表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/184

外伝(セティリア編) 師匠と教え子、変わった立場と変わらぬ関係②

 内心で絶叫するパトリックの額に、冷や汗が浮かぶ。

 

(「セティリア隊長はな、ガードが固すぎることで有名……何百ものラブレターを破り捨てた氷の女王なんだぞ!?」)

 

 第七部隊の、いやギルド中の人間なら誰もが知っている話だ。

 セティリアには、実力が認められる前は異能(ギフト)持ちとして偏見の目に(さら)され、認められた途端に周囲の掌が返った——という過去がある。

 そこに、成長期の()只中(ただなか)で磨きのかかった美貌が重なれば、言い寄る者が後を絶たないのも道理だった。ここ

 一年だけでも、その数は両手の指では到底足りない。


 けれども、そんな経験を積み重ねてきたからこそだろうか。

 心を許した相手以外に対する壁は分厚く、特に異性に対しては、その冷淡さが際立っていた。

 

(「それをやって許される男を、俺は一人しか知らねぇよ!」)

 

 パトリックの脳裏に、アルスフリートの姿が浮かぶ。

 かつてセティリアの師であり、彼女が唯一、心を開いていた男性。

 だが、彼は三年前の事件を経て行方不明、書類上は死亡となっている。

 

 アルスフリート亡き今、彼女の心を開かせられる異性なんて……そんなパトリックの動揺を他所に、アルトとセティリアは並んで座ったまま(なご)やかな雰囲気を(かも)し出していた。


「ん、ありがとう」

 

 セティリアは特に驚く様子もなく、素直に礼を述べた。

 まるで当たり前のことのように。

 

 小柄な二人が隣り合う姿は、まるで仲の良い女の子同士のようにも見える。

 陽光を受けて輝く桃髪と銀髪のコントラストが、絵画のように美しい。

 

 そこで、パトリックはふと気づく。

 セティリアがアルトを見つめる瞳が、ほんの(わず)かに色づいていることに。

 そしてアルトもまた、上司に向けるには少しだけ近すぎる距離で、セティリアの横顔からそっと視線を外さずにいることに。

 

(「いやいや、セティリア隊長がそんな……でも、アルトの奴、手つきが妙に慣れてるというか、自然というか……)


 そして今、二人の肩が触れ合うほどの距離で座っている。

 時折、セティリアの銀髪がアルトの頬を撫で、アルトはそれを気にする素振りもない。

 むしろ、心地よさそうにさえ見える。

 

 パトリックの脳内で、背景に百合の花が満開になった。純白の花弁が舞い散る中、二人の美少女(一人は男)が見つめ合う光景が展開される。


(「えっと、つまり、セティリア隊長的には、アルトは女子扱い、ってことか? まあ、眼福と言えば眼福なんだが……」)

 

 何とも目に(うるわ)しい光景を前に、不自然な笑みを浮かべるパトリック。

 そんな彼に、セティリアの冷たい視線が突き刺さった。

 

「なにニヤニヤしてるの?」


 無自覚に放たれた言葉の刃が、パトリックの笑顔を凍らせる。

 

「い、いえ、別に……」

 

 そこへアルトが悪戯っぽく口を挟む。

 

「いやらしい目で見ないでくださいよ、パトリック先輩」


 わざとらしく身体を隠すような仕草をしながら、上目遣いでパトリックを見る。

 

「少なくとも、お前にはねぇよ!」


 アルトのそれがわざとらしい演技だと分かっていても、パトリックは思わず声を荒げる。

 そして、セティリアの存在を忘れたかのように、今後はアルトとパトリックの言い合いが始まる。


 お互いに軽口を叩き合い、時折笑い声も混じる。

 端から見れば、仲の良い友人同士のやり取りにしか見えない。

 

 セティリアは二人の様子を静かに見つめ、小さく呟いた。


「仲良いんだね、二人は」

「それほどでも~」


 アルトは笑いながら返す。軽い調子で手をひらひらと振る仕草が、妙に可愛らしい。

 一方、パトリックは慌てたように否定した。


「そんなことねぇ……ありません!」

 

 言いかけて、セティリアの視線を感じ、慌てて言い直す。

 素が出てから敬語に直す様が、妙に笑いを誘う。

 

 セティリアは一呼吸置いてから、真剣な表情で二人を見つめた。

 

「二人とも、最近すごく頑張ってるよね。災魔(ハザード)の討伐数がCランクとは思えないほどに多いって、隊長ミーティングでも話題になってるよ」


 褒め言葉に、パトリックの顔が明るくなる。

 胸を張り、得意げな表情を浮かべた。


「まあ、指導役としての才能、といったところでしょうか」

(「お前が言うなよ」)

 

 アルトは内心でツッコミを入れながら、表面上は微笑(ほほえ)みを保つ。

 実際の戦闘では、パトリックは後方でコソコソと立ち回りながら、時々思い出したように術式(コード)を撃っているだけのことが多い。

 それを「指導」と言い張る図々しさには、ある意味では感心すらしてしまう。

 

 もっとも、セティリアもそれに薄々(うすうす)勘付(かんづ)いているのか、パトリックの言葉には特に反応を示さず、アルトの方を見つめた。

 


「だけど、あまり無理はしないように。あなたの実力なら大丈夫だと思うけど、“勝てると思った災魔(ハザード)が一番危ない”んだよ」

「僕の実力なら、か……良い響きだ……」

 

 セティリアの視線はアルトに向けられていた。

 パトリックには一ミリも向いていなかった。

 

「はい、肝に銘じておきます」

 

 隣で勝手に感動しているパトリックを視界の端で(にら)みつつ、アルトは姿勢を正してセティリアに応じた。

 セティリアは満足そうに頷き、手元のDOC(ドック)に視線を落とす。

 画面に映し出されたメッセージを読み、小さく溜息(ためいき)をついた。

 

「ごめん、追加の任務が入ったみたい。わたしはこれで」

  

 椅子から立ち上がり、軽く会釈(えしゃく)をする。

 

「それじゃあね、二人とも」


 そう言い残して、セティリアは颯爽(さっそう)と去っていく。その後ろ姿を、パトリックは夢見心地で見送っていた。

 

「認められた……ついにセティリア隊長に、認められたぞ……!」

 

 陶酔(とうすい)したような表情のパトリック。

 まるで雲の上を歩いているかのように、ふわふわとした足取りで立ち上がる。

 

 その背後から、アルトの目が不気味に光った。

 

「へぇ、そんなにやる気があるなら俺ら(・・)も、もう一件行こうじゃねぇか」

 

 いつもの口調、低い声が、パトリックの幸福な幻想を打ち砕く。

 振り返ると、アルトが恐ろしさすら感じさせる笑顔を浮かべていた。

 

「じょ、冗談だって! 無理はするなって言われただろ!?」

 

 パトリックは言い訳を並べながら必死に後ずさりするが、アルトは容赦なく詰め寄った。

 

「命令だ。行くぞ」

 

 有無を言わせぬ口調で言い放つと、アルトはパトリックの手首を(つか)んだ。

 そして、まるで重い荷物を引きずるように、ズルズルと引っ張っていく。

 

「ちょ、ちょっと待て! 僕はまだ心の準備が——!」

「うるせぇ、黙って来い」

「助けてぇぇぇ!」

 

 パトリックの悲鳴が、午後の静かな街に響き渡る。

 通行人たちが振り返るが、アルトは気にも留めない。


 容赦なくパトリックを引きずりながら、次の狩場へと向かっていく。

 カフェに残されたカップには、まだ温かい紅茶が残っていた。


 風に揺れるパラソルの影が、二人が去った後の席にゆらゆらと踊っている。

 穏やかな午後の一幕は、こうして騒がしく幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ