第1章 一報
雨は、音もなく降っていた。
榊はモニターの前で、冷めたコーヒーに口をつけた。
苦味はすでに抜けている。ただのぬるい液体だった。
「……また数字、落ちてます」
背後から若い声がする。振り返らなくても分かる。宮本だ。
「そうか」
短く返す。驚きはなかった。
地方局の報道番組にとって、視聴率の低下は慢性的な病気みたいなものだ。じわじわと、確実に、現場の神経を削っていく。
画面の中では、どこかの町のほのぼのとした特集が流れていた。
笑顔の家族、穏やかな音楽、当たり障りのないナレーション。
「……これ、意味ありますかね」
宮本がぽつりと言う。
榊は答えなかった。
意味があるかどうかではない。
“そういうものを求められている”から流しているだけだ。
そのときだった。
デスクの電話が、けたたましく鳴り響いた。
一瞬、フロアの空気が変わる。
誰もが、直感的に理解する。
これは、ただの連絡じゃない。
榊は受話器を取った。
「はい、報道部——」
『榊か!? 山崎だ!』
怒鳴るような声。現場に出ているベテラン記者だ。
『ダムが……崩れた』
「……は?」
一拍、理解が遅れる。
『山間部の建設現場だ。かなりでかい。作業員が巻き込まれてる』
榊は立ち上がっていた。
椅子が後ろで倒れる音がする。
「規模は!?」
『まだ分からん! だが救助が追いついてない!』
周囲が一気にざわめき始める。
電話のやり取りを聞き取った誰かが、すでに動き出していた。
「宮本! カメラ班呼べ!中継車も押さえろ!」
「は、はい!」
宮本が走り出す。
榊は受話器を強く握りしめた。
鼓動が速くなる。
頭の中が、異様なほどクリアになっていく。
——来た。
そう思った。
理由は分からない。
だが、この感覚だけは忘れていなかった。
かつて、何度も味わった。
現場が、動く。
報道が、試される。
『榊、聞いてるか!?』
「ああ、聞いてる」
榊は静かに答えた。
「全部、拾うぞ」




