Code:090 昇格ポイント稼ぎ大作戦①
* * *
ギルドの受付カウンターに立つパトリックの顔色は、朝からすこぶる悪かった。
茶髪を無意識に掻き上げる指先が、小刻みに震えている。
視線は隣に立つ小柄な少年——アルトへと何度も吸い寄せられ、そのたびに弾かれたように逸らされた。
「パトリックくん、今日はアルトくんの指導役として初めての任務だね!」
受付嬢のマリーが、いつもの明るい笑顔で声をかけてきた。
その無邪気な言葉の一つ一つが、パトリックの胃壁を抉っていく。
「あ、ああ……そうだね、ははっ」
声の裏返りを必死で堪えながら、唇の端を持ち上げる。
喉の奥で引き攣った笑い声が漏れた。
隣でアルトが人懐っこい笑みを浮かべているのが、なおのこと恐ろしい。
あの無垢な表情の裏に何が棲んでいるのか、パトリックは知っている。
(「なんで僕が、こんな目に……」)
心の中で嘆きながら、思考が少し前の出来事に巻き戻る。
グリンベール村での上位個体討伐。あの戦いの後、パトリックは半ば横取りするような形でC1ランクへと昇格した。
客観的に見れば、顰蹙を買って当然の振る舞いだ。
しかし、アルトはそれを黙認してくれた——条件付きで。
ギルドにいる間は何でも言うことを聞く。
まさか、その約束がこんな形で返ってくるとは。
「任務リストを見せてもらえますか?」
アルトの澄んだ声が、パトリックの回想を断ち切った。
マリーが手慣れた動作で端末を操作すると、ホログラムディスプレイに災魔討伐依頼の一覧が表示された。
「それじゃあ、この簡単そうな任務を——」
パトリックが言いかけた時、背後から声が忍び込んできた。
「あれあれ、あれにしましょう。昇格ポイントが一番高いやつです」
「は!? ちょ、ちょっと待て——」
振り返ろうとした瞬間、肩に置かれた手から異様な圧力を感じた。力自体は決して強くない。むしろ羽のように軽い。
それなのに、全身が金縛りにあったように動かなくなる。
「パトリックせんぱーい」
あざとさすら感じさせる呼びかけの直後。
声のトーンが、すとんと落ちた。
「時間がもったいないですよ」
「こ、こんな危険な任務、できるわけ——」
「……約束、忘れてないよな?」
甘い声音から急にトーンダウンした身も凍るような宣告に、逆らえるはずもない。
結局、パトリックは震える指で指定された任務をタップした。
『災魔討伐任務:ルーネスハーベン市外・荒野区域』
『受注ランク:C1から』
『推奨ランク:B3以上』
「えっ、この任務を!?」
マリーが驚いたように目を丸くする。その反応を見て、パトリックの顔色が更に悪くなった。
「パトリックくん、この任務は……その、Cランクの人たちはみんな避けてる案件だよ? 大型災魔と小型災魔の混成部隊って話だし」
「だだだ、大丈夫だ! 何せ僕は上位個体を討伐した男だからな! それに、アルト君もいるし……」
自分でも白々しいと思う台詞だった。
声は明らかに震え、額には冷や汗が浮いている。
マリーは不安そうに眉を寄せたが、規定上、C1ランクとなったパトリックが受注する分には問題ない。
「まあ、いいけど……くれぐれも気をつけてね。危なくなったら、すぐに帰ってくるんだよ?」
手続きを進めながら、マリーがふと思い出したように口を開く。
「それにしても、パトリックくんがアルトくんの指導役に立候補するなんてね」
「えっと、何か問題があるかい?」
「ううん、問題はないんだけど……ミラフィスちゃんがアルトくんの指導役を外れたこと、とーーっても気にしてるみたいだったから」
その言葉に、パトリックの動きが止まる。
「毎日のように『なんでウチが外されたの』って愚痴ってて……最近は、新しい指導役が誰なのか探り回ってるみたい」
顔から、音を立てて血の気が引いていく。
パトリックにとってミラフィスは、Bランク相当の実力を備えた"怖い先輩"以外の何者でもない。
この一件で目をつけられたら——想像するだけで寿命が縮む。
「恨まれないようにね♪」
可愛らしくウインクするマリー。だがその言葉は、刑の宣告と大差なかった。
「さあ、行きましょうか、パトリック先輩」
身内には、恨みを溜め込んでいるかもしれない怖い先輩。
行く先には、凶悪な災魔の群れ。
そして隣に立つのは、その両方よりタチの悪い笑顔の怪物。
パトリックの前途は、あらゆる方角から多難だった。
* * *
ルーネスハーベン市外の荒野は、赤茶けた大地が地平線まで広がる不毛の地。
風が巻き上げる砂塵が容赦なく肌を叩き、灼熱の陽光が頭上から降り注ぐ。
岩々が落とすわずかな影だけが、この土地における唯一の慈悲だ。
その過酷な大地に、二つの人影が立っていた。
恐怖で顔を強張らせながら忙しなく周囲を見回すパトリックと、散歩の途中で足を止めたような涼しい顔のアルト。
「なあ、本当にここで合ってるのか?」
パトリックの問いに、アルトは答えず、空を指差した。
直後——不快な羽音が頭上から降ってきた。
ブゥン、ブゥン、ブゥン——
金属質の光沢を帯びた羽虫が、旋回しながら高度を下げてくる。
鋭利な大顎が陽光を反射し、毒々しい緑色の複眼がぎらりと光った。
「鉄虫型だ……」
パトリックが呟いた途端、羽音が重なり始めた。
一体、二体、三体——湧き出すように数が膨れ上がり、気づけば十体を超える鉄虫型が頭上を埋め尽くしている。
「ひっ……こんなに!?」
「まだですよ」
アルトの声は平坦だった。その一言に重なるように、足元が揺れた。
ドスン、ドスン、ドスン——
地鳴りが近づいてくる。
岩陰から這い出るように現れたのは、全高4メートルを超える巨体。
岩石そのもののような外殻が四肢を覆い、一歩ごとに地面にひび割れが走る。
「あれは、巨兵型……!」




