Code:091 昇格ポイント稼ぎ大作戦②
パトリックの声は、もはや悲鳴に近かった。
大型災魔と複数の小型災魔の群れ——この組み合わせは未熟な術式師にとっては最悪のシナリオの1つだ。
小型は数と機動力で翻弄し、大型は圧倒的な破壊力で仕留める。
互いの弱点を補い合う、死のコンビネーション。
災魔は小型と雖も侮れない。その攻撃力は隙を見せれば一瞬で致命傷となる。
かといって小型に気を取られていれば、防御不可能な一撃を振るう大型の餌食となる。
通常なら、小型には広範囲の術式で対処し、大型には距離を保ちながら遠距離の術式で削っていくのがセオリーだ。
しかし、それらが組み合わさることで、攻略の難易度は指数関数的に跳ね上がる。
「に、逃げよう! やっぱりこれは無理!」
パトリックが踵を返しかけた瞬間、アルトが一歩前に出た。
「大丈夫ですよ。ちょっと遊んでくるので、そこで見ててください。寝ててもいいですよ」
「は!? 遊ぶって、何を——」
言葉が終わるより先に、アルトは駆け出していた。
真っ直ぐに。死の群れの、ど真ん中へ。
巨兵型が接近してくる人影を認識し、剛拳を叩き下ろす。
地面が炸裂し、土砂の柱が噴き上がった。衝撃波が周囲の岩を砕き、砂塵が視界を呑み込む。
だが、拳の下にアルトの姿はない。
小さな身体は既に、巨兵型の腕を駆け上がっていた。
岩のような外殻の凹凸を足場に、階段を昇るような軽やかさで。
空中で身体を捻る。
同時に術式弾を展開——無数の光弾が扇状に広がり、上空を旋回していた鉄虫型を正確に撃ち抜いていく。
三体が火花を散らして墜落する間に、アルトは巨兵型の肩に到達していた。
さらに一段跳躍し、頭頂部に着地。
「おっと」
わずかにバランスを崩しかけるが、重心を素早く沈めて立て直す。
巨兵型が狂ったように頭を振るが、アルトは暴れ馬を乗りこなすような体幹で姿勢を保ったまま、両手を合わせた。
「それじゃあ、本番といきますか」
蒼色の光が収束し、やがて巨大な斧の形を成していく。
「来い——《ハルヴァンワーテル》」
展開するのは水属性の術式斧。
透き通った刃は、まるで氷河から削り出されたかのような美しさを持っていた。
術式の展開に呼応するように、残った鉄虫型が一斉に殺到してくる。
四方八方から迫る金属の羽音。
アルトは斧を横薙ぎに一閃。
水の刃が弧を描き、射程に入った鉄虫型を次々と両断した。
切断面から噴き出した魔導粒子が空中で弾け、花火のように鮮やかに散っていく。
「あと三体……いや、四体か」
冷静に数を数えながら、アルトは斧を振り回す。
ダンスのように、流れるような体捌きで飛来する敵を叩き落とし、薙ぎ払い、斬り上げる。
そして、最後の一体を叩き落とすと——
「さて、本命は……っと」
巨兵型が頭上の敵を振り落とそうと、怒りに任せて暴れ狂う。
だが、アルトは既に足を離して跳んでいた。
高く、高く。空中で斧を大上段に構えながら、眼下の巨体を見下ろす。
空気中に漂う魔導粒子の揺らぎ。その微細な偏りを正確に読み取る。
炎属性への偏在。分厚い外殻に守られた巨体の、たった一つの急所。致命的な弱点。
「属性が読めれば、一撃だ」
術式斧が、彗星のように振り下ろされた。
《ハルヴァンワーテル》の刃が頭蓋を貫く。水と炎がぶつかり合い、外殻の内側から爆発的に連鎖が走った。
そのまま核を粉砕。巨体が、揺れた。
ゆっくりと、巨木が倒れるように傾いて、地響きとともに大地に沈んだ。
土煙が舞い上がる中、アルトはしなやかに着地する。
景色が晴れた時、そこに立っていたのは、息ひとつ乱していない桃髪の少年だった。
「……え?」
パトリックはまるで司令官の前に呼び出された時のように姿勢を正し、呆然と立ち尽くしていた。
自分が恐怖で足を縫い止められている間に、この少年はたった一人で災魔の群れを全滅させたのだ。
大型も小型も、一匹残らず。
「ど、どうやって……」
「別に特別なことはしてませんよ」
アルトは肩をすくめた。「経験値が違うんだよ」という本音は、腹の底に仕舞ったまま。
「災魔には魔導粒子の分布によって、部位ごとに弱点属性があります。戦いながらそれを見極めて、的確に突けば効率的に倒せるんです」
「それは……理論は分かるが……」
パトリックは言葉に詰まった。確かに、上級者向けの教本には記されている理論だ。
しかし実戦の最中に、しかも敵の群れの中で瞬時にそれをやってのける術式師など、そうそういるものではない。
「例えば、さっきの巨兵型は頭部が炎属性に偏ってました。だから水属性の《ハルヴァンワーテル》で叩けば、一撃で核まで到達できたんです」
さらりと言ってのけるアルトに、パトリックは改めて戦慄した。
この少年は、一体何者なのか。自分と同じCランク、いや、同じ術式師という括りに入れていいのか、それすらも怪しい。
「ま、まあいい、無事に任務も終わったことだし、帰るとするかっ!」
任務完了の安堵にすがりつくように、パトリックが今度こそ踵を返しかけた、その時。
「あ、そうだ」
アルトが振り返った。その顔に浮かんでいるのは、天使のように無垢な笑顔。
「せっかくだから、帰り道のルート上にいる災魔も倒していきましょう」
「……は?」
「ほら、DOCを開いて。この辺りの討伐任務、まだ残ってますよね?」
信じられないという表情で、パトリックは端末を確認する。
確かに、帰路上にはいくつかの災魔の位置がマーキングされていた。
「も、もう十分じゃないか? 今日はこれで——」
言いかけた瞬間、アルトの視線がパトリックを射抜いた。
声は出ていない。表情も変わらない。ただ、瞳の奥に灯るものが違う。
絶対的な捕食者を前にしたような圧力を感じる。
「大丈夫ですよ。僕がついてますから」
にっこりと微笑むアルト。しかし、その笑顔はもはや悪魔にしか見えなかった。
結局、パトリックは泣く泣く任務を現地受注する。
そして、次の現場へと向かいながら、心の中で神に祈るのだった。
(「誰か……こいつを止めてくれ……」)
しかし、彼の祈りが届く気配はない。
隣を歩く小さな悪魔に不用意な約束をしてしまったことが運の尽き。
昇格ポイントは確実に溜まるだろう。
生きて帰れれば、の話だが。




