表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/182

Code:090 昇格ポイント稼ぎ大作戦①

* * *

 

 ギルドの受付カウンターに立つパトリックの顔色は、朝からすこぶる悪かった。

 茶髪を無意識に掻き上げる指先が、小刻みに震えている。

 視線は隣に立つ小柄な少年——アルトへと何度も吸い寄せられ、そのたびに弾かれたように逸らされた。

 

「パトリックくん、今日はアルトくんの指導役として初めての任務だね!」

 

 受付嬢のマリーが、いつもの明るい笑顔で声をかけてきた。

 その無邪気な言葉の一つ一つが、パトリックの胃壁を抉っていく。

 

「あ、ああ……そうだね、ははっ」

 

 声の裏返りを必死で堪えながら、唇の端を持ち上げる。

 喉の奥で引き()った笑い声が漏れた。

 

 隣でアルトが人懐っこい笑みを浮かべているのが、なおのこと恐ろしい。

 あの無垢(むく)な表情の裏に何が()んでいるのか、パトリックは知っている。

 

(「なんで僕が、こんな目に……」)

 

 心の中で嘆きながら、思考が少し前の出来事に巻き戻る。

 グリンベール村での上位個体討伐。あの戦いの後、パトリックは半ば横取りするような形でC1ランクへと昇格した。


 客観的に見れば、顰蹙(ひんしゅく)を買って当然の振る舞いだ。

 しかし、アルトはそれを黙認してくれた——条件付きで。

 

 ギルドにいる間は何でも言うことを聞く。

 まさか、その約束がこんな形で返ってくるとは。

 

「任務リストを見せてもらえますか?」

 

 アルトの澄んだ声が、パトリックの回想を断ち切った。

 マリーが手慣れた動作で端末を操作すると、ホログラムディスプレイに災魔(ハザード)討伐依頼の一覧が表示された。

 

「それじゃあ、この簡単そうな任務を——」

 

 パトリックが言いかけた時、背後から声が忍び込んできた。

 

「あれあれ、あれにしましょう。昇格ポイントが一番高いやつです」

「は!? ちょ、ちょっと待て——」

 

 振り返ろうとした瞬間、肩に置かれた手から異様な圧力を感じた。力自体は決して強くない。むしろ羽のように軽い。

 それなのに、全身が金縛りにあったように動かなくなる。

 

「パトリックせんぱーい」

 

 あざとさすら感じさせる呼びかけの直後。

 声のトーンが、すとんと落ちた。


「時間がもったいないですよ」

「こ、こんな危険な任務、できるわけ——」

「……約束、忘れてないよな?」

 

 甘い声音から急にトーンダウンした身も凍るような宣告に、逆らえるはずもない。

 結局、パトリックは震える指で指定された任務をタップした。

 

災魔(ハザード)討伐任務:ルーネスハーベン市外・荒野区域』

『受注ランク:C1から』

『推奨ランク:B3以上』

 

「えっ、この任務を!?」

 

 マリーが驚いたように目を丸くする。その反応を見て、パトリックの顔色が更に悪くなった。

 

「パトリックくん、この任務は……その、Cランクの人たちはみんな避けてる案件だよ? 大型災魔(ハザード)と小型災魔(ハザード)の混成部隊って話だし」

「だだだ、大丈夫だ! 何せ僕は上位個体を討伐した男だからな! それに、アルト君もいるし……」

 

 自分でも白々しいと思う台詞だった。

 声は明らかに震え、額には冷や汗が浮いている。

 マリーは不安そうに(まゆ)を寄せたが、規定上、C1ランクとなったパトリックが受注する分には問題ない。

 

「まあ、いいけど……くれぐれも気をつけてね。危なくなったら、すぐに帰ってくるんだよ?」

 

 手続きを進めながら、マリーがふと思い出したように口を開く。

 

「それにしても、パトリックくんがアルトくんの指導役に立候補するなんてね」

「えっと、何か問題があるかい?」

「ううん、問題はないんだけど……ミラフィスちゃんがアルトくんの指導役を外れたこと、とーーっても気にしてるみたいだったから」

 

 その言葉に、パトリックの動きが止まる。

 

「毎日のように『なんでウチが外されたの』って愚痴(ぐち)ってて……最近は、新しい指導役が誰なのか探り回ってるみたい」

 

 顔から、音を立てて血の気が引いていく。

 パトリックにとってミラフィスは、Bランク相当の実力を備えた"怖い先輩"以外の何者でもない。

 この一件で目をつけられたら——想像するだけで寿命が縮む。


「恨まれないようにね♪」

 

 可愛らしくウインクするマリー。だがその言葉は、刑の宣告と大差なかった。


「さあ、行きましょうか、パトリック先輩」


 身内には、恨みを溜め込んでいるかもしれない怖い先輩。

 行く先には、凶悪な災魔(ハザード)の群れ。

 

 そして隣に立つのは、その両方よりタチの悪い笑顔の怪物。

 

 パトリックの前途は、あらゆる方角から多難だった。

 

 * * *

 

 ルーネスハーベン市外の荒野は、赤茶けた大地が地平線まで広がる不毛の地。

 風が巻き上げる砂塵(さじん)が容赦なく肌を叩き、灼熱の陽光が頭上から降り注ぐ。

 岩々が落とすわずかな影だけが、この土地における唯一の慈悲だ。

 

 その過酷な大地に、二つの人影が立っていた。

 恐怖で顔を強張らせながら忙しなく周囲を見回すパトリックと、散歩の途中で足を止めたような涼しい顔のアルト。

 

「なあ、本当にここで合ってるのか?」

 

 パトリックの問いに、アルトは答えず、空を指差した。

 直後——不快な羽音が頭上から降ってきた。

 

 ブゥン、ブゥン、ブゥン——

 

 金属質の光沢を帯びた羽虫が、旋回しながら高度を下げてくる。

 鋭利な大顎(おおあご)が陽光を反射し、毒々しい緑色の複眼がぎらりと光った。

 

鉄虫型(クローラー)だ……」


 パトリックが呟いた途端、羽音が重なり始めた。

 一体、二体、三体——()き出すように数が(ふく)れ上がり、気づけば十体を超える鉄虫型(クローラー)が頭上を埋め尽くしている。

 

「ひっ……こんなに!?」

「まだですよ」

 

 アルトの声は平坦だった。その一言に重なるように、足元が揺れた。

 

 ドスン、ドスン、ドスン——

 

 地鳴りが近づいてくる。

 岩陰から這い出るように現れたのは、全高4メートルを超える巨体。

 岩石そのもののような外殻が四肢を覆い、一歩ごとに地面にひび割れが走る。

 

「あれは、巨兵型(ティターン)……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ