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Code:089 木漏れ日の密談

 * * *

 

 耀魔鉱(マゼライト)採掘場での事件から、ひと月が過ぎていた。

 

 午後の陽射しが、ギルドの敷地を黄金色に染め上げている。

 新興ギルドである【オルフェウス】の建物を取り囲むようにそびえる巨木たちは、ギルドの設立よりもはるか昔から、この地に根を張っていたに違いない。

 

 樹齢は数十年、いや百年を超えるだろうか。大人が数人がかりで手を繋いでようやく囲めるほどの太い幹。

 天蓋(てんがい)のように広がった枝葉が、地面に複雑な影絵を描き出していた。

 

 風が(こずえ)を揺らすたびに無数の葉がさざめき、光と影が入れ替わる。

 その(まだら)な木漏れ日の中で、二つの影が向かい合っていた。

 

 桃色の髪をした小柄な少年、アルト。

 そしてもう一人は、掴みどころのない微笑(びしょう)を浮かべた黒髪の青年、ヴァラム。


「今回の成果は上々だ」


 ヴァラムの目が、猛禽(もうきん)のような鋭い眼光に変わる。

 

「明確に分かったことは、奴ら(・・)は意図的に災魔(ハザード)を生み出している。さしずめ、人工の災魔(ハザード)といったところか」

「人工か……(にわ)かには信じ難い話だが、奴ら(・・)ならやりかねないな」

「君が絡んだ耀魔鉱(マゼライト)採掘場の件も、魔導プラントの件もそう。奴ら(・・)は各地で、人工災魔(ハザード)の実験をしている。目的が何かは分からないが……(ろく)な用途じゃないだろうね」

「それじゃあ、次はどうする?」

「簡単な話さ。実験を潰していけばいい。奴らの尻尾を掴む証拠は、現場に転がっているものさ」

 

 ヴァラムはそう締めくくると、DOC(ドック)の操作画面を閉じた。

 幹に背を預け、長い脚を組み替える。

 

「ところで……君はもう少し賢いと思っていたんだけど?」

 

 不意に飛んできた言葉に、アルトは視線を落とした。

 薄暗い坑道の記憶が、焼き付いた残像のように蘇る。


 あの時、ヴァラムは冷徹な判断を下した。ミラフィスを置いて撤退せよ、と。

 術式師(コーディアン)としての常識に照らせば、それは決して間違った選択ではない。むしろ正しい判断だったとさえ言える。

 

 結果的に全員が生還できたのは、ただの幸運に過ぎない。

 自分が焔血王(ブレイズブラッド)として転生した意味を考えれば、ヴァラムの言うとおり、あそこで引くべきだったのかもしれない。

 

「悪かったな。昔から馬鹿なんだよ、俺は」

 

 肩をすくめてみせる。

 自嘲の形をした言葉に、けれど後悔の色はない。

 

 アルスフリートとして生きた時も、アルトとして生きる今も、結局のところ性分は変わらないのだ。

 理屈で正解を弾き出せても、目の前で仲間を見捨てることだけは、どうしてもできなかった。

 ヴァラムの喉から、小さな笑い声が漏れた。呆れなのか、感心なのか、その境目がちょうど分からない、複雑な声音で。


「まあ、ミラフィスはあの一件以来、君にご執心のようだし。大きな貸しを作れたと思えば、悪い話でもないんじゃない?」

「それは……そうかもな」

 

 言葉を交わしながら、ヴァラムの表情に何か思い当たったような色が浮かぶ。


「ところで、ここ数日、彼女の様子がおかしいように見えるんだけど……痴話喧嘩(ちわげんか)でもしたのかい?」

 

 茶化すような口調に、アルトは(あき)れ顔を返した。

 

「アホか、そんなんじゃねぇよ。まあ、思い当たる節があるとすれば……」

「あるとすれば?」

「実は、ミラフィスが俺の指導役から外されたんだ」

「へえ、それは初耳だね。理由は?」

「ジュリアナから受けた指令に違反したことへの罰則らしい。災魔(ハザード)は倒してきたってのにな」

 

 アルトの言葉を聞いて、ヴァラムは意味ありげに口笛を吹いた。

 

「なるほど」

 

 納得したように頷くヴァラムの視線が、どこか遠くを見つめる。

 まるで見えない糸を手繰(たぐ)り寄せるような、思考を巡らせる表情。

 

「それで、ここ数日、ミラフィスが死んだ魚みたいな目をしていたってわけか」

 

 思わず苦笑がこぼれる。言い得て(みょう)だった。

 

「ギルド上層部も黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)暗躍(あんやく)を察知して、水面下で対策に奔走(ほんそう)している最中だからね。お偉方からすれば、成果を上げても命令を聞かない手駒ほど扱いに困るものはない」

「俺の悪口かよ?」

「まあ、そうとも言うね」

 

 ヴァラムが(あご)に手を当て、思案するような仕草を見せる。

 枝葉が風に揺れ、地面に落ちる光と影が横顔に明暗の縞模様(しまもよう)を刻んでいく。

 

「いっそのこと、こちら側に引き入れてもいいんじゃないか?」

 

 一歩、距離を詰める。声が半音落ちた。

 肩越しにさりげなく周囲を窺うその所作は、身に染み付いた警戒の証だろう。

 

 彼らが密かに進めている計画は、黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)の動向を探ることだけに留まらない。

 来たるべき戦いに備え、信頼できる仲間を一人でも多く確保すること——それもまた、重要な歯車のひとつだった。

 

 だが、そこには常に刃が潜んでいる。

 見極めを誤れば、引き入れた仲間が致命傷になりかねない。

 この街の影には、そういう類の敵がいる。

 

「彼女は奴らに始末されかけた立場だ。裏を返せば、敵側のスパイである可能性は限りなく低い」

 

 アルトは無言で頷いた。

 

 あの坑道で、自分が介入しなければ確実に命を落としていたであろう状況。

 炎に包まれ、逃げ場を失った彼女の姿が脳裏をよぎる。

 

 あんな状況で演技など不可能だろう。そう考えるのが自然だった。

 

「ただし、リスクヘッジはさせてもらう」

 

 声の質が変わった。先ほどまでの飄々(ひょうひょう)とした温度が抜け落ち、剥き出しの刃のような鋭さだけが残る。

 

「ミラフィスを仲間に引き入れるかどうか、僕が審査する」

「審査って……何をするつもりだ?」

「ああ、心配は無用さ。彼女を傷つけるようなことはしないよ」

 

 笑みが浮かんだ。しかしその目だけは笑っていない。

 獲物の前で爪を引っ込めた猫のような、優雅で、けれど隙のない表情。

 

「僕には僕なりの、人を見極める方法があるんだ。信用に値する人物かどうか、確実に判断してみせる」

 

 その言葉に(にじ)む自信は、虚勢ではなかった。

 情報収集と分析を得意とする彼ならではの、独自の手法があるのだろう。


 アルトにはその詳細を知る由もないが、耀魔鉱(マゼライト)採掘場の事件での遠隔サポートといい、ヴァラムの能力は疑いようもない。

 

「……分かった。お前に任せる」

 

 短い間を置いて、アルトはそう答えた。

 ヴァラムはそれ以上何も言わず、ただ口元の笑みを深くしただけだった。

 

 頭上で枝葉がさざめく。その音に紛れるように、ヴァラムが話題を切り替えた。

 

「そもそも、君に指導役なんて必要なのかい?」

 

 皮肉、いや、純粋な疑問といったところか。

 

「君の実力は、もう十分証明されている。指導を受ける立場じゃないだろう」

 

 アルトは苦笑を浮かべながら首を振った。

 

「そう簡単な話じゃねぇんだよ。ギルドには明確なルールがある。未経験でギルド配属になった者には、半年間の指導期間を設ける。例外は認められない――ってな」

 

 指を立てて、わざとらしい口調で続ける。

 教科書の一節を朗読するような芝居がかった仕草に、ヴァラムの口元がかすかに緩んだ。

 

「お役所仕事だね。それじゃあ、次は誰に面倒を見てもらうつもりなんだい?」

「面倒を見てもらう必要はないが……ランクC3ってのは早々にどうにかしないとな。任務の受注権にしろデータベースのアクセス権にしろ、無いも同然だ」

「ギルドは新人がC3からC2に上がれるかどうかで適性を(ふるい)にかけてる節があるからね、仕方ないさ。ただ、裏を返せばC2に上がるだけで制約の大半は消える。C1まで行けば、権限上はBランクと大差ないといっても過言じゃない」

「だから、とっとと昇格ポイントを稼いでランクを上げる必要があるんだよ。任務受注のために必要な、指導役を引き連れて、な」

 

 アルトの視線が、一瞬だけ遠くを見つめる。ギルドの建物の向こう、見えない誰かの姿を追うように。

 

「セティには……流石に頼みづらいか」

 

 声に、一抹(いちまつ)の寂しさが混じる。

 

 彼女は今や一部隊を率いる隊長だ。

 立場も責任も、昔とは違う。

 自分の身勝手に、付き合わせるわけにはいかない。

 

 アルトの視線が、じっとヴァラムに向けられる。

 

「僕はやらないよ?」

 

 ヴァラムは即座に両手を挙げた。頼まれる前に全力で辞退する、という意思表示を全身で表現している。

 

「知ってるよ。お前が他人の面倒なんて見るタイプじゃないってことくらい。だから、別の奴を選んだんだ」

 

 アルトの口元に、悪戯を仕掛ける直前のような笑みが浮かんだ。

 

「へぇ、誰を?」

「俺の言うことを、何でも聞く奴にな」

 

 含みのある言葉。ヴァラムは興味深そうに眉を上げる。

 まるでパズルのピースを組み合わせるように、頭の中で候補者を探っているようだ。

 

「そんな都合の良い人材が居たかな?」

「いるさ。お前も知ってる奴だ」

 

 それだけ言って、アルトは口を閉じた。意味深な笑みだけを残して、それ以上は語らない。

 

 木漏れ日が、二人の間で最後にひとつ揺れた。

 密談は、ここまでのようだった。

 

 どちらからともなく(きびす)を返す。

 それぞれの胸に秘密と計画を仕舞い込んだまま、二人の影は別々の方向へと伸びていった。

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