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この人、絶対かつら。

だって、ちょびっと浮いてるもん。


就職活動を始めて、何カ月たったのだろう。もう7月になろうとしている。

いまだにヒールには慣れないし、重たくて大きい割には量が入らない鞄も扱いなれないし、暑い日は暑く寒い日は寒い、季節に従順なスーツも嫌いだし。なにより全身真っ黒な出で立ちで笑顔だけは眩しく。なんてやってるのはおかしいんじゃないだろうかと思う。世の中、不景気だの就職難だの言ってるんだったら、せめて服だけは明るいもの着たい。


「まずは、お名前を教えてください」


「はい。大西智香と申します」


大西智花(おおにしともか)さんですね。では、志望動機をお聞かせください」


おい。ちょっと待って。

このかつらのおっさん、私の言葉ちゃんと聞いてた!?

私は‘ともか’じゃなくて‘ちか’よ。

名前を間違えられた時の反応を見る試験の一環なのか?

言いなおした方がいいのか?

っていうか、隣の眼鏡のお姉さんも私の言葉聞いてたでしょ?

訂正してくれたって良いじゃない。真っ赤に塗った爪ばっか見ていないでさ。

でも、ここは聞かれたことに答えた方がいいよね。

志望動機…よし。本が好きだからです。よし。


「はい。志望動機は本が、ちかだからです。…あっ」

混ざってしまった。

かつらのおっさんは眉毛を片方上げていぶかしそうな表情になる。そのはずみでかつらがまた少しずれた。あわわわ。

眼鏡のお姉さんも、爪の甘皮を押しながら固まった。


「もう一度、言いますね。志望動機を教えてください」


かつらのおっさんは、何かをサラサラと私の‘傑作やっつけエントリーシート’に書きくわえながら、もう一度同じ質問をしてきた。

きっとこの人は何百人もの人に同じ質問をしているのだろう。きっと私が嘘をも誠に変えようと必死に考えた志望動機を熱烈に語ったところで、15分後には忘れているのだろう。覚えていたとしても、大西智花(おおにしともか)は「本がちか」とかおかしなことを言っていたなぁくらいのものだろう。


もう、いいっかなぁ。めんどくさい。私は本が好きだけど、本当は出版社で働きたいとは思わない。私のしたいことはお話を生みだす仕事だから。

いつだって、私の頭の中は物語で渦巻く。人は皆、智花(ちか)は妄想癖だからね。と笑うけれど、それが私の得意で好きなこと。やっぱりやりたいことを仕事にしなくっちゃね。


「志望動機はないです。私の名前は‘おおにしちか’です。‘ともか’じゃないですヨ。それとあなたのかつら、浮いています。では失敬」


私は出口へと向かった。かつらのおっさんも眼鏡のお姉さんもどういう顔をしていたかはわからない。

でも、もうどうでも良いんだ。就職活動なんてクソクラエ。ヤッテラレッカ。


外に出ると、次に面接を受ける子が、早すぎるだろう。と少し焦ったように私のことを見た。

手には赤いペンでたくさんチェックがしてあるエントリーシートのコピーと『必勝!もう面接は怖くない!!』と書かれた本。使いこんであるかんじがこの子の努力のあかし。適当に会社を選んで無理やり志望動機をひねり出した私は、この子に対して、なんて失礼なんだろう。本気でこの会社に入りたいと願う子には私は絶対に敵わない。だからもう本気でやりたいことしかやらないことにする。

私の就職活動、これにて終了。


そう思ったらすごくスーツも、鞄も軽くなった気がした。相変わらずヒールではうまく歩けないけれど。もうこのスーツは曾おばあちゃん、曾おじいちゃんの法事の時しか着なくて済む。

あとは、両親をどう説得するか…か。大学を卒業したら社会に出て自分の食いぶちは自分で稼いでほしいのは、親として子供に成し遂げてほしいこと。わかってはいるんだけど、私は自分の気持ちに嘘をついてまでやりたくない仕事をやるのはどうかと思う。そんなに無理して入ってもすぐに辞めてしまうかもしれない。私はうたれ弱い人間だし。だったら最初からやる気のある子だけを採用できるように、やる気のない私みたいな人間は就活なんて遠慮すべきだ。だがしかし、うちの両親が簡単に納得してくれるはずはない。父は超現実主義の堅物人間だし、母はそんな父に頭が上がらない。安定思考、大手企業万歳、そんな両親だ。

私が目指す夢はそう簡単には食べていけないこともわかっている。

ましてや自分の都合の良いように妄想することしかできない私の想像力では良い話なんて書けないこともわかる。話には起伏が絶対に必要だ。悪いことがおきて、良いことが起こる。悪いことが続く時もある。自分が気持よくなるために妄想するだけの私は完全にオナニープレイではないか。そんな私が作家で食べていくことなんて今のままでは絶対に無理だ。

両親を説得できない。どうしたものか。


「ちょっと、キミ。落しものよ」


私がもんもんと考えながら整然とした会社のロビーを歩いていると、後ろから声をかけられた。

その人はとても綺麗な長い髪をしていて、体にフィットする薄手の白いシャツと、細身の黒いパンツを履いている。靴は私なんかが履いたら捻挫確実なハイヒール。

とっても美人というわけではないけれど、キラキラしている。しかもナイスバディーなお姉さま。なんか良い匂いまでしているし。

彼女は私の定期入れを差し出した。爪まで綺麗に手入れされている。



「あ、ありがとうございます。」

どこの高校生男子だよってくらいに私はドギマギしながら、ぎこちない笑顔で定期入れを受け取る。彼女の隣にいる私はきっとアヒルのように見えてるはずだ。

なんとなく、イメージだけど出版社に勤める女性は、綺麗でおしゃれで、背筋がシャンっと伸びた女性。彼女はそんな私のイメージにピッタリ当てはまっている。


「キミさぁ」


「はい。」


「ここの面接、受けたでしょ?どうだった?」


「どうっていうか…途中で帰ってきてしまいました。この会社でやりたい仕事はないって面接の途中で気がついたから。人事の人もあんまり好きなかんじじゃなかったですし」

言ってから、ここで働いている社員の人にこんなこと言ったら失礼なんじゃないかと思ったけど、もうこの会社と私は何も関係がないから、怒られても別にいいっかなぁなんて考えていると、「あら、人事の篠崎さん、かわいいじゃない。かつらだってこと、みぃんなわかってるのに必死に隠し通そうとしているところとか。しかもね、うふふ。意外とベッドの上では可愛げあるのよ、彼」なんてまるで「あそこにいる猫、可愛いのよ。」と言うようなのんびりとした口調で彼女は言った。


「へ?」

そういう関係ってことでしょうか?いやいやいや。あの、見るからに不潔そうで、意地の悪そうなかつらのおっさん、いや、篠崎さんとこの美しい彼女が。そういうことだなんて。信じられない。しかも彼女はたった今出会った私にこんなプライベートなことを話して、いったい何がしたいんだろうか。私が混乱している様子を見て、それを楽しむように彼女は話を続ける。


「この会社にいる男の人ってみんな可愛いのよ。うちは大手出版社でしょ?採用される人はみんなエリートなの。今まで悪さを一度だってしたことありません!!不倫ってなんですか!?愛人って何人ですか!?みたいな人が多いのよ。そんなまじめちゃん達が、普段の顔をすっかりなくして私を求めるところなんて、すっごく愛おしいのよ。だから私はこの会社が好きなの。うふふ」


この人には恥がないんだろうか。私だったらこんなことは言えないぞ。

この会社はよくこんな人を雇ったものだわ。

でも、不思議と嫌な感じはしない。

私のバイト先にいる女性社員は常に男に媚を売って、目をパチクリさせている。メスライオンと呼ばれているくらいだ。

多分…男性社員の何人かは穴兄弟なんじゃないかと私は推測している。

今、目の前であっけらかんと話している彼女もメスライオンと同じようなことをしているはずなのに、なぜだろう。私は本能でこの人は嫌いになれないことが分かっている。

不思議だ。


そんなことを思っていると彼女の携帯がなった。そして私は思わず噴き出してしまった。だって、着メロが笑点のテーマソングだったから。あまりにも彼女にあってない。

彼女は「遅い!やっとできたのね。しをりは担当泣かせだわ。私が上司に顔が利かなかったらとっくにあんたの仕事なくなっているわよ。」となにやらご立腹だ。携帯には国民的ヒーローのあんパンのストラップがぶるさがっている。これもまた意外だなぁ。なんて思っていると彼女は「いまから行く」と言い電話を切った。


「今から幼馴染の作家のところへ原稿を取りに行くの。あの子ったら、BL小説ばっかり読んでて仕事しないのよ。全く」

そう私に言った。


「え。BL小説ですか。なんという人なんですか。私、その人の本読んでみたい。」

私も腐った女なのだ。普通の大学生女子としては恥ずかしいかもしれないが、アイドルグループの中でいちゃいちゃしている2人の男子を見てはほくそ笑んでしまう。悪い癖だと思うがこれがまたやめられない。

BL小説を読んで仕事が遅れる作家もいるもんなんだなぁと思うと、ちょっとその作家のことが気になった。


「もしかしてキミも腐った人種?やめなさい。婚期逃すわよ。しをりみたいに」

彼女はあきれた顔でそう言うと鞄の中から1冊の本を取り出し、私に差し出した。


『悶絶フェア』

神野しをり


神野(かんの)しをり。『悶絶フェア』は彼女の私生活を赤裸々に綴ったもの。まぁ、読めばわかるけどかなりのオタクよ。今日出会ったのも何かの縁だからさ、この本キミにあげるわ」


「あ、ありがとうございます」


「じゃあ、就活がんばって。もう途中で帰ったりしたらダメよ」

そう言うと彼女はひらひらと手を振りながら軽やかに去って行った。


なんで、私が途中で帰ったことしってるんだろう。

「あっ」

私は彼女の綺麗に手入れされた赤い爪を見て、面接の時にいた眼鏡のお姉さんだということに気がついた。

眼鏡を取ったら、美人だった。

ありがちな話だけど。


そしてもらった本をまじまじと見た。



『悶絶フェア』

どうして、もっと早くにこの本に出会わなかったのだろう。それだけが後悔だ。

大真面目な政治家も、イケイケホストも、今を煌めく美少女アイドルも、みんなこの本を読めばオタクの神、神野しをりに弟子入りしたくなるはずだ!

小説評論家 佐藤達也




オタクの神、神野しをり…か。

それにしても『悶絶フェア』ってものすごい名前だな。


私は本を就活バックに入れると梅雨真っ只中の陰鬱な世界へと一歩踏み出した。

まとわりつくような重たい空気を背負い、スーツの蒸し暑さを再び思い知る。

面接中、切っていた携帯の電源を入れ、メールの問い合わせをしてみると、2件のメールを受信していた。

1件は就活支援サイトからのメール。


就活小説更新しました。

一番の親友の内定が決まり、焦りだす知子。しかし今回の結果も不採用。精神的にも追いつめられた知子がとった行動は…


ふぅん。人は人、自分は自分。焦ったって何にも良いことなんてありゃしないよ。

小さい頃、お母さんとこんなやり取りをしなかったかい?


「あの子もあの子もみんな携帯持ってるの。だから私にも買って」

「よそはよそ、うちはうち!」


そういう割には、「○○さんちの△△ちゃんはテスト80点取ったのよ。あんたったら平均点もいかなかったじゃない」と言われて大人は理不尽だ。なんて思ったりした。


就活を諦めた私はそんなことをのんきに考えながら2件目のメールを開く。

2件目は、大学の友達、山口かすみからだった。


ちかちゃん、今日は編集社の面接だったよね

お疲れ様。

今、下北沢にいるんだけど面接終わったらお茶でもどうかな?

お返事待ってます


私の返事は決まっている。


面接終わった

散々だったよ

かすみちゃんに話したいこといっぱいあるよ

下北のいつものカフェで合流しよう


山口かすみからの誘いには、何があっても駆けつける。

それが私のポリシーなのだ。


20分後、私とかすみちゃんは下北のカフェにいた。

ここのデザートは値段の割には量が多い。だから大食いな私たちの行きつけなのである。店内にはアメリカのアニメが放映されている。私たちはいつもの定位置、一番トイレに近いテーブルに腰を落ち着かせた。店内は遅めのお昼をとる客でにぎわっていた。


「私、就活やめることにしたよ。今日、面接中に本当にやりたいことに気がついたんだ。だから、面接途中でほっぽって帰ってきちゃった」


私はアイスコーヒーをかきまぜながら言った。


「そっか。ちかちゃんは普通の会社で働いてるイメージないから、就活をやめたことにはそんなに驚かないけど、面接中に途中で帰ってきちゃったことには驚くよ」

かすみちゃんは、たいていのことは受け入れてくれる。いつも応援してくれるから、私は本当にかすみちゃん救われているのだ。


「私の名前、人事のおじさん間違えたんだよ。大西ともかって言ったの。私、ちゃんとその前に大西ちかと申します。って言ったのに。だから、訂正しようかしまいか迷っていたら志望動機は、本が、ちかだからですって言っちゃったの」


「ちかちゃん、本当は「本が好きだからです。」て言おうとしたの?」


「そうだよ」


「そっか。それは焦るよね。その後言おうと思ったこと、全部すっ飛んじゃったでしょ。大変だったね」


「それは違うよ。私は「本が好きだからです。」っていうことが志望動機の全てだったの。だから、大失敗。まるで、学芸会で一言しかセリフがないのに、そのセリフで噛んじゃった心境だった」


えりちゃんは「そんな短い志望動機じゃ、問題なく面接が進んでも受からなかったと思うから、あんまり気にしない方がいいよ。それに、本当にやりたいことが見つかって良かったよ。おめでとう」

と言って笑い飛ばしてくれた。ちょっと複雑な心境だけど、うれしかった。

私は、そのあと出会った素敵な彼女の話もかすみちゃんにしてみた。すると、かすみちゃんはケーキの乗ったお皿を自分の方へ寄せ、ど真ん中からフォークを入れる彼女独特な順番でケーキを食べ始めた。もぐもぐしながら何かを考えている。そしてコクンと飲み込むと話しだした。


「そんな人に会ったんだね。いつも思うけど、ちかちゃんの周りには面白い人が寄ってくるよね。

多分、ちかちゃんが、その人を嫌いになれないのは、本人が自然にやっているかいないか。の違いなんじゃないかな。

メスライオンは自分が媚を売って男の人を手玉に取ることを隠しながらやっているでしょ。私は純粋なの。みたいにふるまう。

でも、今日ちかちゃんが会った女のひとは媚ていることを隠してない。そんな気がするんだ。ちかちゃんは平気で嘘をつく人がきらいでしょ?だから、今日の彼女は潔くて、メスライオンと同じことを仮にしてたとしても嫌いにはなれないんじゃないかな」


かすみちゃんはすごい。私でもわからない私のことを良く理解してくれている。

今日受けた編集社のエントリーシートの「あなたのキャッチコピーを教えてください」という質問に困った私にかすみちゃんは、「武士の子」という素晴らしいキャッチコピーをつけてくれたのだ。「ちかちゃんは、なにごとにも潔くて、でも恋愛観は古風だし、ある意味頑固だし、武士のようだなって思っていたんだ。似合う色は絶対燻銀(いぶしぎん)だと思うの」と理由も添えて。


その後、私たち2人はおかわりのケーキを注文した。かすみちゃんはイチゴのショートケーキ、私は宇治抹茶あんこケーキ。

やっぱり、私は武士の子なのだろうか。食の好みにも表れている気がしてきた。


「あとね、かすみちゃん、その女の人に‘神野しをり’っていう人の本をもらったの。題名は『悶絶フェア』」


「悶絶フェア?なんだかすごい名前だね。ちかちゃん好きそう」


「そうなの。私、こういう禍々(まがまが)しそうな本大好き。なんかね、この作者はBLが好きなんだって。すごく気が合いそう。」


「BLが好きな作家さんかぁ。なんか、内容も濃そうだね。あ、そういえば…」


その後、かすみちゃんは私と合流する前に駅にいた男子高校生2人組が、いかにいちゃこいていたかを教えてくれた。

私はその話に夢中になり、そのまま字のごとく時間を忘れて語りあった。


気がつくと、私たちの他に客は見当たらず、その店の従業員もシフトの交代を済ませ全員入れ替わっていた。


「かすみちゃんも、この4年間でだいぶ腐ったよね」

「ちかちゃんのおかげだよ」

「これからも、励むようにね。…そろそろ、おうちに帰ろうか。ピョートルズの番組始まっちゃうよ。今日は世界の変な踊りスペシャルだよ」


私たちは満腹のおなかをさすりながら皆と同じ方向に歩きだす。

もう夏はすぐそこで、いくら日が伸びたと言っても、もう夜が近い。

夕方と夜の境目に追いつかれないように急いで家路につく人々と同化していく。皆たどる道は違えども、安息の地である家に向かう。

そんな居心地の良い家で仕事ができたらいい。できれば私の好きな妄想で。


そんな動機不純な夢を心に潜ませつつ、かすみちゃんと別れた私は、ジメっとした空気を切り裂くように進むクーラーボックスへと乗り込んだ。




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