外伝(セティリア編) 師匠と教え子、変わった立場と変わらぬ関係②
内心で絶叫するパトリックの額に、冷や汗が浮かぶ。
(「セティリア隊長はな、ガードが固すぎることで有名……何百ものラブレターを破り捨てた氷の女王なんだぞ!?」)
第七部隊の、いやギルド中の人間なら誰もが知っている話だ。
セティリアには、実力が認められる前は異能持ちとして偏見の目に晒され、認められた途端に周囲の掌が返った——という過去がある。
そこに、成長期の真っ只中で磨きのかかった美貌が重なれば、言い寄る者が後を絶たないのも道理だった。ここ
一年だけでも、その数は両手の指では到底足りない。
けれども、そんな経験を積み重ねてきたからこそだろうか。
心を許した相手以外に対する壁は分厚く、特に異性に対しては、その冷淡さが際立っていた。
(「それをやって許される男を、俺は一人しか知らねぇよ!」)
パトリックの脳裏に、アルスフリートの姿が浮かぶ。
かつてセティリアの師であり、彼女が唯一、心を開いていた男性。
だが、彼は三年前の事件を経て行方不明、書類上は死亡となっている。
アルスフリート亡き今、彼女の心を開かせられる異性なんて……そんなパトリックの動揺を他所に、アルトとセティリアは並んで座ったまま和やかな雰囲気を醸し出していた。
「ん、ありがとう」
セティリアは特に驚く様子もなく、素直に礼を述べた。
まるで当たり前のことのように。
小柄な二人が隣り合う姿は、まるで仲の良い女の子同士のようにも見える。
陽光を受けて輝く桃髪と銀髪のコントラストが、絵画のように美しい。
そこで、パトリックはふと気づく。
セティリアがアルトを見つめる瞳が、ほんの僅かに色づいていることに。
そしてアルトもまた、上司に向けるには少しだけ近すぎる距離で、セティリアの横顔からそっと視線を外さずにいることに。
(「いやいや、セティリア隊長がそんな……でも、アルトの奴、手つきが妙に慣れてるというか、自然というか……)
そして今、二人の肩が触れ合うほどの距離で座っている。
時折、セティリアの銀髪がアルトの頬を撫で、アルトはそれを気にする素振りもない。
むしろ、心地よさそうにさえ見える。
パトリックの脳内で、背景に百合の花が満開になった。純白の花弁が舞い散る中、二人の美少女(一人は男)が見つめ合う光景が展開される。
(「えっと、つまり、セティリア隊長的には、アルトは女子扱い、ってことか? まあ、眼福と言えば眼福なんだが……」)
何とも目に麗しい光景を前に、不自然な笑みを浮かべるパトリック。
そんな彼に、セティリアの冷たい視線が突き刺さった。
「なにニヤニヤしてるの?」
無自覚に放たれた言葉の刃が、パトリックの笑顔を凍らせる。
「い、いえ、別に……」
そこへアルトが悪戯っぽく口を挟む。
「いやらしい目で見ないでくださいよ、パトリック先輩」
わざとらしく身体を隠すような仕草をしながら、上目遣いでパトリックを見る。
「少なくとも、お前にはねぇよ!」
アルトのそれがわざとらしい演技だと分かっていても、パトリックは思わず声を荒げる。
そして、セティリアの存在を忘れたかのように、今後はアルトとパトリックの言い合いが始まる。
お互いに軽口を叩き合い、時折笑い声も混じる。
端から見れば、仲の良い友人同士のやり取りにしか見えない。
セティリアは二人の様子を静かに見つめ、小さく呟いた。
「仲良いんだね、二人は」
「それほどでも~」
アルトは笑いながら返す。軽い調子で手をひらひらと振る仕草が、妙に可愛らしい。
一方、パトリックは慌てたように否定した。
「そんなことねぇ……ありません!」
言いかけて、セティリアの視線を感じ、慌てて言い直す。
素が出てから敬語に直す様が、妙に笑いを誘う。
セティリアは一呼吸置いてから、真剣な表情で二人を見つめた。
「二人とも、最近すごく頑張ってるよね。災魔の討伐数がCランクとは思えないほどに多いって、隊長ミーティングでも話題になってるよ」
褒め言葉に、パトリックの顔が明るくなる。
胸を張り、得意げな表情を浮かべた。
「まあ、指導役としての才能、といったところでしょうか」
(「お前が言うなよ」)
アルトは内心でツッコミを入れながら、表面上は微笑みを保つ。
実際の戦闘では、パトリックは後方でコソコソと立ち回りながら、時々思い出したように術式を撃っているだけのことが多い。
それを「指導」と言い張る図々しさには、ある意味では感心すらしてしまう。
もっとも、セティリアもそれに薄々勘付いているのか、パトリックの言葉には特に反応を示さず、アルトの方を見つめた。
「だけど、あまり無理はしないように。あなたの実力なら大丈夫だと思うけど、“勝てると思った災魔が一番危ない”んだよ」
「僕の実力なら、か……良い響きだ……」
セティリアの視線はアルトに向けられていた。
パトリックには一ミリも向いていなかった。
「はい、肝に銘じておきます」
隣で勝手に感動しているパトリックを視界の端で睨みつつ、アルトは姿勢を正してセティリアに応じた。
セティリアは満足そうに頷き、手元のDOCに視線を落とす。
画面に映し出されたメッセージを読み、小さく溜息をついた。
「ごめん、追加の任務が入ったみたい。わたしはこれで」
椅子から立ち上がり、軽く会釈をする。
「それじゃあね、二人とも」
そう言い残して、セティリアは颯爽と去っていく。その後ろ姿を、パトリックは夢見心地で見送っていた。
「認められた……ついにセティリア隊長に、認められたぞ……!」
陶酔したような表情のパトリック。
まるで雲の上を歩いているかのように、ふわふわとした足取りで立ち上がる。
その背後から、アルトの目が不気味に光った。
「へぇ、そんなにやる気があるなら俺らも、もう一件行こうじゃねぇか」
いつもの口調、低い声が、パトリックの幸福な幻想を打ち砕く。
振り返ると、アルトが恐ろしさすら感じさせる笑顔を浮かべていた。
「じょ、冗談だって! 無理はするなって言われただろ!?」
パトリックは言い訳を並べながら必死に後ずさりするが、アルトは容赦なく詰め寄った。
「命令だ。行くぞ」
有無を言わせぬ口調で言い放つと、アルトはパトリックの手首を掴んだ。
そして、まるで重い荷物を引きずるように、ズルズルと引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待て! 僕はまだ心の準備が——!」
「うるせぇ、黙って来い」
「助けてぇぇぇ!」
パトリックの悲鳴が、午後の静かな街に響き渡る。
通行人たちが振り返るが、アルトは気にも留めない。
容赦なくパトリックを引きずりながら、次の狩場へと向かっていく。
カフェに残されたカップには、まだ温かい紅茶が残っていた。
風に揺れるパラソルの影が、二人が去った後の席にゆらゆらと踊っている。
穏やかな午後の一幕は、こうして騒がしく幕を閉じた。




