえ、おこしください」
「いえ、辞退します」
「いえ、絶対おこしください」
なんなんだよ。そんなに私に会って説教がしたいか、バカヤロウ。
「…わかりました。行きます」
「ありがとうございます。では、明後日お待ちしております」
電話は静かに切れた。
私はしばらく信じられない思いで携帯を見つめる。
せっかく、スーツからも就活からも解放されたと思ったのに。
一気に気持ちが滅入ってきてしまった。
一口、アイスカフェラテを飲んだが、氷が解けていてものすごく薄くてまずかった。
作り笑顔の店員が、「お済みのお皿をお下げしてもよろしいですか。」と聞きながらお皿を持って行った。まだ「良いよ」なんて一言も言ってないだろうが。全く。なんなんだ。
もうしかたがない。帰ってゆっくり本を読んでリラックスだ。神野様、私を癒してください。
気がつくと、私は本を読みながら部屋の床で寝ていた。
変な格好で寝ていたからか、腕が痺れて痛い。
前、かすみちゃんが「痺れた腕って、力が入ってないから、反対の手で持ち上げるとかなり重いんだよ」と言っていたのを思い出し、持ち上げてみたら本当に重かった。
おぉ~と感動していると、リビングから母の呼ぶ声が聞こえた。
「智花~部屋にいるんでしょう。ちょっとこっちへ来なさい」
なんだか無性に嫌な予感がした。
リビングに行くとそこには滅多に家へ帰ってこない父の姿があった。
父は海外で和服を販売する会社を経営している。海外セレブの間では日本ブームらしく、忙しくしていてなかなか日本へは帰ってこないのだ。
嫌な予感的中か…
「久しぶりだな。智花」
「お父さん、久しぶり。元気にしてた?もうそろそろ浴衣が売れる季節だよね~私、信じられないんだけどさ、今はレースがいっぱいついてる浴衣とかが流行ってるんだって。しかもさ~柄がリボンとかなの。信じられる?信じられないよ!和服は絶対古典柄に限るよ。しかもさ、男の人もじんべいとか着てるじゃん?許せないんだよね~。じんべいなんて中途半端なもの着ないでビシッと浴衣を着た方が絶対素敵なのに!じんべいって!パジャマじゃないんだから!しかも」
「智花。わかったから少しだまりなさい。そして私の話を聞きなさい」
父にしゃべらせまいと思いマシンガントークをした私の意図を見抜き、父は私の一番触れられたくない話を始めた。
「智花。就活の方はどうなんだ。もうそろそろ、内定のひとつやふたつ、もらえたのか?」
「い、いや…まだ…」
「やっぱりそうか。こんな時代だ。そう簡単に内定が出ないのもわかるが…そろそろ身を引き締めて就活に専念しなさい。お母さんから話を聞いたら毎日学校には行っているみたいだが、就活をしている気配がないらしいな」
「学校で…司書になるための勉強が忙しくて…」
私は、こんなこともあろうかと、就活をしなくても良い口実作りのために司書になるための授業を選択していたのだ。しかし、あまり授業には行っていない。行っているふりはしているけれど。
「それも調べたんだが、今、正規の司書になるのは本当に難しいらしいな」
「う、うん」
くるか?くるのか?
「もっと、将来に直結する仕事を見つけなさい。」
ほら、きた。絶対言うと思った。作家になりたいなんて、言えないじゃないか。
「お父さん、私には夢があるんだ。きっと、今お父さんに言ったら、卒倒しちゃうような非現実的な夢なんだ。だから、私はもっとその夢に向かって勉強するよ。私の」
「私の人生だから、私の好きにさせてくださいか?」
「え?」
「甘えるのもいい加減にしなさい。誰がここまで育ててきたと思ってるんだ。しっかりした職について自立することが親孝行だ。何になりたいの知らないが、ろくな仕事じゃないんだろう。全く。しばらく家にいないと、これだからな。いいか、次に私が帰ってくるまでに就職先が決まっていなかったら、強制的に私の会社で働いてもらう。好きな仕事を選ばせてやってるうちにしっかり決めるんだ。わかったな。」
「そうよ。お母さんもお父さんの言うとおりだと思うわ。昼間に仕事もしないでウロウロされていたら、近所の笑い物じゃない。そんなのお母さんも耐えられないわ。」
さっきまで黙っていたお母さんもそんなことを言い出す。
あきれた。頭にきた。
目をひんむいて、首をかしげる。
もう何も言うまい。
この親は世間体しか考えていないのだ。
子供の幸せを願っているのではない。
子供の夢よりも、安定性があって有名で、世間に自慢できるような仕事に就く方が大切なんだ。
私は何も言わず、部屋に戻り、怒りにまかせてボストンバックに服、携帯の充電器、財布、携帯の順番にぶち込む。
最後に神野しをりの本を全冊入れると転がるようにして階段を駆け下り、外へ飛び出し玄関のドアを力任せに閉めた。
視界に水が溜まり歪んだ世界に入り込む。
道路がすぐ顔の下にあるような奇妙な感覚に陥る。
チキショー
私のやりたいことをやって何が悪い。
神野しをりはこんなにも素敵な本を書いて、読む人を楽しませているじゃないか。何をやっているかわからない会社員よりもずっとずっと素敵じゃないか。
チキショー
マイ枕、持ってくるの忘れた。
駅まで走り抜け、かすみちゃんにメールする。
しばらく
かくまってください。
家なき子になりました。
1分もしないうちにかすみちゃんからメールが届く。
今日から、ちかちゃんは山口智花です。
駅まで迎えに行くね。
私はかすみちゃんの優しい言葉でもう一度水溜りの歪んだ世界へと入り込んだ。




